第22話 ヒンウィルム魔法学院

話は少し遡る。

「おい、邪魔だ。どけ」

カミラは魔法学院の中庭に面した廊下で、冷たく言葉を吐き捨てた。

廊下には、黒い髪を掴まれた大人しそうな少女が地べたで項垂れており、その少女を取り囲む女生徒が3人。

少女たちは道の往来で堂々と暴行を行っていた。

いつもならばこんな面倒な場面はシカトして迂回するのだが、この先に図書館のある塔があり、一本道なのでそれが出来ない。

カミラは一刻も早く図書館に行きたかったので、イライラしていた。


「聞こえなかったか?どけろ」

「げっ、ウッドヴァイン」

女生徒達は顔を歪めて、声のする方を振り返った。

しかし、相手は問題児でケンカ負けなしとの噂が有るカミラ・ウッドヴァインだったので、捻くれた顔をそのままに仲間と顔を見合わせた。

転入してきてからというもの、この難のある性格で上級生にも下級生にもケンカを売りまくり、魔法の実力でねじ伏せてきた女だ。存在するだけで、台風のようなやつなのである。

「分が悪いわ」

「行こう」

3人の女生徒はバタバタと図書室とは別の方向に走り去っていく。項垂れていた少女は顔を上げた。

黒い瞳には涙が溜まっている。

「あの、」

「こんな場所でいじめられるな。お前も邪魔だ」

カツカツと革靴の底を踏み鳴らしながら、カミラはその場所を颯爽と立ち去った。

そのうしろ姿を見送る少女は、ハッとして立ち上がると金色のツインテールを追いかける。

「あっ、待って……!お礼……」

これが、グレース・ティーグとカミラ・ウッドヴァインの出会いである。


「た、退学したんじゃなかったの……!?」

「誰がそんな適当な噂を立てているんだ」

図書館で大きな声を出すんじゃないとカミラは眼の前の少女、グレースを窘めた。

「だって、寮爆破して退校処分になったって」

「それごときのことで、この優秀な私が学院を追われるわけが無いだろう。今は特別に、私だけの個人指導の先生が授業をしてくれている」

ジェイミーに駄々をこねて、実技の分野を週2で校長に教えてもらうことになったカミラは、久々にヒンウィルム魔法学院にやってきていた。

彼女がつばを吐いて出てきた校門を再度くぐるのは中々に癪だったが、教師を屋敷に呼べないのだから仕方がない。カミラは教師を呼びつけようと再三ジェイミーに頼んだが、彼らにも仕事の都合があると諭され、こちらが出向く羽目になったのだ。


今はジェイミーに持ってきてほしいと言われた本を探しに、図書館へやってきたところだ。スプラウトヴァージュ邸程ではないにしろ、ここの図書館は広い。

そんな中で、カミラを見つけたグレースは思わず大きな声をあげてしまっていたのだった。

カミラはグレースのことを多少鬱陶しいとは思っていたが、どこか柔らかな態度の彼女のことは邪険にできず、こうして再開を果たし話をしてやっている。同じ学年のグレースはクラスは違えど、カミラによく話しかけてくれるし、お昼も一緒に食べていた程度には親交がある。周囲から見て、2人は友達と呼べる関係なのだろうが、カミラはそれを否定していた。薄情なのである。

その証拠に、今日の今日まで自分のことで頭が一杯で殆ど彼女のことは忘れていた。


「そういえば、お前の方はあれからいじめられていないのか?」

「それが、いじめられなくなったのよ!」

グレースは顔を輝かせて微笑んだ。その返答にカミラは多少の安堵を覚える。

また守ってくれなんて言われても、自分は週2しか学院に来ないのだから無理な話だと思っていたのだ。

「よかったな」

「パトリックって子が守ってくれるから、大丈夫になったの」

彼女は恋する乙女のように、頬をわずかに染めて柔らかな声に感情をのせた。

「へえ。奇特なやつが居たもんだ」

カミラはジェイミーから持ってくるように言われた本を、棚の中から探しながら言った。

「奇特じゃないよ! 私達みたいな第三世代を気にかけてくれてる、すっごく優しい人なんだから」

「第三世代?」

「ノヴレッジの魔法使いと、地球の人間の間にできたこどもの事。私達は、異界と地球を結ぶ、大切な架け橋になる特別な存在なんだって」

「ふうん。選民意識も大概にしておけよ。またいじめられるぞ。お前のそういう何でもかんでもすぐ影響される性格、すぐいいように使われるんだから」

「大丈夫だよ。私強くなったもの」

「パトリックとやらのおかげでか」

「彼、本当にすごいんだからね。第三世代のみんなを集めて、一緒に勉強会してるの。教えるのもとっても上手で、カミラもよかったら……」

勧誘のそれとわかった途端カミラは面倒くさくなり、話を切り上げることにした。いらない人間関係は作らない主義なのである。

「私、先生を待たせてるんだ。ここで失礼するよ」

棚の中から目当ての本を一冊抜き取り、グレースを置いて貸出カウンターへ歩いていった。所定の手続きを手早く終えて、図書館をあとにする。


「第三世代ねぇ……」

彼女の言う第三世代という分類に該当する人間は、カミラを除いて中等部の2年にはに2人。内一人はグレース。もう1人の方はよく知らない。

上の学年にも大体同じくらいの数がいるそうだが、誰ともあったことはなかった。パトリックと言われる人物はそいつらとわざわざ懇意にしているらしい。本人がその第三世代なのか、普通の魔法族なのかは分からないが、異端同士が集まった所で丸めて排斥される意識が強くなるだけだろうに。排斥されることで、団結力を増しているんだろうか。グレースがあんなに熱心に語り、はっきりと言葉を口に出すようになるなんてよほどのことがあったのだろう。元来意思の弱いおどおどした女だった記憶がある。

「会わない間に人は変わるもんだな」

カミラは本当に性格がねじ曲っているので、しょうもないお仲間だと思いながらジェイミーの待つ校長室へと向かった。


一方その頃ジェイミーは、校長であるクロードくんと校長室で喋っていた。

「で、ウッドヴァインくんとは上手くやれてる?」

クロードは口元のひげをさわりながら、にこにことした顔で尋ねた。

「きみは、いつも物事を動かすのが強引すぎて……上手くやれてるけど、なんでこんなに急だったのさ」

座り心地の良いソファーに身を沈めながら、ジェイミーは非難がましくクロードへ言葉を投げかけた。

「私は一週間前に君のお家に菓子折り持っていったけど、出てこなかったじゃないの」

「うぐ……」

返す言葉もなくジェイミーは黙り込んでしまった。

「まあ、こうしてお外に出てくるようになったから、良しとしようかな。ユアンにも会いに行ったんだって? すごく喜んでいたよ」

「それは……うん……会えて良かったとおもうよ。カミラの杖も良いものを買えて……」

「ウッドヴァインくんがいると、随分と生活がにぎやかでしょう?」

「きみと、母さんと……父さんが居た頃みたいだ。ちょっと懐かしい気分になる」

「楽しかったね。あの頃は」

クロードは遠い日のことを思い出すような目をした。

「うん」

ジェイミーもつい最近だったような、もうずっと昔のことのような思い出を反芻していた。

「彼女となら、きっと君とうまくいくと思ったんだ。このまま社会や人と関わりを、積極的に持ってくれたらいいんだけどね」

「先生みたいなことを言う」

「だって先生だもの」

クロードは「ほほほ」と笑った。

「本当に、立派になったね。あのやんちゃ坊主が……」

「人間変わるものだよ。そういえば、今年の南部の祭りには顔を出すのかい?」

「母さんが留守だからどうにもこうにも、行かないといけないんだよ……億劫だけど……」

「頑張りたまえよ、当主代理殿」

「本当に家の仕事全部ぼくがやるはめになってて困るよ……って言っても仕方ないよね。いずれはぼくの仕事だし。それに母さんのほうが大変だから」

ジェイミーはやれやれといった顔をした。

「南米の方のゲートを塞ぐの、そんなに難航してるのかい」

「母さんが言うにはあともう少しだそうだけど、おかしいと思わない? ノヴレッジとの接合点に巨大な触媒もなしにゲートが開くだなんて。人ひとり分は通れる穴が開くだなんてとんでもないよ」

「なにか動いてるのかもしれないね」

クロードは軽い口調だったが、眉間にはシワが寄っている。

「なにかって……何さ」

「うーん……断定はできないけど、最近は魔法推進派の動きが徐々に活発になってきている」

魔法推進派とは、名前の通り魔法を地球側で使うことの規制緩和を訴える派閥のことである。

これらの構成員には魔法族が多く居るのかと思えばそういうわけでもなく、地球の方にも魔法を解禁するべきだと訴える組織は結構な数存在していた。

例を挙げるとするならば、終戦後に商機を狙って参入に敗北した大企業などが、もう一度チャンスを狙っていたり、魔法という新エネルギーに着目して、環境問題を改善しようとしているもの……様々である。


ここ北側でそれが分かる程度っていうんだから、相当だね」

ジェイミーも深刻な顔になった。スプラウトヴァージュ家は推進派でも無ければ、保守派でもない中立な立場を貫いてきている。どちらの動きが活発になっても、困るのだ。

「大人しくしてくれてるといいんだけど。来年で終戦から90周年。あと10年で100周年だ。和平が長く続くに越したことはない。緩和したとて、長い目で見て魔法がこの星にいい影響を及ぼすとは限らないもの」

「最近のノヴレッジの動向は?」

「依然属国にしたリュミナリスから、膨大な魔力供給があるから国内は安定しているよ。あちらからわざわざ地球への領土を拡大するメリットがない」

「となってくるとやはり島内かあ……」

「地球側にも推進派は居るからなんとも言えないね」

「「はあ……」」

二人が大きくため息を吐くと、ちょうど扉がノックされた。

「失礼します……なんだか疲れた顔をしていますね」

カミラが扉を開いて入ってくると、ふたりともげっそりした顔をしていたので驚いてしまった。

「なんでもないよ」

ジェイミーは慌てていつもの表情へと顔を戻す。

「さて、魔法実技のどこの魔法が再現できないのかな」

クロードも切り替えて、カミラへ魔法を教え始めることにした。

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