初デートです③

 冒険者ギルドがざわつく。

 ひそひそ話もこれだけ数が増えると、聞こえないから逆にありがたい。

 どうせまた、俺の悪口が飛び交っているだけだろうし。

 俺は小さくため息をこぼす。


「申し遅れた。私は王国騎士団より派遣された騎士ジーナだ」

「ど、どうも……」


 アルマーク王国。

 この世界を統治する国家は一つだけ。

 長い歴史の中で戦争が起こり、複数の国同士で争い、最終的に勝利し残ったのが現在のアルマーク王国らしい。

 詳しくは知らないけど、王国騎士団は冒険者ギルドと同等以上の戦力を持つ組織だとか。

 王国の指示に従い任務を遂行する騎士に対して、冒険者は自分たちの意志でクエストを受けて戦う。

 規律と自由、どちらを重んじるかで目指す道が変わる。

 そういう関係もあって、騎士団と冒険者ギルドは仲がよくない。

 余計なトラブルを避けるために、基本的には互いに不干渉を貫いているそうだが……。


「騎士団の奴が何しに来やがった?」

「まーたあの性獣が何かやらかしたんじゃねーの?」

「……」


 またってなんだ?

 俺はこの世界にきてまだ一度も大きなトラブルは起こしていないぞ?

 まさかと思うが、俺が知らないところで変な噂が広がっているんじゃないだろうな……。

 これ以上は勘弁してくれよ。


「ヒビヤタクロウ。貴様に国家転覆の嫌疑がかけられている」

「いや、だから何ですか? 国家転覆?」

「言葉通りの意味だ。我々アルマーク王国に仇なす者であると」

「ありえないですよ!」


 俺はキッパリと否定する。

 どういう経緯で国家転覆を疑われているのかさっぱりわからないが、俺にその気はない。

 そもそも国家転覆なんて考えている場合じゃないからな。


「俺は国家転覆なんて考えていません。どういう経緯で疑われたか知りませんが、まったくの冤罪です!」

「否定する……か」

「当然ですよ」

「ならば聞くが、貴様は転生者だそうだな?」

「――! はい、そうですけど」

「女神様の加護により、複数の女性と結婚する権利を手に入れたそうじゃないか」


 なんで来たばかりの騎士がそんなことまで知っているんだ?

 ギルドの連中が教えたのか?

 あいつらの見解って、脚色に脚色された内容だから勘違いされると困るんだが……。


「私が教えました」

「お前かよ!」


 犯人はサラスだった。

 こいつは他人の個人情報を勝手にしゃべる癖があるようだな。

 後でこちょこちょ地獄の刑に処す。


「この世界でそれを望むことが……どれほど不誠実で汚らわしいことか理解しているか?」

「汚っ! そこまでなんですか?」

「当然だろう? 結婚相手は一人だけ。愛し愛された者同士だけが許される。それは女神様が定めた絶対のルールだ。貴様の願望はそのルールに背いている」

「背いているって言われても……」


 その女神様から受け取った加護で、重婚可能になっていることはどう説明する気だ?

 

「加えて、常日ごろから女性に対してセクハラ行為を行い、まだ幼い少女を騙してパーティーに誘い好きに使っているそうじゃないか」

「ぶへっ! だ、誰だそんな根も葉もない噂流した奴は!」

「わ、私じゃないわよ! 怒るとすぐ脇を触られるとは言ったけど!」

「またお前じゃねーか!」


 前半部分の誤解はこいつが原因かよ!

 後半はなんだ?

 カナタのことを言っているみたいだが、いやサラスも含まれているのか。

 こっちはギルドの連中が流した噂だろ。

 どいつもこいつも勝手な妄想を語りやがって!


 頭に血が上り始めた俺は強気で反論する。


「俺はそんなことしてない! 大体、仮にそれが事実だったとして、それだけのことで国家転覆罪になるのか? 重婚できるって言ってもな? まだ誰とも結婚してないぞ!」

「そうですよ! タクロウは童貞のままです!」

「童貞……」

「お前は黙ってろよ!」


 こいつの口を今すぐ縫い付けたい。

 これ以上余計なことを口に出される前に!

 静かに反論を聞いていたジーナが、ゆっくりと口を開く。


「確かに、それだけでは国家に叛逆したとは言えない。だが、貴様が『咎落ち』の仲間であるなら話は別だ」

「咎落ち?」


 知らない単語が飛び出す。

 俺は説明しろ、という意味でサラスに視線を向ける。


「咎落ちっていうのは、女神様の加護を失った人間の総称です」


 この世界の人間は、愛と平和の女神の加護を受けている。

 転生時に貰った首輪こそ、その証明だ。

 『女神の祝福』と呼ばれる加護によって、人々の生活は守られ、豊かな生活を送ることを許される。

 ただし、愛に背き、平和を阻害するような行為をすれば、女神の怒りを買ってしまう。

 女神から加護を剥奪され、首輪を失った人間は、この世界での人権を失う。

 生きるために必要なものを、自らの意志で生み出すことができなくなってしまうらしい。


 続けてジーナが説明する。


「咎落ちになった人間が生きるためには、他人から奪うしか方法がない。それ故に、奴らは金品を奪い、加護を持つ人間を奴隷にする。自分たちが生きるために働かせ、時に性欲のはけ口にする」

「クズじゃないか」

「そう、奴らはクズだ。奴らに犯されてしまった人間も、複数の相手と関係を持ったことで女神様の怒りを買い、加護が剥奪され咎落ちとなる」

「それは……」


 さすがに厳しすぎじゃないのか?

 自分から悪事を働いたわけじゃないのに、巻き込まれ被害にあっただけで人権を失うなんて。

 愛と平和の女神様……あの人が決めたことなのか?

 いや、今はそんなことよりも!


「そんな奴らと関わるわけないじゃないですか!」

「だが貴様は転生者だ。この世界に降り立って日が浅ければ、奴らの甘言に乗ることも十分に考えられる。貴様がこの街に現れた前後から、咎落ちの動きが活発化したのも気がかりだ。この街に訪れる前に接触し、関係を持ったのではないか?」

「ありえない! 第一ここへ来るまで東の森で迷子になってたんですからね!」

「東の森……あそこは咎落ちのアジトがあるはずだな」

「なっ……」


 なん……だと……。

 今の発言によって、ジーナの疑いの目は一層厳しくなった。

 

「やはり貴様が先導しているのではないか? 貴様の力、複数の女性と関係を持っても許されるなど、奴らが最も望むものだろう」

「そ、そんな……タクロウが犯罪者だったなんて! 童貞をこじらせてそんなこと……クスン」

「お前は一緒にいたんだから無実だって知ってるよな!」

「彼女にもセクハラ行為をしていたと聞く。やはり貴様、本物の外道か」


 まずいぞこの流れ。

 ジーナは完全に俺が咎落ちの仲間だと勘違いしてしまったらしい。

 しかも周囲の疑いの目も加わって、さらに増長する。

 こんなところで犯罪者扱いされて、投獄でもされたらいよいよ結婚どころじゃなくなる。

 檻の中で一生を終えるなんて絶対に嫌だ!


「ちょっと待てよ」

「――! カナタ?」


 静かに話を聞いていた彼女が、しびれを切らしたように声を発した。

 少し怒っているように見える。


「さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。タクロウがそんなことするわけないだろうが!」

「カナタ……!」

「タクロウはいい奴だよ! あたしが保証する!」


 皆が疑う中で唯一、カナタだけが俺の味方をしてくれた。

 ふいに涙が出そうになる。


「君は……」

「あたしはタクロウの仲間だよ! 一緒に東の森も冒険したんだ! 疑うならあたしも一緒に疑えよな! じゃないと不公平だろ!」

「……」


 ジーナは険しい表情で俺とカナタと睨む。

 まだ疑われている。

 せっかくカナタが否定してくれても、簡単には疑いが晴れそうにない。

 これは長期戦になるか。

 最悪の場合、この街を出ることも考えよう。


「ならば、証明してもらおう」

「証明?」

「なんだよ」

「東の森の洞窟に、咎落ちが拠点を築いているそうだ。仲間ではないというなら、奴らを拘束してもらおう」

「わかったぞ!」

「ちょっ――」


 俺より先に、カナタが即答してしまった。

 カナタは俺を見て自信満々に笑う。


「やったな! そいつら捕まえたら証明できるってさ!」

「いや……そうだけど……」


 情報があいまいだ。

 らしい、というだけで本当にいるのかもわからない。

 咎落ちの人数も、構成もわからないのに即答するのはどうかと思うが……。


「大丈夫! あたしらならやれるさ!」

「……そうだな」

 

 なぜだろうな。

 カナタがそう言うと、本当にできそうな気がするよ。


「頑張ってきてくださいね! 二人とも」

「お前も行くんだよ。囮くらいにはなるだろ」

「いやですよ! 絶対に見捨てられる奴じゃないですか!」

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