混沌モラトリアム
真狩海斗
第1夜 Good morning, Vampire
1
ガタガタガタ!!と、あまりに激しく揺らされたものだから、ポーーンと棺の中から放り出された俺は、たまらず叫んだ「ほんだらば〜〜」の悲鳴とともに、勢いそのままゴロリンゴロンと床を転がる羽目になる。目の前に散った火花で、壁に激突したことに気づくと、ようやく止まる。腰をさすって立ち上がり、目ヤニをほじくり、周囲を見回した。まだ暗い。何年か早く起こされたようで、どうにも眠り足りない。二度寝をしようと欠伸ながらに一歩目を踏み出したところで、強烈な腐臭が鼻に飛び込み、卒倒してしまう。鼻をつまみ、吐き気を抑えて臭いの主を確認する。激臭の先には、青白い肌に、黄色く濁った目、ぼろぼろに崩れた歯の目立つ、細身の男が立っていた。
あれま、ゾンビじゃあないか。ゾンビは俺の肩を両腕で掴んでがっちり固定すると、口をあんぐりと大開きにして食い付いてきたので、俺も負けじと首に噛み付く。
ガブリ、チューチューチュー。
血を失って力なく倒れたゾンビを見下ろし、俺はエヘンと胸を張る。ハッハッハ。こちとら2000年は生きている由緒正しき
だが、不味い。余りにも不味すぎる。牛乳を飲みすぎて吐いたクラスメイトの吐瀉物を拭いた雑巾を絞った汁のような、とにかく不味い。
3体目の血を吸ったところで我慢ができず、とうとう吐いてしまう。ガブリ、チューチューチュー、オロロロロ。だが、そんな俺の事情なんてお構いなしにゾンビは襲ってくるわけで、まさに"吐きっ面にゾンビ"な俺は部屋の隅に追い詰められる。
無数のゾンビ、通称"ゾンビーズ"が、上から下から次々に腕を伸ばし、俺の身体を引き千切ろうとする。死体のどこにそんな筋力があるのだろう。気づけば俺の四肢の関節は不自然な方向に曲がり、あちらこちらがミシミシと軋んだ音を立てている。
プランプランと揺れる俺の右腕を見た先頭ゾンビが、裂けるほどに大きく口を広げる。黄色く汚れた歯には、粘着質な唾液が糸を引き、山のような歯石が付着していた。そんな歯が自分の身体に入り込むことを想像しただけで、俺は「うげー」と気分が悪くなる。おいおい、それは勘弁なんだぜ。俺は身体を
俺は、周囲のゾンビーズに片っ端から手刀を浴びせて倒していく。アチョー。ホアチャー。吸血鬼カンフー8段の腕が鳴る鳴る。
しかし、ゾンビーズは増えていく一方で、終わりが全く見えない。オマケに起きてすぐに運動したせいでお腹も空いてきた。とはいえ、ゾンビーズの血はもう飲みたくないからなあ。うーん、どうしたものか。暫しアチョーと考えて、貯蔵庫の存在をホアチャー思い出す。そんなわけで、俺は身体を1000体の蝙蝠に変えて分裂すると、ゾンビーズを置き去りに、貯蔵庫めがけて一直線に飛び立った。
2
屋根の意匠に腰掛け、満月の光を全身に浴びる。冷たい夜風が、白いバスローブを
それにしても、と地上を
3
散策してみて分かったのだが、どうやら俺の屋敷の周辺に人間は居ないらしい。人間の生き血を吸いたいのに、間違えてゾンビばかり吸っている。こんばんは。人間ですか?いただきます。ガブリ、チューチューチュー、オロロロロ。これを繰り返したせいで、身体も心も具合が悪くなってきた。
眠り直そうかな。でも、せっかく起きたのだから、せめて一口くらいは新鮮な生き血を飲みたい。貯蔵庫の血液はどれも絶品ではあるのだが、喉ごしに関しては生が勝るのだ。
悪いニュースもあれば、良いニュースもある。この時代のバイクはとても格好良かった。流線形の赤いボディに、電光が映える。エンジンを入れると、高音が鳴り響いた。
バイクに跨る。
この近辺の人間が全滅しているだけで、遠くで生き残りに出会えるかもしれない。例えば、スーパーマーケットとか。うん。きっとそうだ。
ホイールが高速で回転を始める。
とりあえず出発進行なのである。
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