第95話 トップアイドル
歓声が上がる。
ずっと1人で生きてきた俺が、浴びたことのないほどの大歓声が、ビリビリと鼓膜を震わせる。
割れんばかりの喝采の中、芹さんは一切臆することもなく堂々と頭を下げた。
一瞬、やりきったという達成感から脱力しかけたが、芹あんがてきぱきと動き始めたのを見て、我に返る。
そうだった。
今はまだ本番の真っ最中。
次の団体がすぐにでも演奏を始めるのだ。
舞台をはけるのが遅いと、後続の団体に迷惑をかけてしまう。
俺は、慌てて立ち上がって下手の方へ移動を開始した。
数名のスタッフが、楽器類の入れ替えと調整に勤しむのを尻目に、退場していく。
一瞬だけ、一緒に退場する芹さんと目が合った。
その際、彼女は「やりきった」という表情で微笑んだ。
この本番まで、様々なトラブルがあった。でも、それを乗り越えて彼女は成し遂げたのだ。
「お疲れ様です」
舞台袖にて、一息ついた後俺は芹さんにそう声をかけた。
「ありがとうございます。お陰様で、全力を尽くせました。あとは――」
「結果が出るのを待つばかりですね」
俺の言葉に、芹さんは頷く。
これで一件落着というわけにもいかない。
なぜなら、まだ表彰が残っている。昨夜、花ヶ咲さんから突きつけられた、「私を越えて優勝しろ」宣言。
彼女が一人前として認められるために、ここは譲れないところだろう。
「優勝して、必ず花ヶ咲さんを認めさせなきゃ」
「そうですね。でも……俺は、現時点で芹さんのことを認めてると思いますけどね」
「どういう意味ですか?」
俺の呟きに、芹さんは首を傾げる。
これはただの予測だが、限りなく合っているであろう予測だ。
たぶん、花ヶ咲さんの求める“プロのアイドル像”は、たった今芹さんが見せたからである。
その、“プロのアイドル像”というのは――、……
そのとき、『次の団体は、プログラム8番、ASAWAプロダクションによる――』という紹介が聞こえてきた。
「――片付けが終わったら、俺達も聞きに行きましょう」
「そうですね。まだまだ、他の先輩方から学ぶべき事がたくさんありますし」
かくして、俺達は最大の見せ場を乗り越えた。
その後は、多くのアイドルのステージを見て熱狂に身体を浸し、全力で楽しんだ。
そして――そのときがやってくる。
「続いての団体が最後です! プログラム22番! SAKURA・プロダクション所属の花ヶ咲モモさんです! 去年のアイドル総選挙にて栄えあるグランプリを獲得した超新星は、一体どんなパフォーマンスを見せてくれるのでしょうか!」
会場から一際大きい歓声が上がる。
熱狂的な声の渦がたたき付けられながらも、花ヶ咲さんは一切臆することもなく、マイクを握りしめた。
簡潔に言おう。
新人アイドル第1位の肩書きは、伊達じゃなかった。
後から知った話だが、アイドル総選挙は単に見た目の可愛さだけで選ぶわけではないという。
ビジュアルも評価基準に入るのはそうだが、他にもファンからの人気投票に加え、歌唱力や演技力などの項目でも評価される。
総合得点で競うが故に、全てにおいて秀でていないとつかみ取ることの出来ない栄光なのである。
現に、花ヶ咲さんは息が切れそうなほど激しいダンスをしながら、息が殆ど乱れず、力強い歌声を届けた。
珠のような汗が散る顔は、むしろ清々しさと美しさを兼ね備え、場の雰囲気とは裏腹に可憐さを引き立てている。
「これが……トップアイドル」
トップスピードでフィニッシュを決めた花ヶ咲さんに、洪水のような拍手が送られる中、俺は自然と呟いていた。
「ですね。正直、これに勝てる気はしない……です」
芹さんも、息を飲んでそう答える。
間もなく、表彰式が始まる。
果たして、芹さんは花ヶ咲さんからの挑戦を打ち破ることができたのだろうか?
俺は、ドキドキしながらそのときがくるのを待った。
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