新婚生活ひゃっほー!①

 人生何が起こるかわからない。

 なんて言葉はよく聞くし、大げさだなと思っていた。

 奇跡的なことでさえ、過去にそれを経験した人間は何千、何万と存在する。

 特別に見えて、何も特別なことなんてない。

 そんなことに一々感動したり、感謝したりするのは馬鹿らしい。

 現実主義者な俺は、ありのまま起こったことを受け入れ適応するだけだ、と。

 我ながら中二臭いことを考えていた時期もありました。


「……奇跡だ」


 早朝。

 窓の隙間から朝日が差し込む。

 緊張でほとんど眠れなかったのに、なぜかとても清々しい気分だった。

 疲れは取れていないけど、それを忘れるほど気分は高まっている。

 理由はシンプルだ。

 ごそっと、隣で彼女がわずかに動く。


「ぅ、うー……」

「……」


 隣を見ると、カナタがいる。

 可愛い女の子と一緒に一夜を過ごした俺は、勝手に優越感を抱いていた。


「ふへへ」


 気持ちの悪い笑みがこぼれる。

 今の表情をポンコツ天使に見られたら、確実に罵倒されるだろう。

 それでもいいと思えるほど、今は幸せだ。

 俺はカナタを見つめながら呟く。


「……人生、何が起こるかわからないよなぁ」


 モノローグで浮かんだセリフを口に出す。

 偶にやる気を出して外出したら車に轢かれて異世界に転生した。

 この時点でも奇跡であり、ありえない出来事だ。

 しかし俺の中で転生したことが霞むほど、奇跡的に思えることが起きた。

 二十二年間彼女なし、女友達すらまともにできなかった俺が……。 


「結婚……かぁ。結婚……」


 何度も繰り返す。

 俺の左手薬指には、女神から授かった指輪がはまっていた。

 そして隣で眠る彼女の薬指にも。

 俺たちは結婚し、晴れて夫婦となった。

 

 この世界における結婚は、形式的なものではない。

 互いの気持ち、思いが本物であり、女神様に認められなければ成立しない。

 故に、結婚できたということは、俺たちが互いに求め合い、愛し合っているという証明をしたことになる。

 夢みたいだよな?

 こんなに可愛くて健気な子が、俺みたいな弱くて情けない男を好きになってくれるなんて……。

 

「呆れられないように頑張ろう」

「ぅ……タクロウ?」

「あ、起きたか? カナタ」


 隣でブツブツ言っていると、カナタがしょぼしょぼしながら目を開けた。

 寝ぼけ眼で俺の顔を見つめながらニコリと微笑む。


「おはよう……タクロウ」

「ああ、おはよう」

「……なぁ、なんで……あたしタクロウと一緒に寝てるんだ?」

「え?」


 まさかの質問にビクッと反応する。

 少し動揺した俺は、慌てながら返事をする。


「そ、それはあれだ。俺たちは……け、結婚したんだから」

「結婚……ああ、そうだったな。あたしたちは夫婦になったんだ」


 事実を確かめるように言いながら彼女は笑ってくれた。

 俺は心からホッとする。

 昨日のことが夢、もしくは俺の妄想だったのかもしれないとヒヤヒヤした。

 ちゃんと現実だ。

 俺たちは夫婦、その証も残っている。

 寝ぼけていたカナタが上体を起こし、大きく背伸びをする。


「うーん! はぁ、よく寝た」

「ぐっすりだったな。カナタって一回寝ると起きないよな」

「そうかな? 一人の時は眠りが浅くて何回も起きてたんだけど。今はタクロウが一緒にいるから、安心したのかも」

「そ、そうか」


 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 もっと頼ってもらえるよう、俺も精進しなければ。


「タクロウはちゃんと寝れたか?」

「ああ、寝てたよ」

「……嘘つくなよ」

「え……」


 なぜバレた?

 

 カナタが指をピシッと立て、俺の目元を指さす。


「クマができてる」

「あ、そうなのか……」

「あたしと一緒だと寝苦しかったか? ごめんな」

「違う! そうじゃなくて……えっと、カナタと一緒なのが嬉しくて、寝顔とか見てたら……気がついたら朝でした」


 くっそ恥ずかしい!

 緊張と好奇心のダブルパンチで時間を忘れてしまっていた。

 寝ずに寝顔を見ていたって知られたら、さすがに気持ち悪がられるか?

 いやでも、優しいカナタならきっと大丈夫。

 こんな俺と結婚してくれた彼女なら!


「寝顔……」

「カ、カナタ?」

「ずるいぞ。あたしはタクロウの寝顔見れてないのに」


 ちょっと拗ねた顔を見せる。

 怒るところそこ?

 自分が見られたことは気にしていないみたいだった。


「じゃあ今度は、タクロウが眠るまで起きておく。子守唄を歌ってやるよ」

「ありがとう。楽しみだなぁ」


 すまないカナタ、たぶん余計に眠れないと思う。

 幸せの絶頂過ぎて。


  ◇◇◇


 目覚めて一時間後。

 俺はカナタの宿屋の前で彼女を待っていた。

 隣にはサラスがいる。


「――で、結局やらなかったんですね」

「まぁな。彼女も初めてだったみたいだし、心の準備ができるまではお預けだ」

「へぇ、その割には幸せそうですね」

「そう見えるか?」

「はい。すごく気持ちの悪い顔をしています。マジキモイです。隣に立たれると恥ずかしいくらい」


 こいつ……予想の斜め上の罵倒を!

 だが今の俺は幸せメーターが極限まで満たされている。

 多少の罵倒にも広い心で迎え入れようじゃないか。


「サラスにも感謝してるよ。いろいろアドバイスしてくれてありがとな」

「まったくですよ。童貞は女の子と話すことすらまともにできなくて困りますね。私がいたから結婚できたんです。感謝してください」

「お、おう。だから感謝してるって」

「いいですか? これからはサラス様、天使様と呼んで崇めてください! あとさっさと百人とパコって私を天界に返してください」


 ブチッ、と何かが切れた音がした。


「だーったらもっとまともにサポートしろよ! お前今のところアドバイス以外で何も役立ってねーじゃねーか!」

「なんですか急に! さっきまで褒めてたじゃないですか! 私のおかげで結婚できたんですよ!」

「そう思ってたがやめた! アドバイスは役に立ったが、それ以外のマイナスが大きすぎる! 何が女神の安心サポートだ! 欠陥品じゃねーか! このジャンク天使!」

「誰がジャンク品ですか! タクロウの股間のほうがよっぽどジャンク装備ですよ! さっさと完全に壊れるまで酷使して、私を天界に戻してください! このクソ童貞!」

 

 幸せメーターよりも苛立ちメーターが勝ったことで、俺は反撃に出た。

 ポンコツ天使の弱点はすでに把握している。

 両脇に手を伸ばし、こちょこちょする。


「ちょっ、やめて、く、くださいよ!」

「嫌だね! お前が笑い死ぬまで、触るのをやめない!」

「変態! セクハラですよ!」

「残念だったな。これは教育だから無問題」


 現に何のペナルティーも起きてないしな。


「お待たせーって、二人とも何してんの?」

「教育的指導だ」

「セクハラですよ! カナタ! この変態を止めてください! 旦那が目の前で浮気していますよ!」

「止めるなカナタ。こいつには一回心から反省してもらわないと困るんだ」

 

 じゃないといずれやらかす。


「ははっ、相変わらず仲良しだな」


 カナタは能天気に笑っていた。

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