2_借金

「300万が必要って。いったいどういうこと?」

あやうくお皿を落としそうになった。


圭介とは結婚してもうすぐ1年になるところ。

あたしたちには、子どもはいない。


圭介との出会いは.......。


あたしは圭介と結婚するまえ、水商売で働いていた。

いわゆるキャバ嬢。

圭介はそこのお客さんだった。


圭介は仕事の取引先の人とうちのお店にくることが多かった。

けっしてキャバクラ通いが趣味なんていう不真面目な男じゃない。


......少なくともそのときは、そう思っていた。


圭介は、やがてあたしを指名するようになって、同伴もしてくれた。

そして何度もあたしに告白してきた。


「好きなんだ......どうしても」


普通は客と恋に落ちたりしない。

ましてや結婚なんて。


でも圭介は真面目だし、一途だった。

あたしに真剣に交際を申し込んでくれて。


こんなに真面目な人となら幸せになれるかもって思った。

キャバクラで貯めたお金でカフェを開くことがあたしの夢だったけれど。

幸せなふつうの家庭をもつことも同じくらい大切なあたしの夢だった。


圭介は何度も頭を下げた。

「お前のことが好きでたまらない。お願いだ、結婚して欲しい」


何度か彼からのプロポーズを断った。

だけど彼はあきらめなかった。


圭介は見た目は地味で平凡、だけど真面目で優しかった。

この人となら幸せになれるかもしれない。

あたしは少しずつそう感じはじめた。


それでプロポーズにOKした。

今考えれば、あたしは男の見る目がなかったんだわ......。


「300万が必要って。なにかの冗談?」

「冗談じゃないんだ。俺、会社の金......使い込んじゃって......」

「えぇえっ!?」

びっくりした。

真面目な圭介がそんなことするなんて。


「使い込んだって!?一体どういうことよ。なんに使ったの。300万も」

「大学時代の友だちが......良い投資先があるっていうから。

すぐに金がプラスになって返ってくるって言うから」

「ちょっと!そんなウマイ話、あるわけ無いじゃない!その友だちって誰なの?」

「伊沢雄一ってやつなんだけど。もう電話も不通で連絡取れない」


圭介はあたしに泣きついた。

「どうしよう、菜々。月末の監査までに金を入れとかないと、会社にバレてしまう」

「......」

あたしは考え込んだ。


「どうしてそんなバカなことしたの」

「子どもでもできたら、お金もかかるし......。マイホームだって欲しいなって思って」

圭介はあたしを上目づかいに見ながら言った。


あたしはこの圭介の子犬のような、うるんだ瞳の上目づかいに弱かった。

プロポーズのときもこんな目つきで

「菜々以外、考えられない......」

そう言われたんだっけ。


「今度、そういうお金の話があったら、あたしにも必ず相談して」

あたしは圭介をにらみつけた。


「300万もウチにはないよね?」

圭介が震える声で言う。

「菜々の、水商売時代の貯金とか......」

「無いわよ!キャバクラって時給はいいけど、そこまでお金たまらないのよ。

衣装代とか美容費とか持ち出しも多かったから」

「それじゃ......」

「あたしの貯金は150万くらいしか無いわ」


圭介は頭を抱えた。

「圭介は?こないだボーナスが出たよね。あれを合わせれば」

「その金も、投資に使っちゃったんだ」

「なにやってんのよ」

あたしも頭を抱えた。


「消費者金融から借金する?」

「すぐに借りられるのは最大で50万くらいじゃないのか?危険なところからは借りたくないし」

圭介がため息をつく。


「俺このままじゃ、犯罪者だ。横領で刑務所行きかも」

「そんな......とにかく知り合いに声をかけてお金を借りれるか聞いてみよう?」


数日後。


ダイニングテーブルの上には、友人知人から借りたお金が乗っていた。

実家の両親はどちらも貧乏でアテにはできなかった。

友人知人に頭を下げて集まったお金は、全部で20万円。

それから消費者金融から借りたものが50万円。


消費者金融からは、あたしが借りた。

圭介は、「街金から借金してることが会社にバレたらマズイ」と言って、自分は一切借金をしなかったのだ。


「70万だけか」

圭介がため息をつく。

「みんな苦しいのに、あたしたちのためにお金を貸してくれたのよ。

ありがたいって思わないと」


圭介がこんなにお金にルーズとは思わなかった。

今後はあたしが家計を管理するべきなのかも。


会社に返さなければいけないお金は全部で300万円。

あたしの貯金と、借りて回ったお金を足すと220万円。


「どうしよう。菜々、あと80万、足りない......」

「......」


圭介はおどろいたことに泣き出した。

「俺はこのままじゃ、刑務所行きだ。

新聞に載ってしまう。田舎の親ががっかりするだろうな」


あたしはダイニングチェアから立ち上がると言った。

「あたしのキャバクラ時代の客にお金持ちの男がいるのよ。

その人にお金を貸してもらえないか、聞いてみる」

「ほんとに!?」

圭介がパッと顔を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る