7_結婚記念日

圭介とあたしの結婚記念日がやってきた。


結婚1年目にして借金だらけ。

おまけに圭介には、会社の同僚との浮気疑惑がある。


正直、こんなことになるなんて思わなかった。

それでもあたしは、まだ彼のことを「信じたい」そう思っていた。


あたしは、1年前のことを思い出していた。


お店が終わったあと、あたしと圭介は夜の街を歩いていた。

「レナちゃん。行きたいとこある?カラオケとか?」


「んー。それより気分が悪いの......」

あたしは、その日お店でお客にたくさん飲まされて酔っ払っていた。

「えっ。大丈夫」

「ごめんね。せっかくアフター誘ってくれたのに。

今日はもう帰りたい」

頭痛と寒気もしてきたのであたしは圭介にそう言った。


圭介はタクシーを捕まえようとしてくれたけど、捕まらない。

あたしは目眩でフラフラしてきた。


「もうすこし大通りに出ればきっとタクシーつかまるから。歩ける?」

「うん。.....っ.......。痛いっ」

「えっ、どこが痛いの?」


「この靴、今日おろしたばかりで。小指が当たっていたいのよ」

あたしは自分の靴を指さした。

10センチはあるピンヒールだった。

ヒールには慣れてるけど、形が細すぎた。


「よいしょっ」

圭介はとつぜん、しゃがむとあたしの足をもちあげた。

「えっ!?なに?」

「俺の靴履いて」

圭介は自分の靴を脱ぐと、あたしに履かせてくれた。

「ブカブカだけど。これで大通りまで歩こう?」

「圭介くんの靴が無くなっちゃうよ?」

「大丈夫。俺は靴下で歩くから」


圭介は優しかった。

「どうしてこんなに優しくしてくれるの?」

「レナちゃんのことが好きだからだよ

......大切に思ってる......結婚したいくらいに」


大通りでタクシーを捕まえてくれて。

あたしはうっかりそのまま圭介の靴を履いて、自分の家へ帰ったんだわ。


彼は優しくしてくれた。


今回のことだって、家族のためにお金を増やしたかっただけ。

もちろん、彼は道を誤った。

だけど、家族なら許してあげないといけない。


蔵西早苗とのことも......。

圭介はあたしが相手をしてあげなかったから、だから淋しかったんだわ。


夫婦の危機は何度か訪れるって聞いたことがある。

きっと今回のこともそのうちのひとつ。

こういう危機を乗り越えることで、夫婦の絆はつよくなっていくのよ。


今日は結婚記念日。

あたしは、圭介と外食して美味しいものを食べようと思っていた。

(牛丼かラーメンになってしまうだろうけど。それでも贅沢なくらいよ)


久しぶりの外食に待ちきれなくって、圭介の会社の前まで来てしまった。

(早すぎたわ。よく考えたら彼はきっと今日も残業よね)

あたしは圭介にメッセージを送る。

「おつかれさま。今日は仕事は何時に終わる?」


会社の前にいることは彼に内緒にした。

サプライズにしたかったのだ。


すぐに彼からメッセージの返信が来た。

「今日も残業だから、家につくのは22時すぎるかなぁ」

圭介は今日が結婚記念日だって、ちっとも覚えてないのね。

男の人ってだいたいそう。


(仕方ない。いったん家に帰ろうかな)

そう思って、会社から離れようとしたときだった。


「腹減ったなー!どっかで食べてかない」

圭介の声が聞こえたのだ。


あたしは、びっくりして振り返った。

圭介と蔵西早苗が二人で会社のビルから出てきたのだ。


ふたりは、あたしとは反対方向にむかって歩いていた。

だから、あたしに気づいていない。


心臓がドクン、ドクンと波打つ。

圭介、どうして蔵西さんといっしょにいるの?

そ、そうだわ。

きっと仕事の打ち合わせがあるのよ。

外で食事をしながら打ち合わせすることもあるよね。

それって「残業」とも言えるんじゃない?


あたしは、自分の都合の良い方に考えた。


それでも、なぜか自然と足は、二人の後を追った。

このまま放っておく気にはならなかったのだ。


二人を見失わないように必死で後を追う。

夕方のオフィス街は人で溢れていて、あたしの存在は二人にバレそうになかった。


やがて二人は、居酒屋に入っていった。

(こんな高そうなお店にはいるなんて......いいえ......きっと経費で落ちるのよ)

あたしはまた、自分に言い聞かせる。


どうしよう。

お店に入ったら、圭介たちにバレるんじゃないかな。

見つかったら、なんとなく自分が惨めな気がする。

あたしは数分間、店の前で入るか・入らないか迷っていた。


結局あたしは思い切ってお店に入ることにした。

二人にバレたらバレたでいいじゃない。

「圭介を見かけたから、後を追った」

そう言えば良い。

今日は結婚記念日だから、はやく会いたかったって言えば良いんだわ。


居酒屋は壁で仕切られた小上がりの個室がたくさん並んでいる店だった。

圭介たちはどの個室に入ったのかな......。


「いらっしゃいませ~!1名様ですね?」

年配の女性店員さんがあたしのところにやってくる。

「はい......あの......」

あたしは、店員さんに頼んだ。

「たったいまお店に入っていった男女がいたと思うんですけど」

「はい?」

店員さんはすこし首を傾げた。

「あの二人の隣の個室って空いてますか......?」


「隣......ですか」

「はい。あたし、男のほうの妻なんです」

その一言で、年配女性店員さんはすべてを察したようだった。


「分かりました。こんなことしちゃいけないんでしょうけど、特別ですよ?

あたしも旦那には散々、浮気されたんです」

そんなことを言う。

「う、浮気ってわけじゃないと思うんですけど。念のためなんです」

あたしは慌てて言う。


女性店員はウィンクするとあたしを個室に案内した。

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