ナナシス観測記

室内主義者

【#1】「現実の重み」のなかで歩みを着実に進めるには―EPISODE 2053 Season1から

■ひたすら「現実」を描き続けてきた

 相変わらず、現実の"重さ"を感じる――。『EPISODE2053 Season1』を通して観ての印象だ。


 ここで言う「現実」とはつまるところ「大人の世界」のことで、お金を稼ぐことの優先順位が高く、収益の獲得と拡大を念頭に置いた行動が志向される。直接的な利益に結びつかない仕事には難色を示し、トップを目指す上では他人を蹴落とすことをいとわない……。すべて経済的な価値基準で判断される、そんな世界だ。


『PROLOGUE~アイ・ユウ~』第2話は早速「大人の世界」の雰囲気をぷんぷんに漂わせていた。

 

 かつてTokyo-7thで一時代を築いたアイドル事務所「ナナスタW」。だがその栄誉は過去のもので、今では看板アイドルがおらず、資金繰りの悪化から廃業寸前に追い込まれていた。そこに「経営アドバイザー」を名乗る人間がナナスタWの清算処理のために送り込まれる。しかしそれは表向きの命令で、経営アドバイザーに課せられたのはナナスタWの再建。すなわち、スタジオ支配人としての役割だった。支配人(=経営アドバイザー)はそこで偶然出会った少女「奈々星アイ」とともに、戸惑いながらもナナスタWの復活に向けて行動を開始するーー。


「資金繰り」「経営再建」など、プロローグだけでもアイドルコンテンツのふさわしくない言葉が並ぶ。とはいえ、ナナシスに少しでも触れたことがあれば、作品そのものが常に「現実」の重みを帯びていたことに気がつくだろう。

 

 例えば、『EPISODE KARAKURI』。孤児だった空栗ヒトハ・フタバはDr.Sergeを名乗るプロデューサーに音楽の才能を見出される。が、"彼ら"はヒトハ・フタバを「金のなる木」としてしか見ておらず、あくまでもエンタメビジネスでのし上がるための道具として彼女らを利用した。本作で描かれたのは普段は表に出ることのないエンタメビジネスの"影"の部分である。

 

 劇場版『Tokyo 7th シスターズ 僕らは青空になる』もそうだ。本作では、閉館の淵に立たされた伝説のハコスタ「HAKKAKUスタジオ」を救うべく奮闘する777☆SISTERSを軸に物語が進んでいくが、閉館の危機をもたらす存在が巨大資本の「滑川コンツェルン」である。

 

 これ以外にも、『EPISODE4.0 AXiS』『EPISODE0.7 -Melt in the Snow-』『EPISODE6.0 FINAL -Someday,I'll walk on the Rainbow... -』など、ナナシスはあらゆるエピソードを通して、自分たちのポリシーと「大人」の論理のはざまで葛藤するアイドルの姿を描いてきた。作り手側の意図も大きく反映されているとはいえ、ここまで「大人」の世界を物語の構成要素に取り入れたアイドル作品は類を見ない。

 

 そして、このスタンスはEPISODE2053にもしっかりと継承されていると言えるだろう。それは同じ始まりのエピソードである『EPISODE1.0』と比べることでより浮き彫りとなる。


■ストーリーに漂う「お金の制約」

 アイドル文化をめぐる状況や支配人の目的意識の差はあれど、『1.0』も『2053 Season1』もハコスタを一から立て直すという点で共通している。アイドルのセンスが光る子、アイドルに憧れを抱く子を次々とスカウトし、スポットライトを浴びせる。このフォーマットは変わらない。異なるのは「報酬」という視点の有無だ。


『1.0』は、いわば「来る者拒まず」のスタンス。弱小ハコスタから「セブンスシスターズ」のような一世を風靡したアイドルを輩出する。そんな向上心を下地に、将来の可能性を秘めたアイドル候補生を続々とスカウトしていく。『1.0』で比重が置かれているのは「仲間集め」であり、そこに報酬という「現実」が入り込む余地はない。それはアイドル氷河期にもかかわらず、矢継ぎ早にアイドル候補生を仲間に引き入れる様子からもうかがえる。


 一方、『2053 Season1』では報酬をめぐるやり取りが露骨に描かれている。『「私の」ステージ』のクライマックス。ナナスタWの採算が取れていないことを察知した一ノ瀬マイは、無報酬でアイドル活動を行うことを示唆するが、支配人は「無償労働は問題になるから」と却下。続けて「スタジオの存続問題にかかわる」と言う。


『1.0』との大きな違いがこれだ。『2053 Season1』も仲間集めの側面が強いものの、「アイドル活動は決してボランティアではなく、労働に対しては必ず対価を支払わなければならない」という至極当たり前の論理を盛り込むことで、一気にストーリーを「現実」の側に引き寄せる。


 それだけではない。同エピソードでは、マイがアイドル部の先輩に向けて立てた「計画」の甘さを支配人は完膚なきまでに指摘する。採算の甘さ、スケジュールの認識不足、挙句の果てには「利益にならない」と……。


 結局、マイの計画はナナスタWがバックアップすることで無事成功を収めるもののライブ自体は赤字で、経費の7割をナナスタの内部留保で補填する始末。全体を通してみてもわかるように、本作でいみじくも描かれているのはお金にまつわる制約だ。


 そもそもナナスタW自体がキャッシュフローのひっ迫による経営危機に瀕している。それは上でも述べたとおり看板となるアイドルが所属していないこと、アイドル業界そのものが「勝つか負けるか」の過当競争に発展していることが原因だ。


 そして、これを脱するシナリオとして支配人が打ち出したのが「Tierステージ」と呼ばれるステージに勝ち、脚光を浴びることで金融機関から融資を獲得し、スタジオの再建を図ること。そしてその足掛かりとして「Tokyo-twinkleフェス」という新人中心の合同アイドルフェスで上位に食い込み、大会運営のバックアップを得ること。


『2053 Season1』の世界観を拾い上げると、浮かび上がってくるのは「資本の論理」であり「大人の世界」、すなわち「現実」そのものだ。


■現実という「重力」、キラキラという「推進力」

 そんな「現実」に水を差す存在がいる。奈々星アイである。もともと『Stella MiNE』のメンバー・星影アイとしてTokyo-7thを席巻したトップアイドルだったが、突如ユニットを脱退。「奈々星アイ」としてナナスタWに現れる。


 アイの行動指針はごくシンプル。「みんなを笑顔にする」ことだ。難しい理屈をこねくりまわすより、「夢」や「希望」を語る。そして、周囲を笑顔にするためには、それこそ「採算度外視」でその場に駆けつけることをいとわない。


〈私、もっとみんなをキラッキラにしたいんです!誰よりもみんなに近くて……どこにいても駆けつける……みんなが会いに来る存在じゃなくて私から会いに行くアイドルになりたいって言うか……!(EPISODE 2053 SEASON1-001『PROLOGUE~アイ・ユウ~』第4話)〉


 夢と希望は、言ってしまえば現実とは対極の価値観だ。かように、アイと支配人は幾度となく衝突する。マイが無償でナナスタWで働くことを提案したときも「自分の報酬からマイの給与を支払う」ことを進言したし、ある豆腐店のアルバイトをした時も「それはアルバイトでアイドルのする仕事ではない。ファンも増えず、利益も出ず、なんの得にもならない」と真っ向から否定する支配人に、アイは「作った人の真心を伝える、立派なお仕事。支配人は数字、数字とうるさい」と応酬する。


 このように夢や希望を第一に考えるアイは、およそアイドルコンテンツの象徴的な存在と言っても過言ではない。が、現実の重みが作品を支配する本作において、彼女の行動原理は異質に映ってしまいがちだ。しかし、彼女の行動は次第に支配人の考え方を変えていく。


 例えば、『息、止めてちゃダメなんだ』のクライマックス。朝凪シオネのナナスタW加入をめぐるやり取りのなかで、「お金はなんとかする」と断言した支配人の姿は、前話(『「私の」ステージ』)のそれとは対照的である。それは、夢や希望を追うことでめぐりめぐって利益につながると支配人が理解したからで、アイの行動や振る舞いに支配人が感化されたと言えるだろう。


 夢や希望だけで会社が続くことはない。キャッシュ、つまりお金の有無だけが会社を存続させうる。1年間でいくら莫大な売り上げを稼いだとしても、手元にお金が残っていなければその会社は倒産してしまう。いわゆる「黒字倒産」である。キャッシュが「会社の血液」と呼ばれる所以がここにある。支配人が数字、特に資金繰りに固執するのは至極当たり前のことだ。日常生活もそう。夢や希望だけで生きていくことはできない。


 一方で、これらが日々の生活に彩りを与えるのもまた事実である。「アイドルとしてキラキラ輝きたい」「アイドル部の先輩に感謝のパフォーマンスを披露したい」――。夢や希望は、現実の重みがはたらくなかで歩みを一歩一歩着実に進めるための原動力になる。支配人やアイのバックアップを得ながらマイが先輩へのライブを成功させたのも、『まだ、何者でもない星』でアイたちが荒天ながらも周囲を引き付けるパフォーマンスで観衆を魅了したのも、彼女らが夢と希望を持ち続けたからに他ならない。


 つまるところ、現実は「重力」、夢・希望ーーアイの言葉を借りるなら「キラキラ」ーーは「推進力」。そして、現実が重くのしかかるなかで、一歩一歩着実に前進するには、「キラキラ」を持ち続けることが重要だ……。『2053 Season1』に込められたのは、そんなメッセージなのかもしれない。

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