第14話
しばらくののち、夕餉の席だとメルショルは小座敷にあつめられた。その場には、彼以外に千代女とふたりの男の姿がある。
箱膳が運ばれてきたのちに、
「それでは改めてお互いの紹介といきましょう、新たな仲間のために」
と千代女が音頭を取って告げた。
はいはい、と子どものような明るさで手を男の片割れ、若者が発する。ただし、ただの人間ではない。手足が長く浅黒い肌をしているところまでは、珍しくないものの人当りのいい顔の額、そこに一本の角が生えているのはあきらかに異常だった。
「俺の名は岩布(いわしき)、地蜘蛛(じぐも)だ」
聞きなれない雰囲気の名を名乗り、さらには耳にしたことのない言葉を口にする。
「地蜘蛛っていうのは、かつての朝廷の争いに敗れた豪族の末裔が山の民、化外の民となり、さらに安住の地を求めた末に生きたまま黄泉路を通って地獄にまでやって来てしまった者の裔のことよ」
「そうそう、それそれ」
千代女の説明に、まるで自分がそれをいったかのように岩布は数度うなずく。
この若者、頼りになるのだろうか――メルショルはそんな彼を目の当たりにしながら懸念を抱いた。異国(とつくに)の浄土と地獄が交渉しようというのだ、顔を出すのはくせ者揃いに決まっている。そんな場面に臨むには、なんというか純朴に過ぎよう、というのがメルショルの感想だ。
「それがしは山本道鬼斎(やまもとどうきさい)ともうす」
片目がつぶれたぶ男がかすれた低い声で名乗る。この男は部屋に入ってくるとき片足を引きずっていたのだが、まさか、とメルショルは聞き覚えのある名に脈を速めた。
「山本道鬼入道ともうせば、武田家足軽大将であらせられる」
「娑婆ではさような役についてもおったな」
皮肉なような、さびしげなような、そんな淡い笑みを道鬼は口もとに刷いた。
「それとこの場にはいないけれど、警固の役の御仁がひとりおられるわ」
「おれ、あいつ嫌い」
千代女の言葉にとたんに岩布が機嫌を悪くする。どうやらよほどのことがあったか、かなりうまが合わないようだ。
交渉者として適格かどうかはともかく、人間としては純な若者に嫌われる、その事実にメルショルはまだ見ぬ仲間に対し不安をおぼえた。なんというか、千代女といい岩布といい一癖も二癖もある顔ぶれがそろっているのは気のせいなのだろうか。
「手前は切支丹のメルショルともうす者、通辞としての業前を変われ閻魔に選ばれた次第です」
「確かに名が切支丹独特のものだな」
みなの視線があつまったのを察して口を開いたメルショルに道鬼斎がひとつうなずいてみせた。
「道鬼斎殿は西国に参られたことがあるのでございますか」
「わしは元は讃岐の生まれだ。大内家が隆盛を誇ったころに山口でザビエルなる伴天連に出会(お)うたこともある」
「おお、まことでございますか」
思ってもみなかった縁にメルショルは声を弾ませる。
「したが、おぬしが切支丹だとすると、こたびの任には不適格ではないのか?」
道鬼斎の、無事に残っているほうの目が爛(らん)と輝いてメルショルを射抜いた。
それは、とメルショルは答えに窮する。自分自身でも、苦しむ仲間のために働きたいと思う一方で、虚構に満ちていると知ったとはいえ神(デウス)に仇(あだ)なすような真似をすることに抵抗をおぼえないといえば嘘になる。
「まあ、それは仕方のないことじゃないかしら」
そこに千代女が声を割り込ませた。
「地獄と南蛮浄土の衝突は元々、行き違いから起きたものというのはメルショル以外は承知でしょう。南蛮人の魂の引き渡しを求められ、地獄としても扱いに困っていたから要求に応じたところ、相手は南蛮浄土に隷属することに同意したと思い込み、日の本の民の切支丹の魂の引き渡しを拒否されたことで憤り奴輩(やつばら)は攻め込んできた」
まじめな顔で千代女は言葉をかさねる。
「大本の原因は言葉を異にすること。しかも急遽、言葉を介すという者を通辞にもちいたために事態は余計にややこしくなった。交渉は単に相手の言葉を理解するだけでなく、向こうがどのような了見を持っているか、それを知悉(ちしつ)している必要がある」
「それゆえの、切支丹の起用か」
千代女の言葉に道鬼が一度彼女に向けた視線を改めてメルショルに向けた。
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