第24話 接点

 暖かい晴れの日、僕は公園のブランコに座っていた。「ここ最近仕事をして、疲れてるだろう」と、スケイルズが今日は仕事に行かないフリーな日にしてもいいと言ってくれた。なので僕は、小さい頃に凪と遊んでいたこの小さな公園にヒキを連れて来ていた。彼女は緑のダボダボのカエルのパーカーを着ていた。外出するときはいつも着るお気に入りの服なのだが、メンバー曰くどんなに暑くても必ず外ではそのパーカーを着るらしい。まぁそんなお気に入りの物は誰にでもあるか...と僕は一人で納得した。


 「はぁ...懐かしいなぁ、この公園。昔はこの公園で凪といつも遊んでたなぁ...」

「ふん、貴様のくだらん昔話など、我は興味ないぞ。」

「別にお前に言ったわけじゃないよ。」この腕の魂、『カルマ』というこいつは僕の頭の中で僕にいつも語りかけてくる。その為スケイルズやレオンにはこの声が聞こえないので、正直話しかけるのもかけられるのも少し嫌になっていた。そんな僕の弱い葛藤なんか微塵も考えず、ヒキは滑り台やジャングルジムで一人遊んでいた。特にメンバーとも喋らないためいつも僕は彼女にやや暗い印象を持っていたのだが、一人で無邪気に遊んでいる彼女の和やかで偽りのないあの笑顔は、さしずめ非心な革命軍のメンバーのものではなかった。


 公園の時計を見て、僕はヒキちゃんを呼んだ。

「おーい、ヒキちゃん。そろそろお昼にしようか?」そう言うと、彼女は僕の方にササッと走ってきた。まだ遊びたかったのか、いつものような暗い顔になった。すると、彼女の周りで薄くなっていた雲は黒く濃くなって彼女の周りに漂い始めた。

「う〜ん...(お金そんなにないなぁ。)。ヒキちゃんは、何か食べたいのある?」そう言うと、彼女はスッと指を指した。その先にはキッチンカーがあり、看板には『あんま〜い!ふわふわドーナツ屋さん』と書かれていた。

「あぁ〜ドーナツ?あれが食べたいの?いいよ、買ってあげる、欲しいのを指さして。」すると、彼女の周りにあった雲が薄くなって、顔にはまた笑顔が戻ってきた。この雲は彼女の感情に左右されるのかな...僕はお金を出しながらそんな事を考えていた。結局、僕は彼女に3つもドーナッツを買ってあげたお陰で、持っていた財布がかなり軽くなってしまった。


 そうして近くのベンチに座って食べていると、先に座っていた一人のスーツを着た女性があの店のドーナツを持ってじ〜っと眺めていた。そして一口食べると、女性は心の声を吐露した。

「う〜〜ん美味しい!!このチョコの甘みにストロベリーの酸味がたまらんわぁ〜!仕事に雑務、仲間へのイライラに耐えた私へのご褒美だし...カロリーはなしね。」そう言ってドーナツを食べようとした時、隣に座った僕たちに気付いた。すると、顔を真っ赤にし、ベンチから飛んで立った。そしてすぐに頭を深々と下げた。

「あ、あぁすすすいません!騒がしかったですよね、ご、ごめんなさい!す、すぐに行きますので...どうかお気になさらず...」

「いやいや、全然大丈夫ですよ!僕たちもこのドーナツ好きですし...それに、思ったことは口にした方が良いですから。」すると、心の中でカルマが語りかけてきた。

「とか言う貴様も、あの女を頭がおかしい奴だと思っただろ?それも『思ったこと』なのではないのか?」

「ちょっと静かにしてて、話すがむずいから(小声)」女性は渋々ベンチに座った。まだ恥ずかしいのか、耳がとても赤い。


 「仕事に疲れたって言ってましたけど、何の職業なんですか?会社員とか...?」

「え〜っと、一応...公務員です。まぁあまり表立った仕事じゃないんですけどね。」そう言う女性のスーツの胸ポケットには手帳があり、その中には小さな写真やメモが何枚か挟まっていた。

「ところで、そちらのお子さんは妹さんですか?カエルのパーカー、お似合いですね。」女性は僕の隣でドーナツを無言で頬張るヒキの事を聞いた。その質問に、僕は急いで偽りの解答を考えた。

「えっと、まぁなんて言うか...僕の親戚ですね。久しぶりに来たので遊んであげてて...」

「お名前は何ていうんですか?」

「え〜っと、ひ、ヒキコです...。」

「ヒキコ...ですか」そう言うと女性の目線はヒキに向いた。そして数秒見た後、女性は緊張する僕に気付いたのか、申し訳無さそうに言った。

「...あ、突然すいません。...昔職場にいた、私の先輩の娘によく似た顔だなと思って...」

「そ、そうですか。そういう事もありますよね、『他人の空似』ってやつですか。ハハハ...」僕は滲み出た汗を拭き、溜まっていた息を吐いた。ヒキは相変わらず何も言わず、ただ目の前のドーナツを食べて満足していた。


 「本当にすいません、楽しい時間を私なんかと喋っていただいて。とっても楽しかったです!」女性はまた頭を下げながら言った

「僕も面白い人なんだなって思って楽しかったです。そういえば、お名前聞いてませんでしたね、何ていうんですか?」

「私、夏月なつきと言います。名字はちょっと言いたくなくて...下の名前だけで勘弁して下さい。」

「夏月さんですか、良いお名前ですね。」僕が夏月さんと話していると、僕の服の袖を引っ張ってヒキが催促してきた。それに気付いた夏月さんが微笑んで言った。

「フフフッ、どうやら早く遊びたいようですね。では、私はこれで...今ちょうど仕事が1つ入っていまして。」

「そうでしたか、お忙しいのにすいません!...さ、行くよ。」僕はそう言って夏月さんと別れ、ヒキと再び公園に行った。


 「ん、電話か...なんだろう...」カバンに入っていた携帯を出し、夏月は電話に出た。「はいもしもし、特殊能力犯罪対策課、フォールデウ・夏月です。何かありましたか?...はぁ、C地区で『D.o.G』の動きが...分かりました。現場に2名ほど派遣します。では...」そうして夏月は、掛かってきた電話を切って、A地区へ走り出した。

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