地図のない世界

@nozomi0905

第1話 不自由な大人

子供の頃、大人は限りない自由を持っていると思っていた。

行きたい場所に自由に行けて、車という大きな乗り物まで思いのままに動かせる。

あの頃の私は、大人になる事は自由を手に入れる事なのだと信じて疑わなかった。

早く大人になりたかった。

まだ見ぬ世界を自由に進んでみたかった。

新しい事を怖いなんて思う気持ちは微塵もなかったし、毎日同じであることなんて求めもしなかった。

むしろ毎日同じである事の方が苦痛だった。


社用車を運転しながら、そんな希望の光に満ちていたあの頃の記憶がふと蘇る。

あの頃の冒険心はどこへ行ったのか。今は新しい場所は不自由でしかない。

毎日同じである事にいつから安心するようになったのだろうか。

「安心…ね」

派遣社員である自分に安心なんてないはずなのに‥と、思わず歪んだ笑いが口からもれる。

昨日突然に解雇された子がいた。

事前に何も知らされる事なく、いきなりの解雇だったようだ。

明日は我が身だと、派遣社員同士で騒然となった。

顔を知っている程度の子だったけれど、明日からどうしたら良いのかと泣いていたらしい。

会社にとって派遣社員ほど都合の良い存在はないと思う。

いっそ結婚してしまおうか?と思うが、付き合って3年経つ彼から結婚の話なんて

一度も出ない。

いや、一度出してみた。勇気を出して私から。

でも返ってきた返事は、「そうねー、まぁそれは追々ね」だった。

そのままゲームを始めた彼を見て、言葉を失ってしまった。

もっと強く迫ればよかったのかもしれない。でも、あの姿を見て強くいれるほど自信はなかった。


会社でも都合よく使われる日々。

長年付き合った彼氏からも都合の良い時だけ甘えられている気がして、一緒にいても

なんだか孤独を感じるようになってきていた。

本気で誰かとぶつかることもなく、本気で私を想ってもらうこともなくなっていく。

私以外の誰かとを繋ぐ系は、細く弱々しく、相手に不都合なことがあれば、すぐに

でもプツッと切れてしまうくらい脆いものに感じられた。

「誰にとっても都合の良いだけの存在かー・・」

そんな自虐的な言葉が思わず口から出てしまった。

はぁー・・と大きなため息がこぼれた。


何かを得ているようで、何も得ていない自分に気付くのが怖い。

でも薄々気付いている。今手にしているものは、きっと何かのきっかけであっという間に壊れてしまうことを。

職場も、社会的信頼も、彼氏との関係も、結婚して遊ぶ機会が減った友人との関係も…

そんな薄い関係なら壊れても良いじゃないかと思う反面、壊れて何も残らない自分になるのが怖くて、結局誰かに合わせた自分を演じるばかりになっていく。

本当の自分、ありのままの自分で誰かと関係を築くなんて今の私には難しいことに感じられた。

がんじがらめだ。

大人になるって事はこんなに苦しくて不便な事なのか。

”知らない事が多くて当たり前”のあの頃の方が自由だったのだろうか?

無邪気で人を疑うことなく、怖いことが何もなかったあの頃の方が…


毎日が息苦しくて、誰かに首を絞められているかのような感覚になる。

そして首を絞めるその手は年々強くなっていくのだ。

自由だと思っていた”大人”は、自由ではなかった。

苦しい今を見て見ぬフリをして生きていく事がいつから当たり前になったのか。

社用車は長いトンネルの中に入った。

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