第23話 お茶会? いいえ飲茶です
――ここはブラム城の執務室。
フローラは執務机にて、書類仕事に追われていた。アルメン地方の各所から、いろんな陳情が届いているのだ。農耕地の開拓、川に橋を架ける工事、主要道路の整備など、それこそ色々エトセトラ。
インフラの整備は国を発展させる基幹事業であり、二十年間に及ぶ空白があるアルメン地方を立て直さなきゃいけない。森林の管理や河川の氾濫対策など、重要な案件であれば採用していくフローラ。
ヴォルフが城主に決まれば、これらの業務はミューラー家が引き継ぐことになるだろう。他人事ではないのでグレイデルも、真剣に書類へ目を通していた。アンナはマルコと新しいメイドを鍛えるべく、今は別室で教鞭を執っている。
そんな中ふと見ればフローラが手を止め、扇を広げじっと見つめていた。どうしたんだろうと首を捻るグレイデルの前で、なんと扇が短剣へと姿を変えたではないか。
「フローラさま、その剣はいったい……」
「精霊女王ティターニアがね、扇に祝福をくれたの。虹色に輝く綺麗な光の粒だったわ、グレイデル」
お茶の準備をしていたファス・メイド三人が、柄に宝石があしらわれた剣を見ておおうと声を漏らす。その名はエビルスレイヤー、邪を打ち破る剣という意味だ。
「どう見ても儀礼用の短剣、きんきん打ち合うものではありませんよね? フローラさま」
「もちろんよ、グレイデル。物理攻撃で死霊や悪霊の類いは倒せない、そんな時は使いなさいって、ティターニアが扇にギフトをくれたの」
これから私たちが相手にしなきゃいけないのは、精霊とは対極に位置する魔物かも知れない。そう言ってフローラは剣を扇に戻し、顔をぱたぱたとあおいだ。
「失礼致します、ハモンド殿がフュルスティンに面会を求めておりますが」
「来たわね、跳ね橋の先にテーブルセットを出してちょうだい」
またやるんですかと呆れる衛兵にそうよと、にっこり微笑む辺境伯令嬢さま。友好関係を築きつつあってもまだ敵軍の将、ブラム城に於けるフローラ軍の配置を見せる訳にはいかないのだ。
「あの、フュルスティン、今度の給仕は私たちにさせて下さい」
お姉さま方に負けていられないって気持ちが強いのか、ケイトがそんな事を言い出した。スティルルームでいま蒸してるお料理があるんですと、ミューレにジュリアもやる気満々である。
ならお願いするわとフローラは、頭上でくるくるしているサームルクの羽を掴み、襟を持ち上げ背中に移した。乗馬用ドレスにケープコートをまとうから、背中へ装着する分には隠せるのでとっても便利。
一応はドラゴン以上のパワーと霊力を持つ、神聖な鳥さんなんだけどね。辺境伯令嬢さまにかかると、着脱可能なアイテムとして扱われるこの不思議。
「雰囲気が少し変わったような、フローラ殿」
「あら、私はいつも通りよ、ハモンド殿」
そうかと言いながらハモンドは、置かれた
「中華まんと言います、印のある方があんまん、ない方が肉まん。甘いのと塩っぱいの、お試しあーれ」
にっこり微笑むケイトに、温かい蒸し菓子とは珍しいなと手を伸ばすハモンド。給仕用のワゴンには蒸籠が段重ねになっており、寒空に湯気を立てるそれは中々に食欲をそそってくれる。
「ほう、こいつはどっちも美味い。お前たちもご相伴に預かるといい」
そう言うと思っていたのか、ミューレがハモンドの護衛武官に、ジュリアがミューラー兄弟に蒸籠を手渡す。蒸したて熱々をはふはふ食べる双方の護衛、剣の柄にまるっきり意識は向いていない。ファス・メイド三人はしてやったりの顔をしたい所だけど、表情を変えず役者に徹している。
「情報は集まりましたか、ハモンド殿」
「情けない話しだが、フローラ殿の言う通りであった。王族が全員無事かどうかも、怪しい状態だ」
「どうなさるおつもりかしら」
苦悶の表情を浮かべるハモンドと、肉まんをちぎって口へ運ぶフローラ。粗挽き黒胡椒をたっぷり使ってるようで、味だけでなく香りもすばらしい。精霊さん達が無心でもぐもぐしてるあたり、肉まんは精霊界でも人気を集めそうな予感。
「わしは先王の兄でな」
「兄……弟ではなくて?」
「はっは、政治は苦手でな、フローラ殿。わしは戦場を駆け巡る武人になりたくて、玉座を弟に譲ったのだ」
「失礼とは存じますが王族が抹殺されていた場合、あなたは王位継承権の第一位になるのでは」
「さよう、一人娘が二位ということになる。わしは結婚するのが遅くてな、娘の歳はそうだな……そちらのメイドたちと同じくらいだ」
ケイトが十四歳で、ミューレとジュリアが十三歳。ちなみにキャッスル・メイドのエルザも十三歳で、他の六人は十二歳である。
ハモンドは敢えて娘の年齢が、フローラに近いと言わなかった。彼女が実年齢よりも発育が遅いと、見抜いたからだろう。よく見てものを言うお爺ちゃん、もとい武将である。
あら会ってみたいわと微笑むフローラに、首都カヌマンへ行ったら紹介しようとあんまんを頬張るハモンド。ファス・メイド三人が、それってとアイコンタクトを交わし合う。今の言葉はフローラ軍と共に、首都カヌマンへ行くってことよねと。
「ハモンド殿、農民兵を解散させては? このまま雪が降ったら、農民一揆が起きかねないわ」
「簡単に言ってくれるな、フローラ殿。解散したら残るのは、貴族の職業軍人が百名ほどじゃ。宰相ガバナスの私兵、三百は下らないという情報だぞ」
「首都カヌマンの自警団と、手を組むって選択肢もあるわよ」
「な……自警団と?」
そう来たかと、再びアイコンタクトを交わすファス・メイドの三人。
王位継承権を持つ人物が、宰相ガバナスを断罪しに行く。そうなると自警団がハモンドへ協力した場合、反乱ではなく逆臣討伐に加勢した形となる。
自警団長のセデラは教会から罪に問われることはなく、地位と名誉を失うこともない。むしろ英雄として、市民から称えられるだろう。フュルスティンはその方向へ誘導していると、三人は状況を読み取ったのだ。
「それでは私たちの取っておき、カリーまんとピザまんでーす」
「むお! 今度は黄色と桃色か、フロイライン・ケイト」
「創作中華まんなんです、きっと気に入りますよ、ハモンド殿」
城のスティルルームを預かるメイドは、軍団の兵站部隊と同じ。お茶会や酒宴で美味しい食べ物の弾幕を張り、仕える主人を後方から全力で支援する。キリアとポワレの指導は、ちゃんと生かされていた。
肉と根野菜がごろごろ入った、スパイシーなカリーまん。チェダーチーズにトマトペーストとバジルソースの、単純だけれど濃厚なピザまん。あまりの美味しさに、場の雰囲気がほんわり和む。
ファス・メイドの祖国であるミン王国も、喫茶をこよなく愛するお国柄。お茶と共に軽い食事を楽しむ習慣は
続いて登場したのはごま団子と
「二十年前わしは軍勢を率い、北方の蛮族討伐に出ていた。後で聞き及んだ事だがアガレスは、武人にあるまじき卑怯な手を使ったそうだな。あいつを城主に指名したのも、宰相ガバナスだ。武を
その言葉にヴォルフとマルティンは、どれだけ救われたことだろう。ここにグレイデルがいたら、きっと泣いたに違いない。流すべきは血ではなく恨み辛み。この武将となら手を取り合えると、フローラは胸の内で確信する。
「ところで戦闘が続いた場合、城攻めをどうするつもりだったの? ハモンド殿。参考までに聞かせて欲しいわ」
単純なことじゃよとハモンドは、楽しげにお茶をすする。ヴォルフとマルティンにしても、それはぜひ聞きたいところ。こらこら護衛武官だって顔に出しちゃだめですと、ファス・メイドの三人が流し目を送っているが。
「更に冷え込みが厳しくなれば、お堀の水はぶ厚く凍り付くであろう。そうなれば氷上に
その手でこられたらいい勝負になったなと、顔を見合わせるミューラー兄弟。攻略が難しいお堀のある城を、攻め落とすには見事な正攻法だ。武器を手に力業で、ただ突っ込めばいいってもんじゃない。この武将は気候風土を知った上で軍団を、敢えて冬期に動かしたんだと舌を巻く。
そしてグリジア軍は農民兵を解散させ、フローラ軍と共に首都アルメンを目指す事が決定。シモンズ司祭とレイラ司祭を護衛してきた、自警団の負傷者はすっかり回復していた。詳細を団長セデラへ伝えるべく、彼らは嬉々としてブラム城を出発したのである。
――そして夕方、ここはブラム城の中庭。
よくやりましたとミリアにリシュルが、ファス・メイド三人をまとめて抱きしめお団子状態に。そんな様子を傍らで眺める、アンナも誇らしいらしく目を細めていた。
アンナはシュタインブルク家の家臣であり、主城であるアウグスタ城で女性使用人を統括する立場。ご本人はメイドじゃないのだけれど、人を育てる手腕があり請われて城の裏方に君臨している。そんな彼女に付いた代名詞が、ローレン王国で一番偉いメイド長なのだ。
フローラが成人して女王となった暁には、直属の側近が三つの部門で必要となる。
ひとつはヘッド・シェフで、女王専属料理人のこと。お上品な宮廷料理とは異なる、女性君主の好みに合わせた食事を用意できるシェフだ。身分は問わず配下にキッチン・メイドと、スカラリー・メイドを従える。
スカラリーとは平たく言えば皿洗いのことで、下働きをしながらキッチン・メイドへのランクアップを目指し炊事場を支える乙女たちだ。
もうひとつは言わずと知れた、レディース・メイドと配下のウェイティング・メイド。情報戦略の最前線に立ち、身の回りのお世話はもちろん、女王の良き友人として役者を演じる懐刀。こちらも身分は問わないが、誰でもなれるという性質のものではない。光る知性に教養と、忠誠心が要求されるハイレベルな乙女。
そして最後のひとつはハウスキーパーとなる。本来ならこの役職が、メイド長と呼ばれる立場に相当するだろう。城の維持運営に必要な各金庫と、重要な部屋の鍵を預かるリーダーだ。こればっかりは家臣団の中から、下級貴族の乙女に白羽の矢が立てられる。
配下で腹心となるのは、スティルル-ム・メイドたち。ヘッド・シェフともレディース・メイドとも連携し、お茶菓子爆弾を投下する乙女だ。
更に乳製品を生産するデイリー・メイド。酒宴の席では情報戦の先兵となる、色気を武器とするパーラー・メイド。洗濯がメインとなる、ランドリー・メイド。ルームメイクを主な仕事とする、チェンバー・メイド。みんなお城を支えるのに必要な、裏方の乙女たちだ。
お掃除は全員でやるけれど、大がかりな掃除が必要な時には近隣の町村から、パートタイムでご婦人を雇うこともある。こちらはチャーウーマンと呼ばれており、これらメイド達を一括して管理するのがハウスキーパーである。
ここまで乙女と羅列したが、加齢と共に世代交代はどうしても必要になる。アウグスタ城もその時期に来ているのだが、いかんせん相応しい乙女が中々見つからない。
アンナの人を見る目が厳しいとも言うが、ローレン王国の舵取りを担う辺境伯令嬢さまに、ちゃらちゃらした側近は不要って考え方なのだ。
そこ行くとファス・メイドの三人は非常に好ましく、ヘッド・シェフにもレディース・メイドにもなれる資質を持つ。キリアの派遣した商隊がミン王国に到着し、三人とも地主貴族の出であると証明されれば、ハウスキーパーにもなれるだろう。
アンナはケイトとミューレにジュリアを、是が非でもアウグスタ城へ連れて行く腹づもりでいる。将来三人がそれぞれ連携し合い、ヘッド・シェフ、レディース・メイド、ハウスキーパーを兼任すれば、完璧な布陣となるからだ。
「あの三人が育ってくれれば、私は安心して引退できるわ」
「何か仰いました? アンナさま」
「うふふ、何でもないわポワレ。それにしても点心とやら、いったい何種類あるのかしら」
「糧食チームが把握してるだけでも、五十種類はありますわよ」
そんなに? と目を丸くするアンナに、本当ですと頷くポワレ。どれだけ隠し球を持ってるのかしらと、二人揃ってクスクス笑う。そんな彼女らの前で、ファス・メイドとキャッスル・メイドが兵士への糧食を提供し始めた。
献立は五目炒飯と肉餃子に、
攻城戦に於ける手の内を明かしてくれたので、ハモンド率いる貴族軍人を城内へ招き入れたフローラ。彼女は父ミハエル候の影響を多分に受けており、礼には礼をもって返す騎士道精神は持ち合わせている。もっとも城の隠し通路と外部へ繋がる地下通路は、さすがに教えないけれども。
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