第24話 勉強会2

大二棟の実習室の扉の前で、パトリックは輝かしい笑顔を燦々と浮かべてカミラの事を歓迎した。

「先生が行けって言うから来た。別にお前の勧誘に根負けしたわけじゃないからな」

「来てくれて嬉しいよ! すっごく!」

彼は感激のあまりカミラの手を握ってぶんぶんと勢いよく握手をした。その勢いにカミラは気圧される。

教室の中には3人の人間が居た。みんな黒板前のテーブルにひとつに集まって、ノートを開いている。

一人は顔なじみのグレース。他の二人は、黒髪で短髪のアジア系の少年と、栗色の髪の少女だった。全員学年はバラバラらしく、つけているネクタイの色が違う。こんな状態でどうやって勉強会をするんだろう。

「みんな! 紹介するよ。今日はじめてきてくれたカミラ・ウッドヴァインさん」

パトリックはカミラの手を引いて皆の前に連れてきた。グレースは小さくカミラに手を振ってくれている。

「どうも」

「グレースのことはもう知っているね。黒髪の彼はルイツォ。中国からこっちに来てる。2年生だ。栗毛の子はアンナ。彼女はフランスから来てる。1年生」

紹介された二人はカミラに向かって「よろしく」とそれぞれ声をかけてくれた。

「えっと、改めて私はパトリック。出身はアメリカだけど9つの時には魔法島にやってきてるから、どっちつかずって感じなんだ。魔法島での暮らしや文化に疎い子をあつめて、学力の底上げを手伝ってる。学年は3年。カミラさんはどこ出身なんだっけ」

「私は英国の生まれだけど」

「じゃあグレースとアンナ以外の生まれはバラバラだね」

パトリックが開いている席を勧めたので、カミラは手招きをしているグレースの隣へ座る。

「多国籍って感じなんだな」

「ウッドヴァインさんがここにやってきたのは中等部の2年の春でしょう? それまで魔法探知に引っかからなかったの?」

アンナが不思議そうに尋ねてきたのでカミラも逆に聞き返す。

「君たちは1年の頃からここへ通うように政府から通達があったのか?」

「俺は初級中学校に入る前には通告が来てて、こっちに来るようになった。もしかしたら、ここに来る前に魔法を意図的に使ったことがないんじゃないか?」

ルイツォの言葉を受けて、カミラは過去の記憶を思い出す。

「確かにそうかもしれない。癇癪を起こした時に窓が割れたりするのが何度かあったが、思い返せばその程度だな。魔法はすべて理論を学んでから実践という形で使っている」

「へえ……じゃあカミラは、頭で思い描いていたことが偶然魔法になったりはしないのね」

「そんな事が起きたことはない」

カミラはグレースの言葉にビックリしてしまった。みんな、そんな直感的な方法で魔法を使っているとは思いもしなかったのだ。教科書を読んで、想定された確実な手順でイメージを最適化し、魔法を行使している身からすれば目からウロコだった。

ジェイミーにも指摘されていた通り、カミラ体内の魔力貯蔵が多く、魔力の制御が常人よりも抜群にセンスが有る。

しかし、答えのない状態から自分で魔法を勝手に出すようなセンスは持ち合わせてはいなかった。


「魔法って言っても人それぞれなんだな……」

「まあそれがわかった所で、今回の勉強会の内容ですが……何か議題を持ってきた人はいるかな?」

パトリックがパチンと手を叩いて話の方向性を変えた。

「はい。こういう事を魔法族の人に聞いちゃうと怒られちゃうのかなって思ったんですけど、亜人の人たちってどんな人なんでしょう?」

アンナが手を上げて発言をした。

ここでいう勉強会の内容は恐らく学校でやる内容のことの他に、魔法島や異界に関する常識問題も議題に上がるのだなとカミラは理解した。たくさん本を読んできてはいるけれど、現地人の肌感みたいなものは掴めていないので、自分の為にもなりそうだと少し興味をくすぐられる。


「亜人かあ……私も実際に会ったことがあるのは獣人だけかも」

しかし、パトリックはアンナからの質問を受けて、少し困惑してしまった。

「やっぱり、この島に亜人の人たちって少ないですよね」

グレイスも見かけたことのある亜人は猫の獣人だけだと言った。

「ノヴレッジからやってきた8割が人間の魔法使いっていうくらいだから、亜人は少ないよ」

「そもそも亜人ってどれだけ種族がいるんだろ?」

誰も亜人についてよくわかっていないようだったので、カミラは咳払いをして皆の注目を集めた。

「こほん。聞きかじりで良ければ私が話そうか」

「ぜひ。お願いしたいな」

パトリックがにこやかに説明を促すので、カミラはそのまま話しはじめた。今から話すことは、すべてジェイミーから教えてもらったことである。

「まず、この島の領土からの話なんだが、そもそもこの島はノヴレッジの半島を移転して持ってきたものなんだ。そしてこの地域を元々所有していたのはエルフの一族。北の地域はスプラウトヴァージュ家という貴族が代々支配してきた。南の地域は王都への中継地点として魔法族の領主が治めていたので、今のような東西の分断ではなく、元々は北と南で地域の分断があったそうだ。北はエルフの街、南は人間の魔法族の街として機能していた。エルフは排他主義的な側面がある故、他の種族はその地に住もうと思ってもかなり折り合いが悪かったそうだよ」

「でも、今はエルフなんてこの街で見ることはないわよ」

グレースがそう口を挟むので、カミラはジェイミーから聞いたことを思い出しながら話した。

「ノヴレッジからこの地球へ半島を移転するに当たって9割のエルフの領民がこの地を捨て、別の暮らしやすい地域を王族から譲り受けたそうだ。残ったのはスプラウトヴァージュ家の中でも生贄のような扱いをされたエルフとその側近たち。それと土地を離れたくなかった僅かな領民。君たちも御存知の通り魔法大戦によってこの北の地域もそこそこの損害を受けた。ここら一体半分以上は戦後に復興した街だ。エルフは戦で死んで、この島に全然残っては居ないそうだよ。彼らの本拠地はノヴレッジの王都付近だそうだ。他の種族がやってきたのは戦後の復興のさなかで、移民で多いのが、地球で言う所のアジア圏のような場所を生活圏にしている獣人達、あとはエルフの領地にやってくるのはかなり珍しいけど、ドワーフや人魚。西の地域では少しだけ竜人もいるそうだが、交流はないそうだ。吸血鬼はそもそも島には立ち入りを禁止されているらしい」

「へえ、随分と詳しいんだな」

ルイツォは感心してカミラをまじまじと見た。

「今は、スプラウトヴァージュの屋敷で暮らしているから。歴史の授業の小話として先生が教えてくれたんだ」

「スプラウトヴァージュの屋敷で暮らしてる? 北の貴族の?」

パトリックは驚いて、カミラの方を向いた。

「ああ。私は今特例で個別指導を受けているんだが、その先生がスプラウトヴァージュ家の人なんだ」

「それは、……それはすごいね」

「そうなんだ。先生はすごいんだ」

そしてカミラはジェイミーがいかに教師として優秀かを語りはじめた。授業の説明のわかりやすさは勿論、膨大な知識量でどんな質問にも、丁寧に答えてくれる凄まじさが評価されないのは、世界の損失である。外堀から埋めていくのが得策だろうと思ったのだ。いい噂は本人が居ない所で流しておくものである。

「そんなにすごい先生なら、一度授業を受けてみたいなあ」

グレースがそう言うので、カミラは調子に乗って言った。

「私が特別に、頼んであげてみてもいいけれど」

「本当に?」

「OKを貰えるかはわからないが、聞くだけ聞いてみる」

「やった~!」

「多分引き受けてくれると思うよ」

こうして、勉強会のメンツにジェイミーが授業をする流れができてしまったのである。


「というわけで授業をしてほしいのですが」

「ええっ!?」

スプラウトヴァージュ邸に帰ってきたカミラは夕食の時間、良かれと思ってジェイミーに話を持ちかけた。これをきっかけに、人前に出ることに慣れてくれればと思ったのだ。

「いや、そんなぼくが授業だなんてしても……」

ジェイミーは机の上のシチューが入った皿の人参をスプーンで自信なさげに突っついている。

「先生の説明すごくわかりやすいんですから、自信持ってくださいよ。それに授業をやるにしたって、たったの数人増えるだけ! しかも1回きり!」

「いや、うーん、嫌かなあ……」

「なんでですか」

「絶対こんなちびが教壇に立ったら笑われるよ。魔法使えないし。カミラは、笑わないけど……他の人はわからないじゃない」

「じゃあユアンさんに電話して、あの指輪もっかい貰ってきましょう。背が小さいのは……魔法薬でどうにか……ありましたよね?年齢詐称用の魔法薬」

「年齢詐称用て……あれ一応病気の治療薬の副作用だからね」

カミラが言っているのは小児の魔法族のこどもがかかる病気の治療薬のことである。副作用により24時間で身体が急成長し大人になり、また元に戻るというとんでもない副作用の薬だ。魔法の力というのは不思議なもので、骨や内臓系に支障をきたしたりはしない極めて安全な薬である。そしてその便利さにより、ティーンのこどもが副作用を利用して年齢制限のある物の購入や、施設への潜入へと使うことが多々あった。

「授業してみましょうよ!自信に繋がりますって」

「嫌かなあ……」

「私が自信満々に、多分引き受けてくれると言ってしまったのを、どう責任とってくれるんですか」

「それはきみの責任じゃない……」

「メンツが丸つぶれ!」

「知らないよ~」

夕食の後もカミラが夜通し駄々をこねてジェイミーの後ろをついて回り、風呂場の前まで居座って授業をしろというので、小さな先生は結局根負けして授業をすることにした。折角カミラにできそうな友達の願いを無下にはしたくなかったし。

しかし、学院の中で先生めいたことをするには色々と手続きが別途必要になるので、スプラウトヴァージュ邸に勉強会のメンバーを秘密裏に招くことになったのであった。

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