第20話 ハーフエルフ

じいっと拾った指輪を眺めていたカミラは静かに独り言のように声を発した。

「魔力補助……? 操作…………?」

「あっ、あのね」

「先生、これはどういう魔法道具なんですか?」


カミラは魔法道具の造詣が深くないので、見ただけでは完璧に解析を行うことが出来なかったようだ。

だからここで、それっぽい言い訳を重ねてごまかすことも出来きた。体内の魔力が膨大すぎて、エルフには杖が合わないだとか、そういう間に合せの理由で。エルフなんてそうそう出会う種族ではないし、指輪だって新しいものをユアンに頼めば売ってくれるだろう。

しかし、ジェイミーは質問に対して、もう観念して素直に喋ってしまうことを腹に決めた。

いつまでも隠し通すことは出来ないし、今日のような事態に陥った時、彼女の身が危険だと思ったのだ。

自分に力がないせいで、自分の嘘で、誰かが傷つくのは嫌だった。


「……使用者の魔力を吸い上げて、魔力変換をする魔法道具だよ」

「魔力変換?」

「えっと…………その、怒らないで聞いてほしいんだけど」

意を決した顔で、カミラに向き直る。

「はい」と返答したカミラも何やら真面目な話だと理解したらしく、ジェイミーの方を真っ直ぐ見る。


「ぼ、ぼく……魔法使えないんだ」

少し声が震えていたかもしれない。


「はい?」


「だから、魔法が使えないんだよ」

「使えてたじゃないですか」

カミラはどういうことなんだろうと首を傾げた。


「それは……特殊な魔法道具がないとだめで、それも不完全で回数制限があるし、出力は安定しない。杖を使っても使わなくても、ぼくは魔法を使えない。ごめん、ずっと黙ってて……」

「はあ…………」

カミラは困惑した顔でジェイミーを見つめていた。

「話はわかりましたが、なんで謝るんですか?」

「えっ……魔法使えないんだよ。魔法の先生なのに」

「私、今日までの授業内容で不満はありません。指導者として不足はないかと」

「でもこれから実技が多くなると、ぼくはお手本見せられないよ」

「それは、使える人を呼んでくればいいんじゃないですか?」

「ええ~……」


怒られると思っていたが、予想外の反応でジェイミーは面食らってしまう。

「魔法が使えないだなんて言われたら、大半の魔法族はぼくのことを軽蔑するのに……どうして怒らないの?」

「先生、忘れたんですか? 私の祖父は魔法が使えなくて地球に移住してきた人ですよ。話は詳しく聞かせてくれませんでしたが、それとなく魔法が使えない人の苦労は察しが付くつもりです。それに、魔法が使えないのに、に教えを施せるなんてすごいことじゃないですか」

「いや、そんなこと……」

「そんなことありますよ。私が中等教育までの間で、どれだけの教師に無能の烙印を押して退職を勧告したと思ってるんですか? 過大評価するまでもなく私は天才なので。天才に教えられるのは天才しか居ません」

カミラは当然といった口調で断言した。慰めようとしてくれている。それがなんだか恥ずかしくて、ジェイミーはいたたまれなくなった。


「……うう、じゃあもうこの際、全部打ち明けるけどね。スプラウトヴァージュの魔法理論を書いたのは、ぼくの母で、ぼくは研究の三分の一程度にしか携わっていない」

「へえ。でも携わってるんじゃないですか」

「後半あたりはいくつか協力したけど、それも微々たるもので……」

「あれだけの理論構築するのにたった一人でやったと言われたほうが驚きです。よかった。共同著書なんですね」

「で、でもがっかりしたでしょう!?」

「まだ私でも著者であるお母様に追いつける余地がありそうだなと、嬉しい気持ちになりました」

「すごいなきみは!」

「当然です」

カミラは拳で自分の胸を叩いてそう言った。


「じゃあこの際私も気になってたことを聞いちゃいましょうかね。先生って年いくつなんですか?」

「80……行くか行かないか……戦後のすぐの生まれだから多分それくらいだと思うんだけど」

「えーっと、エルフの80歳ってどれくらい?」

「エルフの80歳は大体7、8歳程度だけど。第二次性徴期までは大体人間の10倍換算」

「先生ってそんなに小さいんですか!?」


「いや! これも言ってなかった! ぼく、その、………………ハーフエルフなんだよ!」


「ハーフエルフ……」

「だから多分人間換算で精神年齢はハイスクールの子位だけど、体の進みが遅くて、こんなちんちくりんなんだ」

「人間とハーフエルフが交わるとそういうふうになるんだ……なるほど」

感心した様子でカミラはそう言った。やはり地球側で育ってきた子は魔法族と感覚が違う。

「あっ、えっと、異種婚は推奨はされてないよ。ぼく、忌み子だし……………」

「……聞いても良い話ですか?」

カミラは心配そうな顔で眼の前のハーフエルフの顔を伺った。

それを見て、ジェイミーはこの子は自分の出自をきっと……少なくとも、馬鹿にしたり貶したりはしないだろうと思った。


「知っておいてもらって、損はないかな……でも、長いし、つまらない話だよ」

「私は知りたいです」

「……ありがとう」

ジェイミーはごほんと一つ咳払いをして話しはじめた。


「そもそもエルフっていうのは、亜人の一種とされているけど、人類よりも先に存在している種族なんだ。……ノヴレッジの神話関連の本は読んだことがある?」

「そちらの方面はあまり興味がなく……」

「魔法と多少の関連性はあるから、初学程度に身につけておくと理解が早まるかもしれない。……まず、ノヴレッジには外なる神が居るとされていて、実際にその姿は数百年単位で観測され続けている。君たちの世界の存在するかどうかわからない神というよりは、人類よりもはるかに力を持った上位種が居るという認識かも。その上位種が人を作るほんの少し前に、エルフを作った」


「外なる神?外とつくからには、その大地や空の外があると解釈しているんですね?」

「君たちが観測している宇宙と似ているのかもしれないけど、推測の域を出ないな。外なる神の領域に触れたものは、皆気が触れて死んでしまうんだ。だから地球の航空技術に異界側が追いつけないんだよ」

「なるほど。どうりで空よりの記述がないわけです」

カミラはやっと合点が行った。どの本にも空のその先の記述が見当たらないので不思議に思っていたのだ。星座の話はあるのに、宇宙空間の話だけがすっぽりと見当たらない異界の本たちへの疑問が解明された。


「話を戻すよ。エルフは長寿で、優れた魔法力を持ち、すでに存在していた近似種……こっちでは猿に近い生きものだね。それよりも遥かに優れた知能を有していた。だけど、太古のエルフは病気に弱かったんだ。エルフが薬学や医療に精通し、種族のデメリットを解決するまで数千年に渡る研究を繰り返すことになるんだけれども。神からしてみれば、繁殖力が低く病気に弱い個体はあまり魅力がなかったようで。だから魔法力はエルフよりも大きく劣るが、多少は頑丈で増えやすい人間と、その他の種族を地に産み落とした。そこからはまあ、ご想像の通り、生息域が近いエルフと人間は領土問題で戦争を繰り返し、お互いその数をどんどん減らしていったよ。でも、エルフがいくら魔法に優れようとも、物量戦となると分が悪かったんだろうね。エルフ側が敗戦して和平を結んだあとも、人間と交わることを嫌い、特定の地域以外で見ることは稀だった。でも、400年ほど前から異界の情勢が変わった」


「ノヴレッジ側の魔力の枯渇ですね?」


「そう。大気中の魔力が年々減っていることへ、真っ先に気づいたのがエルフだった。そこからは協力の姿勢を取り、人間と協力して別の世界から魔力を引っ張ってくる研究をはじめる。そこで人間とエルフの間の子が生まれ始めるわけだけど、その殆どが長く生きる割には魔法力の無い無能。程なく忌み子としての扱いを受けて、エルフと人間は交わることを法律で禁止された。人間の魔法族にも、魔法が使えない人がたまに生まれてくる原因の1つでもあるんだ。ハーフエルフと人間の子どもは魔法力を持つが、それ以後の世代で魔法力を持たない個体が出現するようになった。きみも遥か先祖にエルフの血が流れているのかもしれない」

「……先生が約80年前に生まれたということは」


「異界の常識なら、生まれてすぐに殺される定めだった。だけどぼくがこうして生きているのは、地球の人間が父親で、魔法力を有しているからだよ。……魔法は使えないけどね」

「魔法力が有るのに?」

「これが魔法の難しい所。異界の大気中の魔力と地球の大気中の魔力に差があることは知っている?」

「ユアンさんに聞きました」

「なら話は早い。きみの魔力はこちらの魔力と相性が良くて、ぼくは壊滅的に悪いから狙った通りの作用が出ない。ぼく自身、異界に渡航することは禁じられてるから、この島からも出られないし。魔法が使えないっていうのはそういうこと」


ジェイミーは指先に水を生成する魔法を展開したが、水は一瞬だけその姿を現し蒸発して霧散した。


「ぼくは、きみの先生にはふさわしくないよ……」

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