瘴気溜まり 2

 一度町に寄って、荷物を置いてから、セレアはジルベールと騎士たちとともに瘴気溜まりのある場所へ向かうことにした。

 というのも、日帰りは難しいので、セレアの身の回りの世話のためにニナもついてきているのだ。騎士でも魔術師でもないニナを連れて行くと、万が一の時に守る相手が一人増えて困るのである。

 山の近くにあるという瘴気溜まりは、町から馬車で二時間ほどの場所にあるそうだ。


(……ひどい)


 馬車の窓から外を眺めていたセレアは、荒れ果てた田畑と、それからその中で魔物相手に戦っている騎士たちの姿にきゅっと唇をかむ。

 瘴気溜まりが近くなると確認できる魔物の数も増えて、その分騎士たちも大勢いた。

 セレアとジルベールを乗せた馬車にも時折魔物が襲い掛かってきて、護衛の騎士たちが応戦している。

 セレアは魔物を浄化できるから彼らを手伝おうかとも言ったのだが、これだけの数の魔物を相手にするよりも大元である瘴気溜まりの方を何とかすべきだとジルベールに諭された。確かに、発生源を断たなければ意味がない。


 見える魔物は、粘土のある黒いインクのようなものが多かったが、中にはすごく大きな、動物のような動物でないような不思議な形をしたものもいた。魔物は、姿が大きくなればなるほど強くなる傾向にあるという。大きな魔物には騎士や魔術師が数人――場合によっては十数人がかりで立ち向かっていた。あんなのや、あれ以上の魔物が大量発生しはじめたらそれこそひとたまりもないだろう。

 膝の上でぎゅっと拳を作っていると、ジルベールがその上にそっと手のひらを重ねた。


「心配しなくても、周りを騎士たちで固めているし魔術師もいる。馬車が襲われることはない」

「……うん」


 別に、馬車が襲われる心配をしていたわけではなかったが、そういえばジルベールの父親は帰宅途中の馬車が襲われて亡くなったのだと思い出して、セレアは神妙な顔で頷いた。ジルベールにとっては、瘴気溜まりも魔物も、父親の死を連想させる嫌な記憶だろう。


「本当は、女性の君はこんな恐ろしいところには来たくないだろう。君には本当に感謝している」


 まだセレアは瘴気溜まりのある場所に向かっている途中で何もしていないのに、ジルベールは背あれの手に手のひらを重ねたままそんなことを言った。

 別にあんたのためじゃないわよ――なんて可愛くない言葉が口から出そうになって、セレアはギリギリのところで飲み込む。

 どうしてセレアは、ジルベールに対して可愛くないことばかり言いたくなるのだろう。

 ジルベールは素直に感謝してくれているのだから、セアラも素直にその謝意を受け入れるべきなのに。


「……瘴気溜まりは、一度見たことがあるから平気」


 セレアは文句のかわりに、ぽつりとそう返した。


「見たことがある? ……ああ、そういえば、セレアは子供のころに瘴気溜まりを浄化したことがあるんだったか」

「バジルから聞いたの? そうよ。そのせいであのデブに捕まっちゃったけど、後悔はしていないわ」

「君はバジルが好きなんだな」

「大切な幼馴染だもの。……お母さんが死んでから、バジルやマリーおばさんにはたくさん助けてもらったし」

「なるほどな。だが、バジルは別の女性と結婚が決まっているんだろう?」

「そうだけど……何が言いたいの?」


 ジルベールの言わんとすることがわからず、セレアは怪訝がった。

 ジルベールが気まずそうに視線を逸らし、小声で続ける。


「だから……。君は、バジルと結婚したかったんだろう?」

「はあ?」

「違うのか? だから君は市井に戻りたいと……」

「違うわよ! バジルはただの幼馴染よ! 何を馬鹿なことを言っているの?」


 バジルは幼馴染で、一つ年上の兄のような存在だ。彼と結婚したいと思ったことは今まで一度もない。


「ええっと……すまない。てっきりそうなんだと……」


 ジルベールが頬をほんのり染めて頬をかく。

 とんだ勘違いだと思ったが、珍しく恥ずかしそうなジルベールがおかしくて、セレアはぷっと噴き出した。

 ジルベールがさらに顔を赤くして、不貞腐れたようにそっぽを向く。


「ほら、もうすぐ着くぞ」


 どこか怒ったように言うジルベールが本当におかしくて、セレアは馬車が停車するまでの残り五分間、ずっと笑い転げていた。




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