第62話 芹結絆の現状
――その後、なんだかんだと三人で雑談しているうちに、気付けば昼の十二時を回っていた。
というか、一時間近く女子二人と話していた現状に、内心驚く。
俺ってば、いつの間にかリア充生活に着々と近づいているのでは!?
リア充とは、なんでも現実リアルの生活が充実している人を指す言葉らしい。
友達の多さ、恋人の有無、日常の中で一人にならない時間を多く過ごし、仕事や学業で充実した毎日を送っている者がそれに当てはまるようだ。
そういう意味では、俺は今までそうではなかったと言えるだろう。
心を閉ざし、ダンジョンに潜り、休日は一人でのんびり過ごす。友人と呼べる人は、楽人と瀬良くらいだった。
そんな俺も、今や充実した毎日を送っていると言って良いだろう。
芹さんによって、俺の陰キャ自由ライフは崩壊した。
ただ、それを後悔しているわけではない。自分を変えるきっかけを作ってくれた芹さんには、感謝している。
まあ、まだ根は陰キャだから、それを素直に伝える勇気がないのだが。肝心なところでチキンなのである。
「もうお昼かぁ。私、ご飯作ってくるね!」
そう言って、綾が席を外した。
ここに来る前、スーパーで食材を買い込んでいたようで、今は冷蔵庫にぶち込んである。
「ああ、頼む」
「芹さんの分も用意しますから、お兄ちゃんと話していてください。まあ、お兄ちゃんが美人と二人きりで、会話を弾ませられるとは思えませんけど」
「おい」
さらりと毒を吐く綾を睨みつける。
俺がコミュ障なのは認めるが、それでも本人の前でそういう発言はやめてほしい。
これでも男として格好付けたいというか、体裁は保ちたいのだ。
ほら見ろ。お前のせいで芹さんが苦笑いしちゃったじゃないか。
「ごめんお兄ちゃん。ちょっと口が滑っちった」
てへっ、と可愛らしく舌を出して、キッチンに逃げ込んでいく。
まあ、ウチのアパートはLDK《リビングダイニングキッチン》の構造をとっている贅沢仕様だから、キッチンの方は丸見えなのだが。
「ったく……」
悪戯が過ぎる妹に振り回され、俺は頭の後ろを掻きつつ芹さんに向き直った。
「明るい妹さんですね」
「まあ……根暗な兄とは正反対で、腹違いじゃないのかって、たまに疑いますけどね」
「それはないでしょう。見た目もそうですが、優しいところなんかそっくりですよ」
「ど、どうも……」
純粋に褒められた気がして、照れくさい。
キッチンで作業しながら綾も聞いていたらしく、僅かに頬を赤らめていた。
僅かに視線を泳がせたあと、芹さんの方を見ると――いつになく真剣な表情をしていた。
なにかあったんだろうか?
そう疑問に思うと同時に、芹さんは口を開いた。
「あの、暁斗さん。少しお伝えしたいことがあるのですが。……本当は伝えておくべきか少しだけ迷ったのですが、暁斗さんには言うべきだと思いましたので」
「? わかりました。別に伝えにくいなら話さなくてもいいですが」
「いえ。暁斗さんにはこの件で恩もありますし。あんまり関係ありませんが、妹繋がりということで」
妹。
その単語を聞いた瞬間、俺は視線を鋭くした。
芹さんの妹に関係する話だ。
元々彼女がダン・チューバーを始めたのも、妹の治療費を稼ぐためだ。最初に会ったときに言った、ダン・チューバーとして顔を売れば、アイドルとしての知名度が上がるというものではない。まあ、間接的な目的には関係してくるだろうが。
アイドル活動をしたのも、アイドルというキラキラした存在に力を貰っている妹の心を支えるため。
言うなれば、芹さんが身を粉にして働く原動力・活動力になっているのが妹の存在だ。
「……お聞きしましょう」
俺は、迷いなくそう答えた。
芹さんは小さく頷くと、俺に耳打ちする形で聞いてくる。この件は、一応綾にも秘密にしておこうと思ったのだろう。
「私の妹……
「! そんな重篤なんですか?」
「いえ。その逆です。今までは治療費や入院費を稼ぐのに精一杯で、手術にかける費用はゆっくり貯めているところだったのですが、暁斗さんのお陰で視聴率や人気が急上昇して、手術の費用に充てられるお金が瞬く間に貯まったんです。この手術が成功すれば、結絆の病状がかなり改善されるみたいなので」
「よかったじゃないですか!」
それは吉報だ。
一協力者の俺としても、嬉しくないはずがない。
芹さんは少し安堵したように頬を緩め、頷いた。
「暁斗さんのお陰です。本当に、感謝してもしきれません。結絆も暁斗さんにお礼を言っていました」
「じゃあ、結絆さんに俺のことを伝えたんですね」
「はい。……まずかったでしょうか?」
「いえ。そういうわけではないです。ただ、顔を合わせていない人に感謝されるのは、なんか照れくさいというか」
まさか、俺の行動で会ったこともない人に笑顔を届けられるとは思わなかったな。
自分を買いかぶるつもりはないが、ひょっとしたらワイバーン一撃マンとして、多くの人に笑いを届けていたりするのかもしれないが。
「なんにせよ、希望が見えて良かったです」
「はい。手術前のSISも、病室のテレビから生中継で見るそうなので、余計頑張らないと」
芹さんは小さくガッツポーズして見せる。
彼女にとって、初の大きな舞台だ。手術という難敵に挑もうとしている妹を励ます、これ以上無い舞台。
であれば、気負うのも必然か。
「頑張りましょう。結絆さんのためにも」
「はい!」
芹さんは今日一番の笑顔を向ける。それに対し、俺の頬も自然に綻んで――
「……まさか、目の前でイチャイチャを見せつけられるとは。コミュ障の兄も隅に置けませんなぁ~」
キッチンからジト目で見ていた綾の言葉で、はっと気付く。
端から見れば、至近距離で見つめ合っている状態なのだ。慌てて距離を離す俺達。
妙に気恥ずかしい気分のまま、綾の料理が出来上がるまで、芹さんと俺は気まずい気分で過ごすのであった。
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