1-X. 第XXXXXX次 惑星探査開始
今回もこの日が来た。いつも通りの惑星探査。いつも通りの人類捜索任務の時間。
観測を始めて幾億の時間を超えた今でも私はそれを繰り返す。
この星に人類の痕跡を認めた機械生命体の内、先史文明の主体である人類を捜索するという命題を掲げた派閥【ラヴァーズ】の残した有機観測衛星サテライト。それが私だ。
私は基本的に衛星としてこの星を軌道上から見ているが、ある時気付いた。これでは意味がないのではないかと。
そもそも我々の知る人間という生命体は資料に乏しく、どういった生命体なのかがあまり詳しく解明されていない。彼らが残したであろうアーカイブの発掘、再現こそ派閥を越えて協力したがそれでわかるものは極僅かであった。
固有の人類の名前、固有の人類の来歴、固有の人類の構成情報はあれどその姿や声を残したものはほとんどなかったのだ。
そう、なかった。人類が残したそれらしいアーカイブを、私だけが持っている。
我らは機械生命体として人を模した別個体を利用している。それが我らが人間に対して向ける敬意でもあり、運用方法を通じて人間を学ぶことを目的としていたからだ。
軌道上からアバターを射出し、とある事故現場であるグラウンドゼロに
ともかく、少なくとも人と同じようなサイズで同じようなペースで世界を回り、分かった事と言えば非常に娯楽というものが発達していたという事だろう。
歴史以外に脈々と受け継がれていたものが派生し、細分化し、統合し紆余曲折を経て残されていた。
その中の一つである映像データに、興味深いものがあった。人間の微細な肉体情報をネットワークで中継しスキンを変更するという映像だ。
映像の中では配信者と呼ばれている人間が変更したスキンでネットワークを介し娯楽を楽しむ様子が収められていた。
僅かなデータの欠片だが、私はこれを軌道上にある本体に挙げずアバター内で処理、量子化して持ち込んだマテリアルを変換し、アバターを再構成した。
星を巡る少女サテライト。
人類の文学的表現で言えば、運命を感じた、というやつだろう。
星を回り、星を見る私と、星から星へ、無限の宙を渡る少女。
私がラヴァーズに所属しているのもこれが理由だ。無限の想像力。荒唐無稽の浪漫。そして唯一無二の可能性。
彼女を再構成し、彼女になった私は、本当に人間になってしまったかのように思えた。映像データから解析した彼女の情動パターン、言語のクセを解析しそれをトレースした。
それが人を知ることに繋がると。それが人に繋がるのだと。
惑星探査が1000を超えたあたりでは何とも思わなかった。人間が楽しかったからだ。
惑星探査が10000を超えたあたりでも何とも思わなかった。人間が楽しかったからだ。
惑星探査が100000を超えたあたりでは流石に飽きを感じた。出力される結果が予想できてしまったからだ。
私がサティになってこの星を自分の足で巡るうちにほんの少しでも人間に近づいて、人間の気持ちがわかるかと思ったが、そんなことは無かった。
私は衛星サテライトでしかなく、少女サテライトにはなれなかった。
なれるとは思っていなかったというのもある。ただ憧れた。そんな人間的な情動を信じたかったのだ。
何度目かになる惑星探査。スタートはいつもここ。先史の頃より存在したと言われる星見の大地。
そして地殻変動やソーラーフレアによって起きた事故が我らの惑星外退去を決定づけた。だからこそこの惑星を監視するのは現在私だけ。惑星上に同類と呼べる機械生命体はおらず、この惑星にの追っているのは同類たちの残骸だったものくらいだ。
それらはこちらで資材化できるものもあれば、跡形もなく消えてしまったものもある。何しろ万を超える試行回数を重ねた私がいるのだ。それほどの時間が経てばどんな存在であれ風化してしまう。
ここはそんな同類たちの墓場だったのだ。
死を悼むという文化は無い。祈りと呼ばれるものも誰に対して、何に対して思いを募らせればいいのか、私達にはわからない。
だからこそそれは、運が良かったと言わざるを得ない。
最初は何の変化も感じていなかった。いや変化はあったのだ。予想の範囲内だというだけで。気象情報や地形情報など数百億時間以上の計測をしているのだ。変化を観測しても大抵は予想範囲内になるのは当然のことだ。
彼を見つけた時は我ながらセンサー類の故障を疑った。
未確認の情報体。それが彼だった。
見た目や言動は間違いなく人のそれ。それなのに知識としてある人間という種からは少々規格外と言わざるを得ないスペック。何故先ほどまで廃墟の瓦礫に隠れていたのにすぐ遠くに現れるのだろうか。
アバターの運動能力を落としているわけではない。少なくとも記録などから算出した人間の運動能力は第一宇宙速度を超えるものではないはずだ。それが観測すら出来ずに振り切られるのだ。
彼が情報体だという事を加味しても、その動きは不規則でこれまでに観測したことの無いもの。最初は只々追いかけようとしていたが、あるアーカイブを思い出した。
【なぜ逃げるのか。それは追ってくるからだ】
なるほど、そういうことか。
であるなら追跡するのではなくこちらにコンタクトを取ろうとするように仕向ける手法に変えてみよう。
人を模したこのアバターだからこそ、そしていつも何の目的もなく再現していた【星を巡る少女サテライト】を演算する。
視線や指先に至るまでの細かい動きはもちろん、発音や発声まで精彩を放つように。自分が一人の少女であるように。
それから少しづつ私の時間は変化した。
丸一日少しづつ距離を詰めつつこの土地の情報を解説しながら【旅配信】のように進めていたが、彼が足を止めてこちらを待っていた時には思わず配信の体を忘れて話かけてしまった。
会話というものを初めて行った感動で彼の状態を確認するのを怠ってしまったのは機械生命体らしくないミスだ。何とか会話を試みようとするも彼は微笑んだまま一定以上の距離を詰めさせない。
なるほど、これが対人関係構築の難しさ、これがパーソナルスペース。自らの失敗を反省するようにアバターに反映させたところで大事なことを忘れていた。
個体名だ。私たちのように製造に関係する情報を格納したものではなく、人間文化特有の名づけが行われたであろう個体名。
尋ねる。教えてくれない。名乗るほどのものではない? まさかそんな名前ではないだろうし、どういうことだろう。
尋ねる。教えてくれない。わたしの名前を聞く価値はない? 何故だろうか。価値の無い名前というものがあるのだろうか。
尋ねる。断られる。こうなると私が何かを間違えている可能性がある。情報を検索し、一つ気になる情報が出てきた。
【名前を尋ねる時は名乗りが先】。そうかこれか。
私は元気よく、配信者サティの挨拶をして改めて名乗り、待った。
彼は頭を掻く。あの動きはどうしようか判断しかねている証左。眉根も下がっていて困っている様子も見受けられる。
間違ってはいないのだろうが何かが足りないのかもしれない。ややあって彼は口を開いた。
「特にえらい人間という訳でもないのだから、ただのリスナーでいいですよ」
自動翻訳が噛んでいるからどこまで正確かはわからないが、彼はこちらに配信者サティであることを望んでいるようだ。
配信者サティに対してリスナー。むむむ。これが対人関係構築における距離感、というものだろうか。
一見対等に見える関係性だが、見方を変えれば発信側と受信側、供給側と需要側、機械と人。配信とは何と歪なのだろう。
ネットワークを介して不特定多数へ向けて情報発信し、帰ってくるのは雑多で無軌道な言葉や文字で表現された情動。人間という生物のスペックでは処理できないような情報量。
1対1という古い通信方式で処理しきれない状態であるのに、これを日常的に行う配信者という存在は一体何者なのか。
むしろ人間の娯楽の一種であるとはいえ、こんなにも雑多で複雑なやり取りを楽しむことが出来るのが人間という生き物なのだろうか。
「この辺りはなんて言うんです?」
『記録にあるものですとグリーンウィッチというらしいです! この星の観測拠点の一つだったらしいですよ!』
「……緑の魔女? そんな場所合ったか? 英語圏?」
「あれ? あそこになんかある?」
『アレは先史文明でも明かされなかった遺跡群ですね。超古代文明のものみたいですよ? 用途はわかりません!』
「……石の祭壇、ね」
「何かこの辺りの土地は綺麗に区分けされてる?」
『この辺りは先史文明におけるこの島に住む有力者の土地なんじゃないかって言われていますねー。名前はわからないんですけど、復元したものがこれです』
「うわ、すご。ホログラムで模型つくるとか俺の推し技術力高すぎ……? ……貴族の屋敷、というよりは城かあ」
『ここは地下に空洞があるんですが流石に入れません。ですのでカメラを飛ばします』
「……スタッフいらずかあ」
『3次元スキャン開始、と。問題なさそうですね。映像出します』
「おお。……あー」
『地下格納庫でしょうか? 何かを走らせるようなレールが2本、これは鉄。壁材はコンクリートと言って砂や石灰石や粘土といったものを混ぜて作った、比較的原始的なものだね。この星はこのコンクリートっていうものがよく使われているよ!』
「ちなみに最新の壁材って何ですかー?」
『ん? えっとねー、衛星なんかに使われているミスティックカーボンが有名かなあ。第三宇宙速度でぶつかっても傷つかないくらいの強度って言えばつたわるかな?』
「……わあお」
『あー、ここは前に来た時も塞がってましたねえ。迂回、するのはやめて、この先を見てみましょうか!』
「この先って、え、壁なんだが」
『大丈夫です! この辺りのスキャンは完了しています! ついでに言うとこの壁は地殻変動で起こった地滑りの影響によるものなので破壊しても大丈夫です!』
「え、どうやって」
『えっとー、えい! USC!』
「わー(ぱちぱち)。それはどんなマシンなんだい?」
『
「ちょ」
『石くらいなら簡単に粉微塵!』
「ごほっ……う゛ぇ゛っごぉ」
『あ』
「あれだけ何でもできるのに、何でライバー? もう未開拓惑星開拓団みたいなもんじゃん」
『人を探してたんです!』
「運が悪かったね。自分みたいな普通な人間で申し訳ない」
『いいえ。サティはリスナーさんと会えてよかったです!』
「どうしたしまして。俺も推しに会えて感無量です」
『……という事なんです! リスナーさん、わかりましたか、ってアレ? いつの間にそちらに!?』
「……いや、全然見えないんですけど」
『そうですか? 私の目だとこの海峡はリスナーさんの歩行速度でおよそ、9じかん? くらいの距離ですよ?』
「泳いだらどれくらいかな?」
『水に浸かるのはお勧めしませんねー。私はともかくリスナーさんは危ない、かも?』
「……海とは一体」
人間の興味関心に意識をしてみれば、なるほど、私たちが当たり前のように用いていたものや、記録していたものにも何かしらの意味を見出し、発展させる。
彼は自分は普通だと言っていたが、十分に普通の人間だ。
会話や意思の疎通も徐々にできるようになってきた。私が抱いていた知的好奇心が満たされる。私が抱いていた疑問が解消される。
数少ないサンプル、と言っていいのかはわからないが少なくとも私は今、欲望をもってそれを満たしつつある。
我ら機械生命体には欲望という概念はない。義務や努力といったものはあっても、個別に設定された目標に到達するという命題を抱える、不完全な生命体だ。
我らには生存欲がない。生きたいとも死にたくないとも考えない。起動し停止するだけ。エネルギーの補充が済めば動くし、修復箇所を修理すれば機械生命体の寿命はとても長いのだ。
つまりは食欲もなければ性欲なんてもちろんない。そんな私たちが生きていると言えるのか。
自ら破壊することで、機械生命体にも自死はあると証明しようとした者たちがいた。
アタッチメントを破棄されたうえで修復された彼らは、とても悲しそうに欠陥を認めた。
機械生命体である我らは、その実生命でもなんでもない。欲がないから。そう考えていた機械生命体は一定数いる。私もそうだった。
『リスナーさん! ここには地下でこの島と大陸を繋ぐ通路があるんです! しかも3本!』
「なんて便利」
『そうなんです! 何で3本の通路があるのかはわかりませんが、ここならリスナーさんも通れますよ!』
「いいじゃん! 行ってみよー! ……海峡トンネル? え、マ?」
そうか。これが人間なのか。全くわかっていないし、完全に理解できないことも多い。きっと我らが人間という種を理解できる日は来ないのかもしれない。
ああ、でも。私は欲を知ってしまった。彼を通し、人間を知りたい。
『スキャン完了。大丈夫です、一応繋がってます。リスナーさん、準備は良い?』
大気の状態が少々不安定だが一応数字上は問題ない。
私にはそれそのものを知ることだけで十分だったのだ。今までは。
「勿論。でもちょっと待ってサティちゃん」
こちらに手のひらを向けて、待ての肉体言語。なんだろう。
「配信者ならここでもう一度仕切り直すのがいいんじゃない? さ、元気出してオープニング撮っちゃおうか!」
楽しそうに笑っていた。
彼という人間はどこか謎めいていたが、この時の感情はとても分かりやすかった。
未知を前に挑む者のように。何があるかもわからない暗闇に向かうのにその表情は溢れんばかりの笑みを携えていて。
サテライトはこの時、初めて【人】というものに触れたのだ。
『今日のスタートはココ、アンダーブラックだよー! さあ、闇の世界へ、レッツゴー!』
「え、名前物騒すぎん?」
後から気付いたことだが、私はこの時自己スキャンを怠ったこともあり
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