家に帰ったら、ケーキの彼女が死んでいた

橘スミレ

彼女が首吊って死んでた

「ただいま」


 私は声をかけたが、恋人のモルは返事をしてくれなかった。いつもならすぐさま私に飛びついてくるのに。

 不審に思いながらもリビングへと続く扉を開いた。すると、彼女が首を吊っていた。

 腕が洗面所のタオルのように力無くぶら下がっていた。

 足が地につくことなく

 腹や胸が仕事を終えて静かに休んでいた。


「モル?」


 声をかけるも返事はない。急いで縄を解き首元を緩めるがすでに死んでいるようだ。

 あまりにも突然なことに驚いて涙も出なかった。

 ただ、胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったような。そんな感覚だけがあった。


「……そうだ。警察に電話しなきゃ」


 慌てて携帯を探していると遺書らしき封筒が近くにあるのを見つけた。

 急いで連絡したところでモルが死んだことは変わらないし、彼女の遺書くらい一人で落ち着いて読みたい。




「カノン、ごめんね。幸せなはずなのになぜかいつもしんどいの。それで疲れちゃった。ごめん。それで償いを考えたんたの。【フォーク】は【ケーキ】以外味がしないんでしょ? ずっとお腹空いてるでしょ? なら私を食べてよ。私はもう死んでるから食べられたって痛くないし苦しくもない。大好きなカノンになら食べられてもいいよ。というか食べてくれたらむしろ嬉しい。だから安心して召し上がれ! モルより」




 モルはいつも頑張っていた。だから疲れるのも仕方ない。ゆっくり休んでほしい。

 それはともかく償いとして自分の身を差し出すとは。半分は自分のためでもあるようだが、それでもなかなかな償い方だ。

 確かに食事に味はしない。でも、モルと一緒にいられるだけで、それだけで美味しいと思えた。だから、こんなことをしなくても、と思ってしまう。


 だが死人の言葉とは重いものだ。時に祈りとなり、時に呪いとなる。


 私は思った。モルがそれを望むならば食べてしまおう。頭の先から足の先まで、骨の髄まで味わって私のものにしてしまおう。そう思ってしまった。

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