11.教えて!中原先生



「……えーと、カウントダウン部……だったかい?」


「いいえ先生、カウンセリング部です」


俺は、職員室に部活の正式な設立申請をしに行った。部員を三人以上集めたら、正式な部活として認められるのだ。


今回、東野円香さん、北川真理さん、そして西田千尋さんの三人が入部されたお陰で、一気に部員は四人になり、申請することが可能になった。


俺はみんなの名前を書いた申請書を持って職員室に赴き、申請の受理係を担当されている、だいぶご高齢なおばあちゃんである甲本先生に届けた。


「カウンセリング部ね、いかんねえ、私も年食ってしまって全然聞きとれんくてねえ。もう来年には死んどるわ!」


そう言って、ケタケタと甲本先生は笑っていた。ご高齢の方がよくされる「いつか自分は死んでる」というブラックジョークに、俺は苦笑で返すしかなかった。


「そうそう、正式な部活になったけえ、今月から部費を出そうかね」


「部費、ですか?」


「そりゃああんた、部活に部費は必要ばい?」


「いくら出るんですか?」


「まあ、まだ人数も少のーし、月700円くらいだろか」


「そうですか、でもありがたいです」


そうか、正式な部活になれば部費が貰えるんだな。今まで部室に用意してたお菓子とか全部俺が払ってたし、こんなことならもっと早めに申請しておけばよかったな。


「それにしてもなんだねえ、男一人に、女の子三人かい?」


「はい、そうです」


「かーっ!いいご身分なあ。どがんね?女の子に囲まれて嬉しかろ?」


「ははは……」


「んー、えーと」


「どうしました?」


「ところで、カウンセリングってなんね?」


これまた俺は、苦笑で答えるしかなかった。











「……さて。えーと、今回申請書をきちんと出しまして、カウンセリング部が正式に部活として認められました」


俺はカウンセリング部の部室に帰った後、座布団の上に座り、テーブルを部員のみんなで囲みながら話をしていた。


東野さんはニコニコしながらで、北川さんは「ふーん」という感じで、そして西田さんはカチカチに緊張しながら俺の話を聞いていた。


「俺が部長ということでやらせてもらいますが、何か困ったことがあったら、みんなで協力し合いながらやっていけたらなと思います。これからどうぞ、よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いしまーす!」


「ん」


「は、はい……よろしく、お願いいたします……」


三者三様の返事を聴いて、このメンバーは改めて見るとなかなか濃いメンツだなという気持ちになった。


「西田さん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。困ったことがあったらみんなでフォローし合えるからさ」


俺が彼女にそう言うと、西田さんは健気に笑顔を作りながら「う、うん……ありがと」と言って答えてくれた。


「で、でも……中原くん、私から入部させてもらっておきながらなんだけど、カウンセリングって……どうすればいいの?」


「どうすればって?」


「わ、私……もし相手を怒らせちゃったり、嫌な気持ちにさせたらどうしようって思ってて……。何か、“これだけは絶対やっちゃダメ”的な、そういうのあったりする……?」


これはまさに、西田さんらしい心配事だと言える。確かにカウンセリングはデリケートだ。ちょっとした言葉使いで相手の信頼を損ねる可能性は十分にある。


「あ、それ私も聞きたーい!」


東野さんが手を上げて、西田さんの言葉に賛同した。


「中原くん流カウンセリング術、聞きたいです先生!」


「先生って……。別に俺は、きちんと心理学を学んだわけでもないから、正しい知識を話せるわけじゃないんだけど……」


「えー?でもこの中じゃ中原くんが一番経験値多いでしょ?」


「まあ、それは確かに」


「中原くんが思うポイントを、話してくれたら嬉しいな」


「うーん、そっか」


俺は腕を組んでしばらく考え込んでいたけど、彼女たちの言う通り、経験値自体は俺が一番あるのは間違いない。なら部長として、きちんとみんなに知識の共有をするべきなのかも知れない。


「わかった、それじゃあ俺が考える大事なポイントを、いくつか話していくね。これはあくまで個人的な意見だから、参考程度に聞いてもらえると嬉しい」


「はーい!」


東野さんからの威勢のいい返事を聴いて、俺は少しずつ話し始めた。


「まず一つ目は、相談者がリラックスできるムードを作ること。カチカチに緊張させてしまってたら、話せるものも話せなくなるもんね。言うまでもないことかも知れないけど、導入としてはとても大事なポイントだよ」


俺がそこまで話すと、なんと東野さんと西田さんがノートにメモを取り始めた。


そして、そんな二人を見て慌てたのか、北川さんまでも「これ、なんかメモる方がいい?」と俺に訊いてきた。


「いやいや!まあ……大事だと思ったところだけでいいと思うよ」


「わかった。私もカウンセリングってよくわかんないし、メモっとく」


そうして、結局北川さんもノートにメモを取り始めた。


自分の発言がメモに残されていくと、いよいよほんとに先生になったような気がした。決して気分の悪いものじゃないけど……なんか恥ずかしい。


「あの、中原くん」


西田さんが一旦シャーペンを止め、顔を上げて質問を投げかけて来る。


「リラックスさせるのって、具体的にどうしたらいい?」


「いろいろ方法があるけど、まず雑談を交わすことかな。特に好きなものを共有すると、話が広がりやすいよね」


「漫画とかアニメとか、同じの好きだねみたいな、そんな感じ?」


「そうそう。その時に大事なのは、仲良くしようとしないことだ」


「え?ど、どういうこと?仲良くなるために、そういう話題を振るんじゃないの?」


「仲良くなろうとするのは、言わば前のめりな姿勢でしょ?『もっと話そう!』『もっと一緒に居よう!』って。でもそれだと、人によっては鬱陶しかったり、ぐいぐい来て恐かったりするから、そこはもっと消極的に。『私はあなたの敵じゃありませんよ』っていうくらいに留めとくのがベターかな。もちろん人によっては、ぐいぐい来てほしいと思ってる場合もあるけど、基本的には適切な距離感を保つ方がいい」


「な、なるほど……」


「主役はあくまで相談者で、こっちじゃない。相手にいかに気持ちよく悩みを打ち明けてもらうか?そこが一番大事だからね」


「えーと、主役は……相談者……」


西田さんは実にマメに、ノートを取っている。蛍光ペンとかも使っていて、とてもカラフルだ。


(色とりだりだな~。西田さん、結構小まめな性格なんだな。こういうところはカウンセリングにおいても凄く役立ちそうだ)


相手の気持ちを小まめに気遣える力が、きっと西田さんにはある。本人は不安がってるけど、性格も優しい人だし、カウンセリングは合ってるかも知れないな。


「あ、そうだ。主役は相談者っていうところで、もうひとつポイントがあるけど、相手が相談している時、自分の話へ逸らすのは止めた方がいいね」


「自分の話?」


俺の言葉について、北川さんが首を傾げた。


「自分の話っていうのは……なんていうのかな。例えば相談者が『実はいじめに遭ってて……』と話し出したりするでしょ?その時に『わかるわかる、実は自分も昔いじめられて~これこれこんなことされて~』って、自分のことを話して相談者の話の腰を折るのは、ご法度だね」


「あー、いるいる……そういう時に自分の話に持っていく人」


「うん……確かにいる。そういうの、一番止めてほしい」


東野さんと西田さんが、同時に顔をしかめていた。二人ともそういう人の覚えがあるんだろう。


「まず一旦、相手の話を全部聞く。気持ちよく話してもらうことを大事にするんだ。まあ、ここにいるみんなは、いきなり自分の話をするような、そんな我が強い感じがしないから大丈夫か。ごめん、別に話さなくてよかったかも」


「ううん、ありがと中原くん」


東野さんが優しい声色で、俺のことを気遣ってくれた。


「中原くん、他にはなにかある?」


「うーんと、そうだね。これは自戒も込めて言うんだけど、相談者の話にはあまり共感しすぎない方がいい」


「え?共感……しすぎない方が?」


東野さんが目を丸くして、俺に尋ねてきた。


「なんで……?共感した方が相談者も嬉しくないかな……?」


西田さんもこれに関しては、疑問を呈しているみたいだった。


「これは相手のためじゃなくて、自分のためなんだ」


「自分のため?」


「そう。何人もの相談者を相手にするってことは、それだけ重たい話をいくつも聞くってことだ。そうなると、自分もその重さに当てられて、体調を崩しちゃったりメンタルをやられちゃったりする。事実俺は、家に帰ってから『今日相談に来た◯◯さん……大丈夫かな』とか考え過ぎたせいで、突然涙が出てきたり、気分が重たくなったりしたことがあった」


「……………………」


「自分のメンタルを守れないんじゃ、カウンセリングなんてやってられないよ。まず自分を保つ。自分を助ける。それから、他人のことを気にかける。必要なのはそういう心構えだと思う。だから必要以上に共感するのは避けて、必ず念頭に『俺は俺、この人はこの人。俺はこの人じゃないし、この人は俺じゃない』っていう言葉を残しておく」


「……………………」


「相手の話に共感する。これ自体はとても大事なことだと思うけど、共感しすぎると自分と他人の境界線が分からなくなる。だからみんなも、自分の心を守るためにも、どうかこれは守ってくれると嬉しい」


「そっか……そこは割り切らないといけない部分なんだね」


西田さんが難しい顔をしながら、ペンを置いた。


「私……できるかな?そういう割り切り方……」


「いや、ごめん。ぶっちゃけ俺もこれができてるかと言われたら怪しい。やっぱり胸の内を明かしてくれた人に対しては、どうしても情が出ちゃうものだし、なんとかしてあげたいと思ってしまうよね」


「うん……」


「でも、だからって自分が倒れちゃったら、それはそれでよくないもんね。自分も相談者も助けられる。そういう状態にするためにも、まず自分のことは自分で保つ必要がある」


「うう~……!で、できるかなあ……?」


西田さんが頭を抱えて眉をしかめる。その隣で、北川さんも口を尖らせていた。


「あたしも、できるかどうかわかんない。なんか難しい」


「ごめんごめん、いきなり難易度の高い話をしてしまったね。俺もまだそこは実践中だから、みんなで少しずつカウンセリングが上手くなっていけたらなと思う。それに……いろいろなんのかんのって話したけど、カウンセリングにおいて一番大事なのは、誠実であることだ」


みんなが、ペンを止めて俺の顔を見つめた。


「ここで言う誠実さって言うのは、嘘をつかないことだ。どんなに美しい言葉でも、そこに心がなければ意味がない。不格好な言葉でも、簡単で安易な言葉でもいい。心がこもった言葉を口にすること。それが一番大切なことだと思う」


「「「……………………」」」


「小賢しいカウンセリングのテクニックなんて使えなくていいし、意識高い系の言葉を言えなくていい。ただ一言、『そばにいるよ』と本心から言えれば、なにも要らない」


……俺がそう言うと、部室はしばらく静かになってしまった。


彼女たちはみんなそれぞれ、どこか考え込んでいる様子だった。彼女たちもまた、悩み苦しんでいる者たちだ、いろいろと思うことがあるのだろう。そういう人は、他人のことを思いやることができる。


きっと俺なんかよりずっと、よいカウンセラーになれる。俺は心からそう思った。









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