第81話 【11月20日】

 久しぶりに映画を見に行った。会社の他の課の人とだ。その人は男性で、例のミッちゃんの恋人である人だ。どうしてそんなことになったかと云えば、単純にボクがミッちゃんに泣きつかれたから。

「彼が勝手にチケット取っちゃって、でも私、どうしてもその日はいけないんですよ」

「でも、だからって私って訳にはいかないでしょう?」

「それは大丈夫。彼、チーさんのこと知ってるし、何だか興味あるらしいですよ」

「そんなこと云われても。正直私が迷惑なのよ。できないって」

 世の中にはいろんな能力を秘めた人がいるのは分かるが、生憎彼女には「人にものを頼んで断らせない」能力があるらしかった。

「チーさん、それって私の為を思って言ってます?」

 ボクは一瞬頭の中が「?」になった。

「私、そろそろケジメつけきゃいけないって思ってるんですよ。例のことで。チーさんを巻き込みたくはないんですけど、いえ、巻き込むつもりは最初からないんですけど、結局一番いい方法はこれしかないって私分かったんです」

 そう言うミッちゃんの目は馬鹿馬鹿しくなるほどマジだった。

「映画、彼と行ってきてもらえませんか?」

「…だって相手はあなたの彼氏でしょ?」

「だからチーさんに頼んでるんですよ。こんなこと、他の女の子に頼めるわけないじゃないですか」

 そして彼女の目から、朝露のような雫がぽろぽろと流れては床に落ちた。「あ~、やられたなぁ」と思いつつもボクは彼女の頼みを了承していた。それが三日前のこと。

 それからボクはわざと今日のことをあまり考えないようにしていた。そうだ。ただの映画だ。たまたまチケットを貰って見に行くだけのことだ。そう自分で反芻して待ち合わせの場所に立っていた。そして約束の時間ちょうどに彼から5分遅れてくるというメールを受け取って、ふとビル街の上を仰ぎ見た時ボクの目はついにあれに触れてしまった。

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