三章

遭逢



 頭痛も吐き気も動転して忘れていた。感覚が戻ったのは必死で走って走って、小さな沢づたいに山をくだろうとがむしゃらに進んで足許が見えなくなるほど暗くなってからだった。


「うえっ……」


 不調に加えて嗅いでしまった鉄と血のにおいが体じゅうにこびりついているみたいでむかむかとした。それでも、出るのは胃液だけだ。


 口をすすごうとへたり込み、ようやく周囲を見回した。


「ここ、どこ……」


 暗すぎて、しかも静かすぎてぞっと粟肌が立つ。みんなはどうなった。シャオニは賊だと言っていた。つまり山賊に襲われたのか。

 どうにかして戻らなければ。でもここがどこなのかさえ分からない。急速に心細くなって荷を掻き抱いたまま一歩も動けなくなった。


「ハオイン……ハオイン」


 戦っていた。無事なのか。もし……。

 最悪な予想を頭から振り払う。ともかく、朝にならなければどうにも出来ない。水の音が聞こえるくらいまで林の中に戻り、木の幹に体を預けた。

 鼻がつんとして痛い。心細い。誰か他に逃げ延びたひとはいないのか。

 叫んで捜したかったが、もし山賊に見つかればまずい。明かりも無いから身動きはとれない。

 悲しいほどの無力に放心して気を失うように寝てしまった。





 なんでこんなことに。朝目覚めてから何度も呟き、何度か泣いた。沢沿いに移動するものの一向に山を脱出する気配もない。流れているほうへと進んでいるからいつかは抜けられるはずなのだが。

 ひとつ身震いして石の転がる歩きにくい岸辺をよたよたと歩く。とっくに陽は昇っているはずが木々に阻まれて周囲は薄暗くおどろおどろしい。鳥は渡ってしまったのかさえずりも無い。


 背後の草むらが鳴った。追っ手だ!思わず頭を庇って伏せる。荒い呼吸がこだまする静寂――それは自分のものだけでなく、草むらからも。


 なんの変化もないのを不審に思い、固くつぶったまぶたを細く開いた。


「…………あ」


 互いに呆然とし、そちらはメイファを見てゆっくりと脱力して膝をついた。息は速いまま、胸を押さえる。


『あの……お水、持ってませんか』




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