もう1つのエピローグ そして『彼女』は来た道を引き返す

「無理じゃないよぉ。ししょーの為なら、いくらでも時間くらい作ってみせるよ!」

「おっ? 嬉しいコト言ってくれるじゃねぇの。なんだ、なんだぁ? 俺のこと大好きかぁ?」

「……うん、好き。大好き」


「――ッ!?」




 洋子の声が、その呟きが聞こえてきた瞬間、病室のドアに手をかけていた芽衣の動きが、ピタッ! と止まった。


 心臓がバクバクッ!? と搾乳機さくにゅうきにかけられたように脈を打つ。


 五月蠅いくらい高鳴る心臓に、芽衣は思わずギュッ! と胸のあたりを握り締めてしまう。


 洋子が口にした『好き』という言葉に、胸がはちきれんばかりに切なくなる。


 痛い……すごく痛い。


 今まで一緒に生きてきて、1回も聞いた事がない洋子のつやっぽい声。


 女の声。


 覚悟を決めた女性の声。




「……やめて」




 自分の意志とは無関係に、勝手に芽衣の唇が動く。


 やめて洋子、ソレ以上は言わないで。


 言ったらもう――もとの3人には戻れなくなる。


 だから、お願い。


 やめて洋子っ! 


 今にも部屋に入って2人を邪魔したいのに、足が言うことを聞いてくれない。


 お願い、洋子。


 止まって、止まってよ……。




「ボクね、今回の事件で反省したの」

「は、反省?」




 だが芽衣の祈りもむなしく、『終わり』の時は刻一刻と迫っていく。


 洋子の気持ちは、最初から知っていた。


 だから、いつかは『こんな日』が来るだろうなぁ……ってことくらい、ちゃんと分かっていたし、覚悟していたつもりだった。


 だけど、もう少し。


 もう少しだけでいいから『彼』に……士狼にすがらせて欲しい。


 彼がバカをやって、アタシがツッコんで、洋子が慌ててフォローする。


 そんな陽だまりのような関係を、もう少しだけでいいから続けさせて欲しい。


 そこから先に進んでしまえば、アタシは……諦めなきゃいけなくなるから。





 ――この初恋を諦めなきゃいけなくなるから。





 だからもう少しだけ、あと少しだけ……。


 このやさしいうそすがらせて欲しい。


 だが、いくら祈ろうが願おうが、しょせんは夢。


 いつかはめてしまう。


 そして目覚めは、すぐそこだった。




「だからボク、もう後悔したくないんだ」




 洋子のこの言葉に、芽衣の身体がさらに硬直する。


 待って、待って!? 


 ソレ以上は、ほんとにダメ――ッ。





「――大神士狼くん、好きです。大好きです! ボクと付き合ってください!」





 ――そして彼女たちが作りだした、甘くて優しい温かいうそは……シャボン玉のように弾けて消えた。

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