11_ケイとの夜
あっという間に日々が過ぎていった。
あたしは大金持ちの「お嬢さま」ってわけじゃなかった。
辺境の地の領主で、貧乏な貴族。
資金はカツカツ。
けっして裕福な家柄ではない。
ここより都会の「トリニティ」の伯爵であるケイに見初められたのはラッキーだと、侍女のレイラは言った。
あたしを見初めたケイは、父親に多額の資金を提供したという。
「だけど、レイラ。ほんとうに彼は......ケイは伯爵の身分なの?
もしかして、嘘をついてるってことはない?」
あたしは、ケイのことが信じられなかった。
「アハハ!お嬢さま。推理小説でも読みすぎてますか。
ギルバート伯爵のことは当家でもきちんと調査済みです」
レイラは大笑いしながらそんなことを言う。
「ケイがウチに多額の資金援助をしたというのも信じられないわ」
「彼は太っ腹ですよ?なんでも......1万シーザという大金を支払っているんです。
それほど、お嬢さまのことを愛してるんですよ。うらやましいくらいです」
「1万シーザ......」
その紙幣が一体どれくらいの価値なのかサッパリ分からなかったが、かなりの額なのだろう。
もとの世界の圭介は名のしれた上場企業に勤めてはいたけれど、貯金が苦手で入ってきた給料はすぐに服や腕時計、最新のパソコンや家電製品に消えていた。
あたしがいくら注意しても「俺の自由だ」と言って、浪費を止めなかったっけ。
冷静に考えれば、圭介のどこが「真面目で地味な人」なんだか。
あたしは完全に彼のことを
異世界のケイは、大金をあたしの父親に支払った。
彼は、きちんと貯金ができる人なのかな。
でもあたしはケイに会うたび、彼の顔を見るたびに嫌な予感が胸にうずまくのを確かに感じていた。
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あっという間にケイとあたしの結婚式の日がきてしまった。
ケイのご両親はすでに他界している。
あたしにも兄弟はおらず、親は父親だけだった。
母親は早くに亡くなっているという。
式はミネルヴァの教会でひっそりと行われた。
異世界に落とされて、10代の体に若返って「お嬢さま」なんて呼ばれた。
いままでは自分の家でぬくぬくと過ごすことができたけれど......。
だけど、今後は見知らぬ世界でケイの妻として生きていくことになる。
他に頼れる人も知り合いもいないのだ。
なんともいえない不安を感じていた。
その不安は、すぐに現実になった。
あたしは挙式の翌日に、馬車で彼の住む街トリニティへと旅立った。
馬車の旅は丸一日かかって、トリニティに到着したのは夕方だった。
「ここが俺の屋敷だよ。つかれただろう」
ケイがあたしの手を取る。
大きな門の奥には立派なレンガ造りの屋敷があった。
(どうやら伯爵というのは本当みたい)
あたしは、この男と一緒に過ごさなければならないという現実に、ただただ気が重かった。
「奥さま、はじめまして。私はメイドのサーシャといいます」
メイドさんが、あたしに挨拶してくれた。
彼女と目があって、思わず目を見開いた。
「く、蔵西早苗......!」
メイドのサーシャは、蔵西早苗だった。
気が強そうな目つきは間違いない。
「奥さま?」
サーシャは、首をかしげてこちらを見る。
「ご、ごめんなさい。なんでもないです。旅で疲れちゃって」
「オホホ!てっきり田舎の言葉かと。奥さまはド田舎からいらしたから、言葉が通じないのかと焦りました」
サーシャは少し意地悪な感じで、あたしにそう言うと部屋へと案内してくれた。
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まさか、この世界に蔵西早苗までいるなんて。
しかも少し意地悪そうだった。
元の世界では早苗と圭介は浮気してた。
この世界でもそうなんだろうか......。
それとも、これからそうなるの?
「ふうっ」
とにかく今は疲れて朦朧としていた。
馬車に長時間ゆられていたので、まだ体が揺れている気がする。
自動車だったらもっと快適だったんだろうけど、異世界だから仕方ないわね。
あたしはいつまでこの世界にいるんだろう。
現実世界でのあたしは借金を背負い、貯金もなく、夫にも裏切られていた。
だけど、離婚してやり直すことも可能だったはずだ。
でも異世界でのあたしは、どうなんだろう。
この世界では離婚なんて簡単にできるの?
もしも離婚したら、ケイが実家に支払った資金も「返せ」ってことになるのかもしれない。
そうなったら、お父さまは困るだろうな......。
冷静に考えると、現実世界よりもこの異世界のほうが、あたしを取り巻く状況は厳しいといえる。
それでも......。
現実世界に戻りたいとは、なぜか思えなかった。
心残りもとくにない。
せっかく若く、やり直せる年齢で異世界に生まれ変わったのだから、あたしはこの世界で幸せになりたい。
そう思っていた。
まずは、そのためにはケイと別れなくちゃ。
でもどうやって?
そんなことをつらつらと考えていたら、ドアをノックされた。
「......ナナ。入るよ?」
ケイが部屋にはいってきたのだ。
あたしは慌ててベッドから起き上がった。
そうだわ。
あたしとケイは、もう夫婦になってしまった。
ということは、あたしは彼に抱かれなければいけない。
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