【完結】お忍びで占い師やってたら王子から「婚約解消したい」と相談されました

第一話 占い師

「婚約を解消したいと思うんだが、どうだろうか」


「……本気でおっしゃってるんですか?」


 真剣な眼差しでそう質問してきたのは、この国の第二王子であるレイス様だった。

 彼は碧眼で整った顔立ちだが眼光は鋭く、目力が強いせいか相手に恐怖心を与えてしまうこともある。


 そんなレイス様が、都の中でも人気ひとけがない路地裏の小屋で占い師をしている私の元にやってきて、いきなり婚約解消する意向を示してきたのだ――。


「……その話、他の方はご存じなのですか?」


「いや、誰も知らない。まずは君の意見を聞いてみたいと思ったからさ」


 レイス様は私に対して、それなりに信頼を寄せてくれている。こんな世間に知れたら大騒ぎになるような話、普通なら誰にも相談出来ないだろう。

 

 彼が私の元に来るのはこれが初めてではなく、時間を見つけては結構頻繁に訪れる――。


 数年前のある日。


 私の占い小屋にレイス様が突如として現れた。曰く評判を耳にして興味が湧いたらしい。

 この古びた小屋は狭く、レイス様の護衛は入る余地がない。そのため、レイス様だけでなく他の客でも相手にする際は二人きりとなる。


 私は紫のローブに同色のフェイスマスクを付けているせいで、素顔は目元くらいしか分からない。本来なら王子の御前で素顔を隠すのは失礼に値するが、レイス様は「そのままでいい」と許してくれた。


「……何かお悩みでもお持ちなのですか?」


「この国の行く末について話がしたい」


 スケールの大き過ぎる話。普通に考えれば占いがどうこうではない。それでも私はレイス様の期待に応えるため、出来る限りを尽くした。


「――つまり、今のままではこの国は傾きかねない……ということか」


「……はい。防衛費とは言えど、あまりにも今の国民には税が重すぎます。我が国は屈指の軍事国家ですが、それは周辺諸国も重々承知しているはずです。下手に攻めてくる可能性は低いと思われます」


「防衛費を削って、産業の発展に目を向けるべきだと?」


「いかにも。しかし、なるべく国民の働き方にはある程度の自由を与えるべきかと存じます。経済発展の肝になるのは“自由競争”です。国が介入して規制すればするほど、発展が鈍足化するのは隣国のキリアステルを見ても明らかでしょう」


「確かにな……頭に入れておこう。すると外交についても見方を変えなくては――」


 レイス様が帰る頃、張り詰めた空気感が続いたおかけで私は疲れ果てていた。そして、彼と長く話していて気付いたこと。


 それは、レイス様は本当に国や国民思いの真面目な人だということだった。話の中で自身の相談は一切ない。


 『占い』とは本来「自分の将来がどうなるのか」とか「今の恋人と上手くいくのか」などの“個人的な悩み”を聞き、解決に導くものだと私は思っている。

 何人も占っていると、その人の悩みを聞いただけで大体の“人となり”が分かってしまう。


 レイス様は、国のために命を投げ出せる人だと思う。


 王室内でも第一王子のデカント様と第二王子のレイス様とで派閥が別れ、どちらが次期王の座につくか意見が割れているほど、彼の信頼は厚い――。


「君の淹れてくれるハーブティーはセンスがいい。心が安らぐよ」


「勿体なきお言葉です。宜しければ茶葉を差し上げますよ」


「いや、お構いなく。ここで飲むからいいんだよ」


「……また飲みたくなったら、いつでもいらして下さい」


 あの日を境にレイス様は、こうして度々訪れるようになっていた。彼は初めの方こそ国政についての話ばかりしていたが、少しずつ内面を曝け出してくれるようになった。


 好きな食べ物、好きな紅茶や花、好きな演劇。また、珍しく「王になる素質があるか自信がない」と、弱気な面を見せる時もあった。

 しかし会う度に、レイス様の顔が穏やかになってくるのが分かった――。


 それから数年たった今、レイス様が婚約者との婚約を解消するかどうか悩んでいることを打ち明けてきた。


「私の意見……ですか」


「ああ、君の素直な気持ちを聞きたい」


 レイス様は気付いていない。


 “占い師”だと思っている相談相手は、彼の婚約者である私『エルマーレ公爵家のアイシャ』だということに――。

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