初デートです①

 この世に生まれて二十二年。

 前世も含めて、俺は一度も恋人ができたことがない。

 どころか、女友達すら皆無だった。

 デートや結婚というイベントも、俺には縁のない空想上の出来事だと思っていたほどだ。

 故に現在も童貞である。


 そんな俺が……新しい世界に生まれ直して十二日。

 奇跡が起こる。


「おはよ! タクロウ」

「お、おはよう、カナタ」

「待たせちゃってたか? 悪いな」

「いや、俺も今来たところだから」


 デートの待ち合わせで定番と呼ばれているセリフを、俺自身が口にする機会があるなんて思わなかった。

 恋人なし歴二十二年の俺が、初めて女の子とデートをする。

 しかも異世界、そして可愛い年下の女の子と。

 夢だと言われたら納得してしまいそうだ。


「今日は来てくれてありがとな」

「ううん、あたしもデート楽しみだったからいいぞ!」

「そ、そっか」

 

 無邪気な笑顔をみせられて、ドキッとする。

 カナタとは出会って数日だけど、一緒に森を彷徨ったり、クエストを受けたり、短いながら濃い時間を過ごしたと思っている。

 剣士として素晴らしい強さを持つ彼女の姿を見てきたせいか、これまで女性として意識する場面が少なかった。

 それがどうだ?

 今はものすごくドキドキしている。

 最初から可愛い子だとは思っていたけど、こんなに可愛かったか?

 

「なんだ? あたしの顔に何かついてるか?」

「い、いや、なんでも――!」


 ふとここで、天使から貰ったアドバイスを思い出す。


 いいですか?

 女の子の容姿は素直に褒めてください!


 実践せねば。

 これはデートなのだから。


「か、可愛いなと思ってみてたんだよ。カナタのこと」

「お? そうか? ありがとな!」

「……」


 ダメだ。

 全然響いていない気がする。

 喜ばれてはいるけど、カナタの女性の部分には届いていない。

 これは中々……手ごわい相手だ。


「それで、デートって何するんだ? あたしよくわかってないんだよな」

「大丈夫だ。プランは考えてあるから」

「そうなのか? じゃあタクロウに任せるよ!」

「ああ、任せてくれ」


 とは言ったが、俺もデートなんて知らん。

 だってやったことないし。

 知識としてあるのは、エロゲやギャルゲの中で得たものくらいだ。

 現実とゲームは違う。

 あんな妄想の世界での設定、毛ほども役に立たないことは承知している。

 俺一人ではデートなど失敗する。

 だから仕方なく、本当に仕方なく……俺の周りで唯一の女性である彼女に相談した。


  ◆◆◆


「仕方ありませんね~ 童貞のタクロウに、この私がデートをレクチャーしてあげますよ!」

「……」

「なんですかその顔は」

「いや、よろしくお願いします」


 ものすごく不本意だが、背に腹は代えられない。

 この際、彼女の意見でも聞かないよりマシだ。

 一応天使だし、愛と平和の女神様の下で働いていた奴だからな。

 少なくとも俺よりは詳しいだろ。


「デートって何すればいいんだ?」

「簡単ですよ。一緒に楽しく過ごせばいいんです」

「抽象的すぎないか?」

「そういうものですよ。場所や時間、何をするかは関係ありません。男女が二人で何かをする。お互いがデートだと思えばデートなんですから」


 なるほど、そういうものなのか?

 男女が二人、デートだと思えばデートになる。

 そうなると、余計に困ったな。

 何をすればいいのかさっぱりわからん。


「街を回るだけでもいいんですよ。聞く限りカナタもこの街は詳しくないみたいですからね」

「回ってどうするんだ?」

「気になるお店に入ったり、食事をしたり、何をするかはカナタと話しながら決めましょう。そのほうが会話も生まれます」

「なるほどな」


 ちゃんとしたアドバイスだ。

 このポンコツ、デートに関しては信用できるんじゃないか?


「大事なのは、カナタを楽しませることです! デートで使うお金も、基本的にこっちが出します。今回のデートはカナタにタクロウを好きになってもらうためのデートですから。間違っても対等なんて考えちゃダメですよ?」

「わ、わかった」


 クエストとモンスター討伐で得たゴールドがある。

 ほとんど使っていないし、一日くらい贅沢しても罰は当たらないだろう。

 

「とにかく自分をアピールして、カナタを楽しませてください!」

「わ、わかった」

「頑張ってくださいよ! タクロウがクソ童貞のままだと、私も死ぬんですからね? 結婚さえしちゃえばあとは簡単ですよ。寝込みを襲っても合法です!」

「……」


 このポンコツはやっぱり一言多いな。


  ◆◆◆


 偉そうな物言いは腹が立ったが、あいつのアドバイスは役に立った。

 具体的に何をするかは決まらなくても、心は決まっている。

 カナタを惚れさせる。

 そのためのデートだと意識できた。


「カナタはこの街は長いのか?」

「いや全然初めて! タクロウたちと一緒くらいだな」

「そっか。じゃあせっかくだし、街を探検してみないか? ついでに欲しい物があったら買えばいいし」

「それがいいな! 一人だと迷子になるからで歩けなかったんだよ!」


 街の中でもカナタは迷うのか……。

 今まで買い物とかはどうしていたのか気になるな。


「カナタは何かほしいものとかあるか?」

「うーん……新しい剣!」

「カナタらしいな」

「村を出てから使ってるんだけど、刃こぼれが酷くなったんだよなぁ」


 可愛い服とかアクセサリーじゃなくて、実用的な剣が欲しいというところが彼女らしさだ。

 適当に街を散策しながら、武器屋があったら入ることにした。

 武器屋の場所はこれから活動する上で必要になる。

 今さら知ったが、この街の名前はスタットというらしい。

 周囲に生息するモンスターは比較的弱い個体が多く、駆け出し冒険者が多く集まる。

 森の中に転移したのは鬼畜だが、一応配慮はされていたようだ。


「お! あれ武器屋じゃないか?」


 剣のマークが書かれた看板をカナタが指さす。

 見た目は武器屋っぽい。

 

「入ってみるか」

「そうだな!」


 なんとなくカナタのテンションが上がった気がした。

 気持ち駆け足になり、二人で武器屋に入る。

 そういえば、サラスは何してるんだ?

 邪魔しないように宿屋で寝てるとか言ってたが……。


「おお! ちゃんと武器屋だったな!」


 中に入るとたくさんの剣や槍、防具なんかが並んでいた。

 ゲーム世界でイラストや映像で見る光景が、現実に目の前で広がっている。

 俺も少し感動していた。


「武器屋ってこんな広いんだな!」

「え? 初めてなのか?」

「うん。村にはなかったし、街はいくつか回ったけど、自分じゃ見つけられなかったからな」

「それって……」


 ずっと迷子状態だったってことじゃ……。

 よく生きてこられたな。

 今後は迷子にならないように、しっかり見張っておこう。


「どれがいいかなー」

「普段使ってる剣は?」

「置いてきた。今日はクエストじゃないし、デートに剣って邪魔かなと思って。でも大丈夫だ! 大きさとか重さとかは覚えてるからな!」


 話しながらカナタは並べられた剣を一つずつ見て行く。

 瞳を輝かせながら。

 まるでおもちゃ屋さんに連れてこられた幼い子供のように。


「楽しそうだな」

「うん! 剣士だからな! 剣は好きなんだ」

「ほしい物があったら言ってくれ。お金は俺が出すよ」

「え? いいのか? あたしが使う物だし、お金ならあたしが出したほうがよくないか?」

「デートだからな! こういう時は男が払うものらしい」


 天使のアドバイス通り。

 値段はさっきチラッと確認した。

 さすがに法外な値段の武器はなくてホッとしている。

 駆け出し冒険者の街だし、値段もリーズナブルだ。

 残金半分は消し飛ぶが、今日だけなら問題ない。


 カナタは新しい剣を選び、購入した。

 大きさや長さは変わらない。

 見た目がちょっぴり豪華になった気がする。


「なんか悪いな。ありがと! 今度お返しするよ!」

「別にいいよ。デートだからな」

「ダメだって! 絶対にお返しするから!」


 律儀だな。

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