第12話 公爵令嬢は魅力がない?

「そこの二人。騒いでいないで、さっさと来い」


 静かな廊下。誰もいないと思っていた最中に聞こえた声。これを叫ばずにいられようか。


 しかし、私の空いた口は、いとも簡単に塞がれてしまう。ゴツゴツした大きな手によって。


 さらに叫びそうになる心を私は必死で抑えた。この状態で相手にとって、不利になる状況を作ってはならない。自身をより窮地に追いたてることを知っていたからだ。


 けれど体は素直に反応する。

 相手は、私が体を強張らせたのを感じたのだろう。後ろから優しく語りかけた。口元に触れる手も、弱くなっていくのを感じる。


「俺だ。アリスターだ」


 え? と思った瞬間に手が離れ、そのまま後ろを振り返る。


 安堵したアリスター様の表情に、私は逆に恥ずかしさが増した。

 先ほどまで薄暗い通路を通り、誰もいない静かな廊下で、恐怖心がまさっていたとはいえ、相手を予測できなかったなんて。


 いくら二週間、邸宅を離れていたからといって、客室に泊まっているのが、アリスター様しかいないことくらい分かるはずなのに。

 仮に、誰か他にいらっしゃったら、サミーが教えてくれるはずだから。


 そんなことも忘れてしまうなんて……!


「メイベル嬢?」

「い、いえ、何でもありません。それよりも、廊下にいつまでもいたら、誰かに見つかってしまいます」


 その者がお母様に告げ口をしない、という保証もない。


「だから俺が話しかけたんじゃないか。二人とも、ほら行くぞ。話はあとだ」

「あと……そうですね。ひとまず」


 お母様の『あと』とアリスター様の『あと』は違うのに、思わず反応してしまった。突然、アリスター様は怪訝な顔をする。


「そんなに不満なら、抱えていこうか。エルバートがメイベル嬢にしたみたいに」


 瞬時に、帰宅直後のハプニングのことを言っているのだと察した。ここにはサミーしかいないとはいえ、アリスター様にされるのは恥ずかしい。


「いいえ! ご遠慮致します!」

「……まだ、ダメなのか」

「え?」

「いや、何でもない」


 あまりにも私が首をブンブン横に振ったからだろうか。想像以上にしょげるアリスター様の姿を見ることになった。あの、偏屈で有名なアリスター様の。


 その予想外な出来事に、私も困惑した。


 どうして、そこまで気落ちするの? 私、そんなに変なことを言った? いくら婚約者になった、といっても契約結婚だし……無理なものは無理!


「お嬢様。ここはエヴァレット辺境伯様の言葉に甘えましょう」

「えっ! サミー、何を言っているの?」


 まさかの伏兵に私はショックを受けた。


「何やら勘違いをしているようなので訂正しますが、場を移そうという提案の方に、です。さすがの私も、誰であろうと……いえ、公爵家の人間以外の者がお嬢様を抱きかかえるのは反対ですから」

「そうよね。さすがはサミー。心強いわ」

「しかし、私は客室に入るのはご遠慮させていただきます」

「え?」


 何で? ここまで一緒に来てくれたのに……。


 思わず私はアリスター様を見た。


「俺は構わんが……」

「いいえ。ここは見張り役が必要です」

「それならばむしろ、メイベル嬢の傍にいるべきではないのか」

「……つまり、お嬢様に不埒なことでもしようと?」


 だから、契約結婚だって! あり得ないでしょう!


「ブレイズ公爵邸で、か? しかも公爵夫人がいるのにもかかわらず?」

「……そうですね。しかし、それではお嬢様に魅力を感じない、と言っているようにも感じます。奥様を倒せるくらいの気合でなくては」

「では、していいというのか?」

「ストップ、ストップ!」


 サミーは怒りで気づいていなかったが、アリスター様の口車に乗せられていた。


 さすがは偏屈。口まで達者なんて油断も隙もないんだから。それにこのまま話が進んでしまったら……私、何をされてしまうの? というか、お母様の身も危ないのでは?


「サミーは客室の外で監視! それでいいですよね、アリスター様」

「あ、あぁ」

「……お嬢様。身の危険を感じたら、躊躇ためらわずに叫んでくださいね。これでも、お嬢様付きですから、色々と嗜んでいるんです」


 何を? と聞くのは無粋だろうか。それくらいサミーの笑顔が怖かった。

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