第4話

「それで、なんで村を見て回る必要がある」

シアンは仏頂面で問うが、綺羅の耳には届かない。

シアンに遭難者が開拓している村に連れて来てもらったのだが、目の前に広がるのは綺羅の想像を遙かに超えた廃墟だった。

足元の土は硬く、綺羅には農作物を育てるのは難しそうに思える。

耕すのに相当な労力と時間を費やす必要があるに違いない。

もっとも綺羅が驚いたのは家だ。

雪の多い地域だというのに、あばら屋のような家がいくつも建っている。

これでは、家の中に居ても隙間風が吹きすさぶに違いない。

「雪の重さで潰れないのかしら」

綺羅は無意識の内に声に出してしまう。

「それなりに対処しているのだろう」

シアンは興味がないとばかりに、素っ気ない返事をする。

「領主や皇帝陛下は、なぜ援助しないのかしら。彼らは国の命令で開拓しているのでしょう」

綺羅も龍宮国の王女である。周辺地域の事情ぐらい頭に入っている。

綺羅が勉強した内容では、この村のように未開拓の地を開拓する者には、住居と開拓に必要な資金が支給されるという条件で、ガルシャム帝国が開拓農民を募集していたはずである。

「そんなの初めのうちだけだ。そのうち、自力で稼げというようになる」

シアンは「そんなのもわからないのか」という顔で綺羅を見た。

「そんな。未開の地を開拓するには何十年もかかるに決まっているじゃない」

綺羅が知っている皇帝陛下なら基礎が固まるまでは、援助をするはずである。

しかし、現実はどうだろう。

「そんなこと言ってお姫さんだって、目で見るまではこんなに大変だと思っていなかったくせに」

「・・・・・・」

シアンに図星を指されて綺羅は言葉に詰まった。

綺羅自身、勉強した時や遭難者達の話を聞いた時は、ミュゲの街ほどではなくても、もう少し豊かな村だと思っていた。

綺羅は昔から望月に、皇帝陛下は貧しき人も豊かな人も平等に暮らせる国を造っていると聞いて育ったのだから当然である。

「まぁ、ここに来た人間達も豊かな暮らしができると思って来たのだろうがな」

勘違いしたのは綺羅だけではないと、シアンは慰めとも言えないような言葉をかける。

「でも、食べ物がなくて困っていたのを放っておくなんて酷いわ」

「天気のことは人間にはどうにもならないだろう」

シアンは綺羅がなぜ腹を立てているのかわからない、というような口ぶりである。

「あぁ、もう。この村の上を飛びながら領主の所へ行くわよ」

シアンに理解してもらえなかった綺羅は、青龍を呼ぶとひらりと飛び乗り舞い上がった。

「・・・・・・」

シアンは綺羅がなぜ怒ったのかわからないまま、綺羅の後を追うように飛び立つ。



領主の家はシャラ街の外れというより隣街となりまちにあった。

城のような門構えに、尖塔せんとうがいくつもある大きな屋敷である。

立地といい住んでいる屋敷といい、遭難者達との違いに綺羅は苛立ちを覚える。

執事が門まで出て来ると綺羅に用件を尋ね、綺羅は村人達のことで聞きたいと告げた。

しかし、数分後に戻ってきた執事は綺羅を追い返した。

「旦那様はお忙しく、龍使い様にお会いできません」

「村人が妖魔に襲われているのに?」

綺羅が無理にでも中へ入ろうとするが、すぐに数人の護衛が剣先を向けて来た。

一介の領主の屋敷にしては護衛があまりにも多く、厳重な警備に綺羅は驚いた。

「とにかくお会いできません」

執事はキッパリと言うと屋敷へ入ってしまう。

「あ、ちょっと・・・・・・」

「一旦、引くぞ」

綺羅が執事を追いかけようとするが槍や剣を向けられ、仕方なく綺羅はシアンの言うとおり領主の屋敷を後にした。

「一体なんなのかしら」

「どうやら内輪揉めで、村のことなんて構っていられないらしいな」

シアンは綺羅が執事と押し問答をしている間、能力で内情を調べたようだ。

「執事が言っていた旦那様というのは、最近亡くなっている」

「え?」

「その跡目を正妻の息子と愛人の息子が争っている。愛人の息子が年上だから余計にややこしいのだろうな」

よくある話だな、とシアンはせせら笑う。

「だから、領地のことは関係ないの?」

「そうだ。目の前に貴族の身分に、領主の地位。あの屋敷と金がある。妖魔が絡んだ村のことなんて関わりたくないのだろう。人間とはそういうものだろう」

「・・・・・・」

自分より長い間生きて来たシアンには、人間はそう映るらしい。

綺羅はそのことが哀しかった。

確かに困っている人より裕福な暮らしや地位や名誉を優先する人もいる。だが、皆が皆そうではない。

「わかったわ。私がやる」

「は?」

「皇帝陛下も領主もあてにならないなら、私がなんとかする。シアンに自分のことばかり優先するのが人間ではないと教えてあげるわ」

「・・・・・・。おい。そもそもお姫さんは・・・・・・」

「何?人間ではないと言いたいの」

綺羅がムッとした顔をするとシアンは少し狼狽えた顔を見せた。

「・・・・・・。いや、いい。それで、どうする?」

「一度、隠れ家に戻りましょう。陛下や王妃様を残して来たのは間違っていたような気がするの」

「あぁ、賢明な判断だな」

シアンは皮肉めいた笑みを浮かべると飛び立つ。

「あ、待ちなさい」

綺羅は慌てて青龍に乗って追いかけた。



「龍宮王ご夫妻を奪還ですか・・・・・・」

望月はめずらしく困惑顔をしている。

慌ただしく帰宅したと思ったら、ガルシャム皇帝の元で療養している龍宮王を隠れ家に連れて来て欲しいと頼まれたのである。

「理由を聞いてもよろしいですか」

望月は綺羅をじっと見つめた。

綺羅は望月の反応が想像できるだけに、どう説得しようか悩む。

自分が思っていた皇帝と違うような気がするとは言えない。

「それは・・・・・・」

「それがお姫さんの望みだからだ」

有無を言わせぬバリトンが響いた。

「妖魔の貴方には聞いていません」

望月がピシャリと言い放つ。だが、そんなことで引き下がるシアンではない。

「理由がどうであれ、お姫さんの望みを叶えるのが乳母の役目だ。まぁ、嫌なら私の傀儡にやらせる」

シアンは、ずいっと綺羅を庇うように前に立ち、望月に圧をかける。

冷え冷えとする美貌と、血の通わないシアンの口調。

望月の脳裏にシアンからの警告がよぎる。

「・・・・・・。わかりました。龍宮王夫妻をこちらへお連れします」

「ありがとう。望月」

綺羅はシアンの前に出て望月の手を取って喜ぶ。

「1人で2人連れて来るのは大変だろう。傀儡も連れて行け」

「結構です」

望月は龍でできた道具を使うタイプの龍使いである。

「龍の居ない望月がどうやって、ここから龍宮王夫妻の元へ行くの?」

「・・・・・・」

綺羅の指摘に望月が言葉に詰まった。

「遠慮せずに、傀儡を使え」

シアンは皮肉めいた笑みを浮かべた。

「そうよ。望月」

望月とシアンのやり取りを知らない綺羅はシアンの加勢をする。

「・・・・・・。綺羅様の仰せの通りに」

「お願い。望月にしか頼めないの」

綺羅が懇願の眼差しを向けると、望月は悔しそうにシアンを睨み付けた。



望月とシアンの傀儡である侍女達に、龍宮王夫妻の奪還を任せた綺羅とシアンはパーピーの森を目指すことにした。

ところが、娘や友人をパーピーにされた遭難者達から「一緒に連れて行って欲しい」とお願いされた。

綺羅としても、自分たちの危険を顧みずにここまで来た彼らの思いを無駄にしたくなかったが、危険なうえに綺羅の秘密がバレる恐れがある。一緒に連れて行くことはできない。

「必ず彼女達を連れて帰って来るわ」

綺羅は遭難者達の前で、手の甲にある龍の紋章に約束をするとシアンと共に隠れ家を後にした。

綺羅は青龍に乗りパーピーの森を目指して飛んだ。

赤龍も隣を飛ぶ。、

綺羅と話せるようになってから、どちらか一方を呼んでも一緒に出て来るようになったのである。

眼下に切り立った雪山が見えていたが、すぐに雪の積もる森が広がって来た。

パーピー族の棲み家に近づくに連れ、鼻につくような異臭が漂ってくる。

「なんの匂いかしら」

綺羅は手で鼻を覆う。

「パーピー族の糞や食い散らかした肉の腐敗臭だろう」

匂いは感じるが不快には感じないらしいシアンは淡々と告げた。

パーピー族の棲み家が近くなると綺羅は吐き気が止らなくなった。

「おい。そんなことで大丈夫か」

涙ぐむ綺羅を見て、さすがのシアンも慌てた。

シアンの問いかけに答えたくても、綺羅は吐き気が治まらずに答えることもできない。

首を横に振るのが精一杯だ。

「この匂いを消せばいいのだな」

シアンは綺羅に問いかけると、綺羅が頷く前に手で何かを払う仕草をした。その途端、漂っていた悪臭が消えた。

だが、綺羅の鼻には悪臭の記憶が残っており、吐き気が治まらない。

「これだから人間は・・・・・・」

面倒だとでも続けたそうな顔をしながらシアンは綺羅の眉間を人差し指で軽く突く。

「何するのよ」

綺羅は咄嗟にシアンの手首を掴んだ。

「元気になったな」

「え?あぁ、治ったわ」

涙目のままだが、悪臭の記憶は消えて吐き気も治まった。

シアンはグラスを出すと綺羅に断りもなく、青龍に水を注がせている。

「ちょっと・・・・・・」

「取りあえず飲んでおけ。パーピーの悪臭は人間には毒だ。俺が身体に入ったものを消すこともできるが、青龍に浄化してもらった方がいいだろう?」

『綺羅飲んで』

『飲んだ方がいいよ』

青龍と赤龍が同時に言う。

「そうね。ありがとう。いただくわ」

龍達だけに礼を言うと綺羅は水を飲み干した。

吐き気を繰り返していたせいか、身体の隅々まで水が染み渡るような気がする。

「あぁ、おいしかった」

浄化の力が働いたのか綺羅の身体に活力がみなぎってきた。

「さぁ、行くわよ」

綺羅は自分に言い聞かせるように言うと、急降下を始めた。

「おい。俺に礼はなしか」

「妖魔に礼なんか必要ないでしょう」

綺羅はシアンに舌を出して見せた。

「腹の立つお姫さんだ」

シアンは綺羅を追いかけながら独りごちた。

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