第45話 実はヘタレお兄様だった

 ふと、バードランド皇子の隣で、何も言葉を発しないお兄様が気になった。

 いつもなら、バードランド皇子がいても会話に参加するというのに。何故だろう、と視線を向けると、バードランド皇子も気づいたようだった。


「エルバート、どうした? 私ほどではないが、お前も辺境伯夫人に会うのは久しぶりなのだろう?」

「あ、あぁ」

「お兄様?」


 バードランド皇子の言葉に戸惑う姿を見て、私も追従するように問いかける。すると、頭の後ろに手を乗せて、視線まで逸された。


 ますます怪しい。何か隠し事をしているかと、疑ってしまうほどに。しかしそれが杞憂に終わってしまうのは、何ともお兄様らしいことだった。


「メイベルが母親になるのが、不思議で仕方がないんだ」

「と、言われましても……」


 お医者様がそう言うんだから、このお腹には子どもがいるのだろう。まだ膨らんでもいないから、私も実感はないけれど。


 さらにお兄様の中では、私はいつまでも経っても妹のままなのかもしれない。

 だからこそ、余計に不思議なのだろう。半年以上経っているとはいえ、嫁いで間もないのだ。無理もない。


 加えていうと、お兄様はまだ結婚していないのだ。


「羨ましいのなら、さっさとプロポーズすればいいだろう」

「待っていると思いますよ」


 そう、お兄様には素敵な婚約者がいる。

 初恋を拗らせた挙げ句、私たち弟妹を溺愛していたがために、相手にされず。それでも二年前にようやく婚約まで漕ぎ着けた、愛らしい婚約者が。同性でも、可愛がりたくなるほどの女性である。


 だからこそ私とバードランド皇子は、お兄様がどれだけ相手の方を好きなのか、を知っていた。


 私という妹が嫁いだのだ。それもお兄様を差し置いて。だから少しは焦るかと思ったんだけど……どうやら進展はなかったらしい。


 このヘタレめ!


「だけど、今プロポーズをすると、メイベルは身重で結婚式に出席することになってしまうだろ? もし、何かあったら……」

「問題はありません。挙式には、ブレイズ公爵邸の皆が協力するんですよ。誰を疑うのですか? 仮に来客だと仰るのなら大丈夫です。お母様やアリスター様が目を光らせてくれると思いますから。それでも信用できませんか?」

「そういうわけじゃ――……」

「同じことです。お兄様、結婚式は祝いの場。この子にも祝福を分けてくださいませんか?」


 ベルリカーク帝国唯一の公爵家。それも次期公爵となるお兄様の結婚式だ。たくさんの人に祝ってもらえるし、教会も遠慮なく出席できるだろう。

 何せ、皇帝と皇后も参席するのだから。


「なるほど。姪のためなら……頑張るか」

「……まだ女の子とは決まっていませんし、頑張るところが違います」

「相変わらず重症だな、エルバートは」


 私はバードランド皇子の言葉に、大いに同意した。



 ***



 妊娠が発覚してからというものの、祝いに訪れる者が後を絶たないという。

 そのほとんどが、お母様のところで閉め出されているため、私は誰が来たのか自体、知らされていなかった。


 ただし、贈り物は届けられるため、私は感謝の手紙を書くのに忙しい日々を送っていた。何せ、誰が何を贈ってきたのか、その一つ一つを確認する必要があったからだ。


 普段ならメイドたちがするのだが、量が量だけに、お母様から「これも軽い運動だと思って」と投げ出されてしまったのだ。

 そもそも、これは私とアリスター様に届いたものだから、拒否も否定もできない。


 アリスター様とサミーの協力のもと、何とかお返事を書けているのが関の山だった。お陰で私の部屋は、まるでショッピングで散財してきたような光景が広がっている。


 そんな乱雑とした部屋の中を、いつもより忙しく動くアリスター様とサミー。


「どうしたんですか? 箱を持って」


 今日も私の部屋にいるアリスター様が、何故か置いてあった箱を部屋の外へ運ぼうとしていたのだ。サミーもその近くで同じように箱を持っている。


「いくら贈り物でも、来客に見せられるほど綺麗に積んでいないからな。見栄えがよくなるように隣の部屋に移動させているんだ」

「お客様がいらっしゃるんですか? しかもそこまでする必要があるなんて……」


 一体、誰なのかしら? と首を傾けると、別の声が部屋の外から聞こえてきた。


「気を遣わなくてもいい、とわざわざ前触れで言ったのに。エヴァレット辺境伯、悪いわね」


 バードランド皇子と同じ赤い髪をした女性。さらに後方には、皇族の証である金色の瞳をした男性が、部屋に入ってきた。


「こ、皇后様と皇帝陛下!」


 私は驚きのあまり、急いで立ち上がり、カーテシーをとった。すると、慌てる御三方。

 皇后に至っては、私の体に触れて椅子に座るように促された。これだけでもお母様の圧力を感じる。恐ろしいほどに。


「今日は私的にやって来たのだ。畏まらないでくれ」

「そうよ。身重なのだから、無理をしてはいけないわ」

「ありがとうございます」


 すぐさま用意された椅子に座る皇帝と皇后。その優しさに冷や汗が垂れる。


 一体、何をしに来たんだろう。祝いの品はバードランド皇子がやって来た翌日には届いている。

 思い当たる節は一つしかない。そう、シオドーラのことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る