急募! 森から出る方法③

 振り下ろされたはずのこん棒が、地面に落ちる。

 死んだと思って目を瞑った俺は、ゆっくりと瞳を開ける。

 そこには腕を斬られたサイクロプスと、剣を振るう赤い髪の少女がいた。

 片腕を斬られてサイクロプスはもがき苦しむ。

 棍棒を落とし、斬られた腕の断面を反対の腕で抑えて吠えた。

 この時点でサイクロプスのターゲットは俺たちから、腕を斬った少女へと切り替わった。


「お? まだやれる顔だな!」


 少女は剣を構え直す。

 俺やサラスよりも小さな身体、剣も決して大きくはない。

 少なくとも、サイクロプスの腕よりずっと細い。


「それじゃ、もう片方貰うぞ!」


 にもかかわらず、彼女の剣はサイクロプスの太い腕を両断した。

 驚くべきは速度だ。

 目で追えない。

 気がつけば視界から彼女は消えて、ドシンと音を立ててサイクロプスの片腕が地面に落ちる。

 両腕を失ったサイクロプスは、依然として立ち向かおうと叫ぶ。

 しかし両腕を失えば何もできない。

 無防備になった首を、彼女の剣は切り裂き血しぶきが舞う。


「――っと、思ったより呆気なかったな」


 両腕と首を斬られたサイクロプスが地面に倒れ込み、肉体が消滅する。

 この世界のモンスターは絶命すると消滅し、代わりにゴールドと素材を落とす。

 そういうところはゲームっぽい仕様だ。

 彼女の背後では大量のゴールドと素材が山を作る。


「た、助かったんですか?」

「あ、ああ……たぶん」


 サイクロプスという脅威は去った。

 問題は、目の前にいる彼女が俺たちにとって味方なのかどうか。

 見た目は人間で、顔つきも可愛らしい女の子だけど、今の戦いを見たら同じ人間とは思えない。

 少し警戒して彼女を見つめていると、ふと視線が合う。


「あんたら、無事?」

「ああ、おかげさまで」

「そっか! ならよかった!」


 彼女はあか抜けた笑顔を見せる。

 敵意は感じないし、剣も鞘に納めている。

 とりあえず敵ではない……のか?

 急に襲い掛かってきたら終わりだ。

 さっきの速度で攻撃されたら避けられない。

 それならいっそ、堂々としていたほうが自然かもしれないな。


「助けてくれてありがとう」

「別にいいよ。助けられたのは偶々だから。にしても驚いたな! こんな場所であたし以外の人と会えるなんてさ!」

「俺も驚いてるよ。えっと、君は……」

「あたしはカナタ! 見ての通り冒険者で、職業は剣士だよ」


 彼女は腰の剣をトンと叩き、自己紹介をしてくれた。

 俺とサラスもそれに返すように自己紹介をする。


「俺はヒビヤタクロウ、よろしく」

「ヒビヤタクロウ? なんかヘンテコな名前だな」


 イントネーションが違う。

 異世界の名前だから、この世界じゃ馴染みがないのだろう。

 もしかすると、苗字と名前という概念はないのかもしれない。


「長いからタクロウでいいよ」

「わかった! よろしくな、タクロウ」


 彼女はニッコリ笑いながら俺の名前を呼んだ。

 なんだか久しぶりな気がする。

 誰かに自分の名前を呼ばれるのは……。

 最近じゃ、女神様とクソ天使に呼ばれたくらいで、前世じゃロクに他人と会話しなかったからな。

 少し嬉しい気分だ。


「私はサラスです。この変態のサポート係です」

「変態?」

「おいこら、誰が変態だ。そもそもサポートって大したことしてねーじゃねーか!」

「仕方ないじゃないですか! こんな場所で私にできることなんてありませんよ!」


 開き直りやがったぞこいつ! 

 本当にどこまで使えないんだクソ天使。

 森を脱出する前にどこかに埋めて帰りたい。


「よくわかんないけど、二人も冒険者か?」

「いや、俺たちは違うよ」

「そうなのか? 冒険者でもないのにこんな場所にいるとか。変わってるな」


 いや、ただの迷子なんだよ。

 でもよかった。

 冒険者ってことは、クエストか何かで森に入っているってことだよな?

 それなら森の中には詳しいはずだし、出口も知っているだろう。

 彼女について行けば脱出できる。

 苦節一週間、ついにこのふざけた森から出られるんだ。

 希望が見えたことで安堵する俺に、カナタの口から……。


「ところで聞きたいんだけど」


 衝撃の一言が飛び出す。


「出口どっちかわかるか?」

「……え? い、今なんて?」

「いや~、実はあたし迷子になっちゃってさー。もう一週間くらい森にいるんだよね」

「……」


 俺は膝から崩れ落ちた。


「……終わった」

「お? どうした?」

「どうした?じゃない! なんでそっちも迷子なんだよ! クエストか何かで森に入ったんじゃないのか?」

「ん? 違うぞ? あたしは剣の修業がしたくて旅をしてるんだ。次の街に向かおうと思って、こっちのほうが近道かもって森に入ったら」

「出られなくなったんですか?」

「そう!」


 サラスの質問に元気よく答えるカナタ。

 この瞬間に全てを悟る。

 彼女は少々……お馬鹿らしい。


「せっかく出られると思ったのに……」


 これじゃ迷子が一人増えただけじゃないか。

 い、いや、ポジティブに考えよう。

 同じ迷子ではあるけど、彼女はサイクロプスを一人で倒した実力者だ。

 これまで無暗に行動できなかったが、彼女がいればモンスターが現れても怖くない。

 本格的に出口を探すことができるようになった。

 状況はちゃんと好転している。

 諦めるな、俺!


「じゃあ一緒に出口を探そう。モンスターが出たら悪いけど頼むよ」

「おう! まかせと……」

「カナタ!?」


 急にどさっとカナタが地面に倒れる。

 うつ伏せで勢いよく倒れたので、すごく心配になった。


「ど、どうしたんだ? まさかさっきの戦いで負傷したんじゃ!」

「……」

「おい! カナタ!」


 心配して声をかける俺に、返事はない。

 代わりに聞こえてきたのは、特大の空腹音だった。

 その音は俺だけじゃなく、サラスにも聞こえていた。


「お腹なりましたね」

「……お前、ひょっとして……」

「お、お腹すきました」


 空腹で倒れただけかよ。

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