第10話 災い転じてなんとやら

カミラは部屋に戻り、シャワーをサッと浴びて浴室を出た。

化粧水を肌に叩き入れ、美容液と乳液を塗る。

魔法で熱風を出して髪を乾かそうと思ったが、杖が壊れていることを思い出した。


仕方なく洗面台の近くに備え付けてあるドライヤーを、コンセントに差し込んで使う。モーターの回る音とともに、細いブロンドの髪の毛が膨らんではためいた。カミラは鏡の向こうにある金色をじっと見つめる。


実は自分の髪色はあまり気に入っていない。派手だし。もっと地味な色に染めたいと親に言った時は、まだ早いと言われた。

周りの子は黒から金やその他色とりどりのカラーにしているのに、どうして逆はだめなのか理解が出来ない。髪が痛むだのせっかくのブロンドが勿体ないだのと言われたが、そんな事本人が気にしてないのだからいいではないか。


――髪色を自由に変える魔法は、あったりするんだろうか。試してみたい気もする。

こっちに来てから、たった3ヶ月。魔法の行使に慣れると、魔法でどうにかしようとする発想が徐々に自分に根付き始めていた。


慣れとは恐ろしいものだ。今もドライヤーを魔法で浮かして宙に固定してしまえば、別のことが出来るのにと考えている。

カミラは、そこそこに長い時間をかけて、長い髪が乾くのを待った。

退屈な時間がやっと終わると、日焼け止めを顔と首と手足に塗り、着ていく服をクローゼットの中から取り出す。


西の方に行くのだから、あまり地球側らしいデザインのものは、避けた方がいい。

魔法族の人達はどちらかといえば地味な色で質素……クラシカルな装いを好んでいるようだった。


カミラ自身も派手で、丈が短く肌の露出の多い服は好まなかったので、こっちに来てから、服装だけで言えば随分と馴染んだ。

地球側の思春期の女共は、同年代の男へのセックスアピールか、自分を着飾りアイデンティティの訴えに忙しいようだったが、カミラはそういったことに興味がなかった。


宇宙に行く為の勉強に忙しかったのである。


幼い頃からそうだった。生活の何よりも知識欲を優先させる子どもだった。

飛び級をし、14歳で有名大学への進学が決まっていた程度には、頭の出来が良かったのもある。努力すればするだけ実力が伴うと、人はやりがいを感じるというものだ。

カミラは一生、勉強と共に生活があるんだろうなと思っていた。自分に向いているとも思っていたし。


そんな矢先に、魔法島に飛ばされることが決定してしまった。

――こんなことをしている場合ではないのに。

それが最初の感想だった。


魔法については、こちらに来る前にできるだけ調べはしたものの、地球側で公開されている情報が少ない。出版段階で何かしらの圧力がかかっていることが明白だった。


歴史の教科書には地球側の軍隊が如何にして、自分たちの軍事力と科学力を持ち、異界のものを斥けたかしか記されておらず、ここでも魔法のことは少しだけ。

地球の軍隊を焼いたり、病を撒いたり、船を海に沈めたくらいの事がふんわりと書いてある。ノンフィクションの体験記なども漁ったが、技術体系的なものを記した内容は出来得る限り排除されていた。


地球側の真面目そうに見える本は、魔法は忌むべき力だというプロパガンダが、盛り込まれている書物しか存在していない。

それを除けば、戦後の出版物はどれも面白おかしく確証のないデマが載っているものばかりだった。荒唐無稽過ぎて圧をかけるまでもないらしい。


これらをまともに受け取るほど、カミラは頭が悪くなかった。

ロンドンの古書店街には、異界から流れてくる本もごく少数あるのだ。それを好んで手に取るものも少数ではあるが。血眼になってそれらをかき集めた。


カミラは恐ろしい力が自分の身に宿っていると知ってから、連夜眠ることが出来なかったのだ。だからできるだけ情報を集めるために、沢山の本を読んだし、異界の文字だって徐々に習得しつつあったが、何を知っても不安は大きくなるばかりだった。


――自分の身の回りに起きる、不思議な出来事の原因が解明されたのはいい。政府からの通告書では、それを制御するための学校があると書いてあったのも朗報だ。

しかし、魔法なんてものは、宇宙とは何も関係がない学問だ。あまりにも遠回りすぎる。


どれだけ世界で偉業をなした人間でも、等しくいずれは老いて死ぬんだ。


貴重な10代の3年を、全く今後のキャリアで役に立たない学問を学ぶことに費やしろと? 冗談じゃない。ふざけるな。重大な機会損失である。飛び級で大学に入り、できるだけ早く研究者の仲間入りを果たしたいというのに!


自身のDNAをこれでもかと憎んだし、怒りのあまり、こんな事になっている原因の一端でもある祖父が大事にしていたゴルフクラブを手に取り、家の乗用車のフロントガラスを叩き割った。べこべこになるまで車体を殴りつけ、見るも無惨な姿にした。もちろんゴルフクラブも破壊した。完全に腹いせだった。


これはカミラ自身、やりすぎたと反省したが、これから先の人生が全部ぐちゃぐちゃになってしまったのである。眼の前の不安と怒りを解消するには、怒りの衝動に身を任せる以外考えつかなかった。


島にいるのが嫌になった場合、どうやって難癖つけても3年は脱出できる見込みがない。これでは監獄と一緒だ。法は味方に付けば強いが、敵に回すとあまりにも厄介だった。

ガレージで「えーん」と声を上げて泣いているカミラを見て、彼女の家族は、よくこの程度の癇癪で済んだなと思った。政府からの通告後、本を血眼で読む彼女がいつ爆発するのか、ヒヤヒヤしていたのである。機嫌が悪い時のこの女は、歩く災害だった。


――しかし、カミラはここで心が折れるような玉では無い。


自分の手札の中で使えるものは全て有効活用する。それがモットーである。

限られた人間しか入ることの出来ない魔法島に行く事ができ、学問として未知の知識を獲得できるのはアドバンテージだと、冷静になってから改めて判断した。


だから、島にやってきて最初の1ヶ月で異界文字と基礎学習を全て自力で終わらせ、残りの2ヶ月で異界側の本を脅威のスピードで読み漁り、情報を集めた。

魔法というのは思っていたよりもずっと面白く、興味があることを学ぶのは彼女にとって、ただの遊びに過ぎない。

同年代の子どもが動画配信サイトで、スマホのスクリーンタイムを伸ばし続けるのと同じことである。寝食忘れて情報を頭の中に仕入れた。授業中も、授業と一切関係のない魔法の本を読んだ。もちろん教師には怒られた。


ちなみに、カミラの眼鏡には速読の魔法がかけてあり、彼女自身も速読をするので2倍早いというからくりである。


そして異界側の宇宙に関する本が無いか一生懸命探したが、大した文献は見つからず、魔法によって直接宇宙と関わることは諦めることにした。

これは大変残念なことだったが、要は発想の転換である。

時間が足りない事に悩んでいるのであれば、3年後あちら側に戻ることが出来る時に、自身のスペックを今以上に持続可能な探求をできる状態にしてしまえばいい。


膨大な書物を読んだ結果、行き着いたのが不老不死になるという目標だった。

学院の本にも不老不死については短い記述はあれど、それ以上はぼかした書き方しかされておらず、意図的に情報が排除されていると思っていた。

教師にも探りを入れたが、そのことについては誰もが口を濁した。

こういう時は大抵、何かを隠しているということだ。隠すほどの情報ならば、確実性が高い。

そう漠然と察知していたが、ありがたいことに、この屋敷に来て古い書物をいくつか読み漁り確信することができた。


異界側では不老不死の研究が完成している、ないし不完全な形ながらも類似した力を得ることが実証済みであると。


しかし、秘密裏にそれに関連した魔法を行使できるか試そうとしたが、失敗してしまったのは手痛いミスだった。

ジェイミーに話した魔法以外もいくつか試し、効果が発現する前に打ち消している。打ち消したのは魔警の魔法探知に引っかかるからで、いずれ探知を掻い潜る結界を生成しその中で行使しようと考えていた。


試してしまったのは、使ったことがない魔法を前に好奇心が抑えられなかったからだ。こういうところで自制心が緩むのは、欠点だと自分でも思っていた。


古い魔法の反対術式を考えるのはとても苦労したが、やはり完全にとは行かず。まさか杖のほうが耐えられないとは。


ジェイミーを相手に失敗を隠蔽し続けるのは難しいが、あの性格であれば許してもらうのは容易だと考えたので、素直に喋ることにした。隠し事をするのはストレスがかかる。

そして、人間素直な方が得をするというものである。思わぬ収穫もあった。

不老不死と言われている生き物が、存在しているというでは無いか。


なんて素敵なことだろう! もし不老不死に至る方法を教えてもらえたなら御の字。駄目なら捕まえて、研究をするしかない!


何をしても死なないのなら、こっちだって動きやすいではないか!


まずは異界に行く事が課題として発生したが、いずれはどうにか策を立てる。これは彼女の中で決定事項だった。

幸先悪く杖を壊してしまったが、高位のものが手に入るようだし。


正に「災い転じて福となす」だ。


カミラは上機嫌で用意を進めた。

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