『タルカス・サイレン共通重心超巨大連惑星系世界冒険記』
トーマス・ライカー
第1話 物語が始まるまで……
地球は焔の球だった。マグマオーシャンに満たされていた。
その状態になってから、もう470年以上が経過している。
どのような予測に於いても、今後一万年はこの状態のままであろうと示されている。
人々は月のラグランジュポイントと、地球のラグランジュポイントと、火星のラグランジュポイントと、木星のラグランジュポイントに、スペースコロニーを建設して分かれて住んでいた。
スペースコロニーを建設するのに必要な鉄の資材・資源は、地球が焔に満たされる前に出来得る限り軌道空間に運び出した。
人々が地球を離れた当初、技術的且つ経済的な理由から月軌道上のラグランジュポイントに住んでいたが、やがて太陽系内惑星領域から外惑星領域へと拡散していった。
地球が火の玉になって、100年ほどが経過した当りで、火の玉になる前の地球の記憶を持っていた人々は、総て退場した。だが、記録は残っていた。
250年が経過した当りで、人々はコロニーの中での生活に疲れ始めていた。
300年が経過する頃から、第2の地球を探して移住しようと言う意識・意志が芽吹き、非政治的な運動としても、政治的な運動としても組織され始めるようになった。
外宇宙の恒星系や惑星系を対象とした観測は、一つの観測機を100万人が居住するスペースコロニー並みの大きさにまでスケールアップさせて継続されていたが、観測機を外宇宙に送り出す事は実施されていなかった。
地球が焔の球となって322年目に、太陽系外から大きさに於いても質量に於いても火星の衛星フォボスと同程度の岩塊が侵入してきた。
問題はその岩塊が反物質であった事で、観測・調査の段階で多大な犠牲を払ったが、何とか土星を周回する軌道にその反物質岩塊を乗せる事に成功した。
正物質と反物質による対消滅反応から、強力なエネルギーが得られるようになり、太陽系内人類社会のエネルギー問題は解決したが、超光速航行技術の開発研究も進展する事になった。
木星圏の宙域で建設された超大規模な粒子加速器を使用して、超重粒子の加速・衝突の実験が行われていたが、その実験の過程で稀に、マイクロブラックホールが生成される事もあった。
マイクロブラックホールの特性・特質が様々に観測・調査され、マイクロブラックホールに於ける様々な分野での基礎研究が進められて、データが蓄積されていった。
その中の一つに、マイクロブラックホールに電磁気的な旋回運動をさせると、その旋回面に対して90°での一方位に於いて、重力場が発生する、と言うものがあった。
遠心力以外では初めての人工重力場の発生と言う事で、様々な方面・分野での利用が見込めるのではないかと考えられた。
例えば、宇宙船のような航行船体に、マグネトロン・サーキットコイルにマイクロブラックホールを封じ込めた(マイクロブラックホール・モーター【M B H M】)ものを取り付け(組み込ん)て、モーターを駆動させれば、その船を推進させて進行させたい方位に、重力場を発生させられる。
モーターの回転数(マイクロブラックホールの回転数)を上げれば、進行方位に発生させた実体の無い人工重力場の重力を、いくらでも強められる。
船体は重力場に引き寄せられ、重力加速度が掛かって加速する。
モーターの回転数を高速に維持し続ければ、船体には強い重力加速度が掛かり続けて加速が続き、ついには光速を超えられるのではないか・・?・・。
高重力加速度・重力場駆動転位航法の研究と実証実験が始められる事になった。
その為には素粒子レベルよりも大きい、原子核レベルの大きさのマイクロブラックホールが必要になる事が判った。
少量の反物質をマグネトロン・コイルカプセルに封じ込めた爆縮炉駆動装置を、適当な大きさの岩塊の表面に数個取り付けて、爆縮炉が完成する。
同一のタイミングで反物質コイルカプセルを起動させ、対消滅爆圧の方位とその集中をコントロールして爆縮を引き起こさせる。
爆縮ポイントで誕生した原子核レベルの大きさのマイクロブラックホールを見失わないように、マグネトロン・サーキットコイルに封じ込めて、マイクロブラックホールモーター【M B H M】が完成する。
【M B H M】が組み込まれた、【H S T S】ハイパー・スペース・テストシップが建造され、無人自動航行試験が開始された。
幾つかの紆余曲折と多少の犠牲も払ったが、有人での高重力加速度・重力場駆動転位航法は確立され、実用化された。338年目の事だった。
350年目に掛けて、H S探査船は30隻が建造され、外宇宙探査に送り出された。
大進出時代の始まりだった。
342年目に、ほぼ同じ大きさで2個目の反物質岩塊が太陽系に侵入してきた。
今回は初回時ほどには苦労せずに、土星を周回する軌道に乗せる事が出来た。
360年目が終るまでに、雑駁ながら太陽系から半径300光年の宙域で地球型惑星の探査が行われたが、人類が永住するのに適していると判定できる惑星は発見できなかった。
探査範囲拡大の方針は出されたが、大進出当初の頃の積極性は、その動きからは観て採れなかった。外宇宙探査にも、人々は疲れ始めていた。
大進出当初には期待されていた外宇宙知的生命体とのファーストコンタクトが無かったことも、人々の意欲にブレーキを掛ける要因の一つになっていた。
さて、重力場が駆動転位してH S(ハイパースペース)に入ると、その先はいくらM B H Mの回転数を上げても、スピードは上げられない。
その改善策として亜空間航法の研究開発が、363年目から開始された。
危険ではあるが相当量の反物質を探査船に積み込み、対消滅反応炉の中で正物質と反応させ、急激に発生する莫大な対消滅反応エネルギーをそのまま推進力として噴射し、船体を急激・急速に加速するのと同時にM B H Mの回転数を上げると、船首前方に発生する慣性重力場と船体との中間で亜空間が開く事が判った。
そのまま船体を亜空間に入らせ(亜空間転移させ)ると、亜空間の中でならモーターの回転数を上げればそれに応じて加速が効く事も判った。
実験が繰り返されて犠牲も払ったが、372年目の半ばには重力場次元駆動転移航法が実用化された。
新型の探査船はH S S S(ハイパー・サプスペース・シップ)として区分され、20隻が建造された。378年目の事だった。
そして472年目の5月半ばに、H S S S218が、ある恒星系に到達した。
物語は、これより始まることになる。
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