転生したら人生オワタ②
嫌なことを思い出してしまった。
別に俺が飛び出さなくても、お婆さんが轢かれることはなかっただろう。
逆に俺が無用な善意を働かせてしまったことで、余計な被害を出してしまった。
車を運転していた人に、殺人という罪を背負わせて、お婆さんにも自分のせいで俺が死んだという罪悪感を残しただろう。
最悪な死に方だ。
「それは違います。あなたの死は、行いは無駄ではありませんでした」
「女神様……」
「あなたがもし飛び出していなければ、あの車は老人を轢き殺していました」
「え? でも……」
車の運転手は、お婆さんの手前でハンドルを切った。
結果的に俺が轢かれる形になったわけで、最初からお婆さんを避けるつもりでいたのだろう。
そう思っていたが、どうやら違うらしい。
女神様は首を横に振って続ける。
「運転手は気づいていませんでした」
「気づいて……でも! ハンドルを切りましたよ?」
「それは、あなたの声が届いたからです。危ないと、精一杯の声で叫んだでしょう?」
「あの声が……?」
女神様は小さく頷き、教えてくれた。
運転手はスマホをいじっていたらしい。
前方もちらちら確認していたけど、運転手が気にするのは信号の色だ。
まさか青なのに、歩行者がいるとは思わない。
青信号を確認して、問題ないとアクセルを踏んでいた。
運転手にお婆さんは見えていなかった。
幸いだったのは、窓を開けていたことだった。
俺の叫び声が運転手の耳に届き、咄嗟にハンドルを切った。
「もしあなたが、あの場所、あのタイミングで声を出さなければ、轢かれていたのは老人のほうでした。あなたは老人の命を救ったのですよ」
「そう……だったんだ……」
なら、少しは報われるな。
正直クソみたいな人生だったけど、最後の最後で誰かの役に立てたならよかった。
俺が生きていたことにも、意味はあったんだ。
「あなたは自らの命と引き換えにして、他者の命を救いました。それは誰にでもできることではありません。勇気ある行動です」
「女神様……」
「ですから、選んでください。この先、どう生きたいか」
女神様は太陽のように温かな笑顔で俺に問いかけた。
このまま死んで、元の世界で別人として生まれ変わるか。
今の俺のまま、別世界に生まれ直すか。
「別世界って、どんな世界なんですか?」
「そうですね。愛と平和に溢れた素晴らしい世界です。私から囁かなプレゼントもあります。きっと気に入ると思いますよ」
「プレゼント? それってなんか、特別なスキルとか能力!?」
「はい」
マジか!
ってことは別世界って、ゲームの中みたいに魔法とかスキルがあるってことだろ?
急にワクワクし始める。
人生の大半をゲームで埋め尽くした俺にとって、これ以上にそそる展開はない。
この時点で俺は決めていた。
どちらを選ぶかなんて、考えるまでもなかった。
「女神様! 俺を新しい世界に転生させてください!」
異世界転生一択だ!
女神様からのプレゼントって、いわゆるチートスキルのことだろ?
圧倒的な能力を手に入れて異世界を生きる。
心躍る展開だ。
ずっと脇役、ゲーム以外なんの楽しみもなかった現実世界に戻る理由なんて皆無!
俺は生まれ変わって新しい人生を謳歌するぞ!
「あなたの選択、確かに聞きました」
「お、おお!」
身体がふわっと浮かび上がる。
魔法陣のようなものが足元に展開され、光が俺の身体を包んでいた。
浮かび上がった頭上には、青白い穴が開いている。
おそらくは新しい世界へ繋がる入り口だろう。
そこへ吸い込まれるように、俺の身体は浮かんでいく。
「目が覚めると、あなたの前には天使がいるはずです。今後のことは彼女から聞いてください」
「は、はい! 女神様! ありがとうございます!」
俺は精一杯の感謝を叫んだ。
女神様は優しくニッコリと微笑んでくれる。
こんなことってあるんだな。
まさに奇跡、人生大逆転コースだ。
「行ってらっしゃい、ヒビヤタクロウさん。願わくば、あなたの新しい人生に愛が溢れていますように」
女神様の美しい声が頭に響き、俺は異世界へと通じる穴に吸い込まれた。
そこで意識は途絶える。
◇◇◇
「――! ここは……」
気がつくと俺は、見知らぬ部屋に立っていた。
大聖堂?
教会だろうか?
ゲームや漫画で登場するような風景だ。
ヨーロッパの雰囲気を感じる室内で、俺は台座のような場所に立っている。
手足の感覚は明瞭で、俺は確かめるように握ったり開いたりを繰り返す。
地に足がつく感覚もしっかりある。
さっきまでいた真っ白な空間が嘘のように、空気の流れも感じられる。
「本当に……」
生まれ変わったのか?
だとしたら、ここはもう俺が知らない別世界?
天使がいるって聞いていたけど、誰もいないんだが……。
キョロキョロ周囲に視線を向ける。
すると、ガチャリと扉が開く音がした。
視線を前に戻す。
俺が目覚めた部屋で唯一の出入り口が、ゆっくりと開く。
「お待ちしておりました。女神に選ばれし人」
「おお……」
扉を開けて姿を見せたのは、美しい白い翼をもつ天使だった。
さっきの女神様ほどではないけど、目を惹かれる美しさを感じて、思わず声に出てしまう。
金色の髪と青い瞳、空く通る様な白い肌。
何より特徴的な翼は、触ったらフサフサで気持ちよさそうだ。
見惚れている俺に、彼女はニコリと微笑む。
「ヒビヤタクロウ様ですね」
「は、はい!」
「どうぞこちらへ。この世界について説明いたします」
「わ、わかりました!」
緊張しながら、俺は天使に連れられて部屋を出た。
部屋の外は廊下になっている。
一本道をまっすぐ進みながら、天使は俺に話しかけてくる。
「自己紹介が遅くなりました。私は愛の女神フレイヤに仕える天使が一人、サラスと申します。これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
嫌に緊張する。
女性と話すのなんて何年ぶりだ?
いや、それは言い過ぎか。
近所のコンビニ店員は女性だったし、あれを会話を換算するなら結構な頻度でしている。
まぁ、世間的にあれを会話とは呼ばないのだろうけど……。
「タクロウ様、こちらにおかけください」
「はい」
いつの間にか別の部屋に到着していた。
椅子と机があり、俺は椅子へと腰を下ろす。
机には紙が一枚とペンが一本置かれている。
紙には見知らぬ文字が書かれていたけど、なぜか意味を理解することができた。
「目標管理シート?」
なんだこれ?
新入社員に書かせていそうな謎のシートがあるんだが……。
「こちらに、転生後の目標を記載してください」
「目標?」
「はい。できるだけ具体的にお願いします」
「えっと、なんで?」
俺がキョトンと尋ねると、わずかに天使の眉がピクつく。
「それが転生のルールだからです。転生者はここで、転生後の目標を設定します。その内容に合わせて、女神様から加護を授かることができるのです」
「女神様の加護! それが特別な力ってことですか!」
「はい。この世界で生まれた人間は、それぞれ固有の加護を一つだけ持ちます。転生者だけが、二つ目の加護を持つことが許されるのです。その加護の内容は、タクロウ様が設定した目標によって選択されます」
「なるほどぉ」
そういう流れになっていたのか。
女神の加護がどういうものかわからないけど、加護というわけだし特別な恩恵なのだろう。
これは悩みどころだな。
適当な目標を掲げてしまったら、授かる加護にも影響してしまう。
慎重に決めなくてはならない。
「さぁ、どうぞお書きください」
「ちょ、ちょっと悩ませてください!」
「……わかりました。では、書き終わったら声をかけてください」
「はい!」
天使は俺の後ろへと数歩下がる。
なんだか天使が苛立っているようにも見えたが、たぶん気のせいだろう。
俺はペンを握り、机の上の紙に注目する。
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