第21話 虹色に輝く宮殿
フローラとファス・メイドの三人、そして護衛に就いたマルティンが、アルメン領内を馬でのんびり移動していた。ファス・メイド達は、それぞれもう一頭馬を引き連れている。理由はユナイ村からちょっと足を伸ばした先にある、町へ買い出しに行くためだ。
市場があって品数が豊富なら行かない手はない、とはフローラの主張。君主が自らやるべき事ですかと、当然アンナは半眼となった。
地域にお金を落として経済を活性化するのも、君主と領主が行なう仕事のうち。そう言ってメイド長を煙に巻いた、辺境伯令嬢さまである。単純にお稽古事から逃げ出したかったのね、とは精霊たちの一致した意見だが。
目指す町はケルアで町長はムスタフ、この町からも新兵を多数受け入れている。さてどんな食材があるでしょうと、ファス・メイド達が期待に胸を膨らませていた。
ユナイ村に先触れを出すようお願いしていたから、町の入り口で町長ムスタフが出迎えてくれた。町と言うだけあって建物はレンガ造り、屋根はスレート瓦だ。ユナイ村は丸太を組んだログハウスの集落だったから、町と村では雰囲気がまるで違う。
「ようこそいらっしゃいました、フュルスティン。失礼を承知で、もしやそちらはマルティンさまでは」
「俺のことを知っているのか? 町長」
「当時はまだ生まれたばかりでしたからな、しかしお父上の面影がございます」
目尻を皺だらけにしたムスタフに、そうかと人差し指で頬をかくマルティン。父の顔は肖像画でしか知らず、兄のヴォルフが似てると言うのだからそうなんだろうと。
彼は馬を下りると、手を差し出し女性たちが下馬するのをエスコートする。こんなところはやっぱり紳士を旨とする騎士で、ファス・メイド達がちょっぴり照れてたりして。
「こちらが馬の水飲み場になります、それでは市場へご案内致しましょう」
馬を水飲み場へ繋ぎ、一行は町長に案内され市場へ向かう。その時マルティンは、あれ? と思った。他に鞍の付いた馬が二頭いたからで、わざわざこの町を訪れる人物とは何者かと頭を過ったからだ。
どの道も砂利が敷き詰められており、雨が降っても靴が汚れることは無さそう。これが都市になると石畳で、馬車が通りやすいよう工夫されている。
「ケイト見て、干し
「こっちは干し
「二人ともこっちこっち、干した
「おおう、でかしたジュリア」
これからの時期は炊き込みご飯や鍋、あんかけにいいよねと、ケイトが預かっている革袋から貨幣を出して大人買い。茸が売れた者は肉や野菜を買いに行くし、肉や野菜が売れた者は他の食材を買い求める。そして衣服や日用品へと、お金が循環していく。町や村にお金を落とし、地域経済を回すってそういうことだ。
「ジュリア、干した
「ああ、なんと言うことでしょうミューレ。夕食に何を作るか悩んでしまいそう」
川海老と野菜のかき揚げ天ぷらはと、人差し指を立てるケイト。よしよしそれで行こうと頷き合う、ミューレとジュリア。かき揚げとはいったい何ぞやと、首を捻るマルティンである。
「僕は絶対になってみせる!」
「だから無理だって、なあジャン」
「ヤレルの言うとおりだ、諦めろ少年」
まだ未成年っぽい子供と大人二人が、何やら言い争っている。ムスタフが言うに少年は町民でマルコ、二人の大人は最近この町を拠点にしている
「盗賊なのに、放っておくのか? 町長」
「いえマルティンさま、人には危害を加えない盗賊なんですよ。遺跡や地下迷宮でお宝探し、よく言えばトレジャーハンター、悪く言えば墓荒らしですな」
あまり褒められた職業じゃないなと、マルティンがへにゃりと笑う。水飲み場にいた馬二頭は、シーフの所有だったかと合点がいったようだ。
何を騒いでいるのと、フローラは興味本位で彼らに歩み寄った。手にした扇はシュタインブルク家を示す双頭のドラゴン。この界隈で知らない者はおらず、三人はまさかと目を白黒させている。
「こいつが騎士になるって言うんで、なあジャン」
「そうそう、無理だって現実を分からせてたんですよ」
そうなのと、マルティンに視線を向けるフローラ。彼はそうですねと腕を組み、絶対って訳じゃないですとマルコを見下ろした。年の頃は十三か十四だろうかと、当たりを付けながら。
「騎士の従者になる、そんな方法もあります、フュルスティン。身の回りの世話や武器防具の手入れに馬の世話、雑用が多いですけどね。しかし剣や長柄武器の扱い方、馬術に騎士としての作法が身につきます。貴族でなくとも、騎士にはなれますよ」
なりますなります従者になりますと、手を挙げるマルコ。そんな少年に落ち着けと頭を撫でる、マルティンの眼光が鋭く光った。それはまるで、品定めをしているかのよう。
「お前の家族は?」
「父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんが、あっちでほうれん草とニラに白菜を売ってるんだ、騎士さま」
「そうか、ここへ呼んでこい」
うちの子が何かやらかしましたかと、おっかなびっくりの両親と兄。そんなマルコの家族にマルティンは、ストレートに従者として預かるが良いかと切り出していた。
「務まるかね、ジャン」
「どうだろうね、ヤレル。言葉遣いから何から、叩き直されるだろうな」
ひざまずいたマルコに剣を抜き、右肩を二回、左肩を二回、ぽんぽんと叩くマルティン。騎士と従者の間で交わされる契約で、もう後戻りは出来ない。町長ムスタフは町から騎士が生まれるかもと、感無量といった面持ちでいる。対してマルコの家族はと言えば、不安しかないって顔をしているが。
「ねえジャン、ヤレル、ちょっと聞いてもいいかしら」
「何でしょう、フュルスティン」
「お答えできる事でしたら」
「財宝に罠や結界が張られてるなんて、よくあることでしょ。その場合、どうやって発掘するのかしら」
その疑問はもっともですねと目を細め、顔を見合わせるジャンとヤレル。シーフは罠や結界を解除するのが得意なんですと、二人は事もなげに言ってみせた。それを聞いて少し考えたフローラだが、口を突いて出た言葉は意外なものであった。
「遺跡や地下迷宮は逃げないわ、しばらく私の軍団に従軍してくれないかしら。もちろん俸給は弾むわよ」
シーフは大型武器を扱えないが、それなりの戦闘能力はあると父ミハエルから聞き及んでいたフローラ。どうしてと聞かれても答えようがないけれど、この二人は必要かもと彼女の直感が告げていたのだ。
「まあ、あの少年がどうなるか見届けたいってのはあるな、ヤレル」
「俺たちがローレン王国の軍団に参加ね。ふはは、シーフ仲間からは笑われそうだけどな、ジャン」
おや、二人ともまんざらではなさそうだ。なら話しは決まりねと、にっこり微笑む辺境伯令嬢さま。フローラ軍にちょいと変わった職業の人が、加入することと相成った。良かったなと二人に小突かれたマルコが、ぜったい騎士になって見せますと鼻息を荒くしていた。
「ようこそいらっしゃいました、フュルスティン。私が牧師のハインリヒです」
買い物を終えたフローラ達は、ムスタフの案内で町の教会を訪れていた。
地域教会はお
フローラは胸の前で十字を切ると祭壇に置かれた、青銅の大盃へ大銀貨五枚をかららんと投入。控えていたシスターが胸の前で手を組み、今にも泣き出しそうな顔になっていた。孤児たちを育てる資金に、よほど困窮していたのだろう。
「この教会も大昔は、聖地巡礼の地に数えられてたんだよな、ヤレル」
「そうそう、だから俺たちは遺跡探索に来たって訳さね、ジャン」
どういうことと目を丸くするフローラに、それはですねと返したのは牧師ハインリヒであった。彼は祭壇の脇にある演台に行き、それを持ち上げ脇に置いた。現れたのは下り階段で、暗くて先は見えない。
「降りた先に何があるの? ハインリヒ」
「何もありませんよ、フュルスティン、ただの行き止まりなんです」
「……へ?」
「しかし教会に残る文献では、神聖な空間とされておりまして」
そこが怪しいんだよなと、ジャンもヤレルも腕を組んで階段を睨む。そもそも教会の祭壇に地下空間という発想がおかしいわけで、宗教的な意味合いがあるはずと二人は頷き合う。
ならば行って見ましょうと瞳を輝かせる、好奇心が旺盛な辺境伯令嬢さま。町長ムスタフとファス・メイドにマルコを祭壇に残し、フローラ達はランプを手に階段を降りていった。
「極彩色の見事な壁画だな、ジャン。森の中に佇む七色の宮殿か、神秘的だ」
「罠や結界の類いは無さそうだ、ヤレル。だがこの壁画だけで、美術的な価値は相当なもんだぞ」
変なこと考えないで下さいよと、ハインリヒから胡乱な目を向けられたシーフのお二人さん。王宮美術館を持つ国ならば、壁画を高値で買い取る国もあるからだ。例えそれが王侯貴族の、お墓にあったものだとしても。
「ローレン王国は神と精霊の加護を賜る神聖な国。罰当たりなことするもんか、そうだろヤレル」
「信仰心を疑われ法王さまから、玉座を追われた王族の墓なら遠慮無くだけどな、ジャン」
そこの線引きはちゃんとしてますよと、どや顔のシーフ二人。新任の王から依頼され、旧王族の資産を掘り起こして欲しいと依頼されることも多いとか。罠や結界があり手出し出来ない財宝を、回収できる一流のシーフは重宝される。それが墓荒らしを罪に問われず、職業として成り立つ理由だと二人は胸を張る。
「壁画はここまでで、あとはカーペット一枚分のスペースか。なぜ奥まで壁画にしなかったんだろうな、ジャン、ヤレル」
マルティンの問いかけにちょいと待って下さいねと、ランプをかざし壁を調べていくシーフの二人。やがてジャンが象形文字を発見し、ヤレルがポケットから手帳を取り出した。大陸は古くからキリッシュ語で統一されており、象形文字を敢えて使うならそれは暗号に他ならない。ヤレルの手帳には暗号を解読するための、図式がびっちり書き込まれていた。
“我が子孫よ、シュタインブルク家の血を引く乙女よ、この聖地を後世に残しましょう。世界に邪悪がはびこらんとした時、その一歩を踏み出すのです。全ては神と精霊の御心のままに、エリザベート・フォン・シュタインブルク”
エリザベートはシュタインブルク家の直系女子が、代々受け継ぐセカンドネーム。
フローラ・エリザベート・フォン・シュタインブルク、それが次期女王のフルネームだ。そして家紋である双頭のドラゴンは、エリザベート女王の時代から用いられたと伝わっている。
ヤレルの暗号解読にフローラは、思わずカーペット一枚分のスペースに足を踏み入れていた。祖先が残してくれた聖域とは何か、それをこの目で確かめるために。
その瞬間――フローラは深い森の中に佇んでいた。明らかに異界の森だと、肌にぴりぴりとくる魔素で直ぐに分かった。しかも崖から登った森と違い、魔素が異常に濃い。長居すれば自分は角や尻尾が生え、人間ではなくなってしまう。
「方角がまるで分からないわ、菩提樹の林はどこかしら」
そんな焦るフローラに、どういう訳か精霊たちは何も返して来ない。もしかしてここでは何か制約があるのかもと、フローラは敢えて問う事をしなかった。取りあえず開けた高台に出よう、まずはそこからねと歩き出す。
会話を避けているだけで、魔法は使わせてくれる精霊さんたち。食虫植物ならぬ食肉植物のでっかい花を、
主人公がこんな状況に陥ってるわけだが、ここで重要な情報をひとつ。
辺境伯とは皇帝から授かった爵位に過ぎず、ローレン王国は貨幣の鋳造と自治権を有する大国である。帝国の端っこに存在する、田舎の国と思ったら大間違い。次期皇帝を誰にするか決める、選帝侯会議の常任理事国でもあるのだ。
「これってやっぱり、精霊さんなのかしら?」
目の前に現れた、ふよふよ浮いてる白い玉と黒い玉。ちょんちょん突くと、向こうもちょんちょん指先に返してきた。精霊なら胡椒を食べるはずと、フローラは二つの玉に胡椒の粒を置いてみる。するとそれは中へ吸い込まれていき、二つの玉はフローラの後ろへ回るや、背中をぐいぐい押し始めたではないか。
「え? え? どこかに案内してくれるのかな。菩提樹の林なら嬉しいんだけど」
フローラの言葉を理解したかどうかは不明。森の中を滑るように、木々の間をかすめるように背中を押され、フローラの足はとうに地面から離れていた。風景があっという間に流れ去り、開けた場所に出たと思ったら、目に飛び込んできたのは七色に輝く宮殿だった。壁画に描かれていたのと全く同じで、しかも魔素が更に濃くなっている。
門番や衛兵がいるわけでもないのに、外門と宮殿の正門が開き、玉に押し込まれる形でフローラは足を踏み入れていた。いや宙に浮いていたのだから、足を踏み入れてって表現は語弊があるかもしれない。
まるでおとぎ話の世界、自分を待ち受けているのは誰なんだろう。ご先祖さまが子孫に託した一歩とは何だろうと、身構えてしまうフローラであった。
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