エピローグ そして祝福の鐘が鳴る

 さて――もうすでに長いエピローグを見せられた後のような気分だが、もう少しだけ、ことの顛末てんまつについて説明しておこうと思う。



 まず古羊だが、あれから元気を取り戻したのか、3日休んだ後、再び元気に森実高校に通い始めた。


 だが、さすがに羽賀先輩や廉太郎先輩の2人だけで生徒会を回すのは無理があったらしく、復帰早々、休んだ分の職務を全うすることになっていた。


 それだけ仕事をこなしているにも関わらず、疲れた顔を見せないのは流石だと思う。


 よこたん曰く、「何だか前より吹っ切れたというか、スッキリした表情をする機会が多くなった」とのことらしい。


 かくいう彼女も、生徒会の仕事に忙殺ぼうさつされているのか、毎日慌ただしいように見受けられた。


 が、やはりその顔は妙にスッキリしていた。





 佐久間については、よく分からない。


 今のところは報復されるような気配はないので、ほっといてもいいだろう。


 それにもし報復されそうになったら、こっちにはとっておきの切り札がある。


 心配するだけ無駄というものだ。





 そして、肝心の俺はと言えば……1週間の自宅謹慎を学校側に言い渡されていた。


 なんでも森実高校の制服のまま、星美高校に乗り込んでしまったがために、異常を察知した一般生徒が先生に連絡。


 そのまま森実高校へ事情が伝わってしまい、現在に至るのであった。


 本来であれば、俺は退学処分となるハズだったのだが、そこは双子姫と、何故か彼女たちのご両親が上手く学校側を説得してくれたらしく、1週間の自宅謹慎で済んだらしい――と、お見舞いに来てくれた妹ちゃんが教えてくれた。


 ほんと、生徒会役員全員がお見舞いに来てくれたときは、嬉しかったなぁ。


 それが例え『ボクに彼女ができたら言われたい罵声ばせい一覧表いちらんひょう』とかいう、廉太郎先輩の個人的趣味を、最大限かつ最悪の形で反映した小冊子(コピー不可)でも嬉しかった。


 あまりにも嬉しかったから、ゴミ箱という名の宝物入れに、すぐさま保管したくらいだ。


 ……まあ、唯一の不満があるとすれば、古羊が1度も見舞いに来なかった事くらいかな。




 ◇◇




「――ん?」

「ゲッ!?」

「あっ! ししょーっ!」



 謹慎も終わり、桜の花びらも完全に姿を消し、代わりに新緑が芽吹き始めた4月の下旬。


 久しぶりの学校に胸を躍らせた俺は、30分早く家を出ると、偶然学校へと続く坂道で双子姫に遭遇した。



「こほんっ。おはようございます、大神くん」

「おい『ゲッ』って何だよ? 『ゲッ』って」

「はて? 何のことですか?」

「……相変わらず見事な変わり身の早さで」

「お褒めにあずかり光栄です」



 褒めてねぇよ。


 チラホラと他の生徒が登校している手前、いつもの優等生の仮面を被る古羊。


 まあコイツはこれ位のふてぶてしさが、ちょうどいいか。



「おはよ、ししょーっ! 昨日で謹慎が終わったんだね」

「おう、今日から復学だ。心配してくれてありがとな」



 俺はジトッとした瞳を古羊の隣に向け、



「まぁ誰かさんは、心配どころか見舞いにすら来なかったけどな」

「う、うぐっ!? だ、だって……どんな顔して会えばいいか分からなかったんだもん」

「はぁ? なに? 聞こえねぇよ?」

「な、なんでもないっ! ……です、よ? ……うぅっ!」



 ボッ、と頬を赤く染め首を左右に振る古羊。


 何気にコイツが普通に恥ずかしがるところを、初めて見たかもしれない。


 予想外の返しに、こっちも何も言えなくなってしまう。




「こほんっ。そ、それよりも? もう出所したんですか、大神くん? お勤めご苦労さまです。どうですか? シャバの空気は美味いですか?」


「あぁ、もう最高だね」

「も、もうっ!? そんなコト言っちゃダメだよ、メイちゃんっ!」




 ぷんすこっ! と怒る妹に、流石にバツが悪くなったのか、古羊はどこか誤魔化すように口をひらいた。




「そ、そういえばっ! わたし、まだ大神くんに謝っていませんでしたね。ごめんなさい」

「ん? 謝る? なにが?」




 なんかコイツに謝られるような事、したっけ?


 はて? と俺がプリティに小首を傾げていると、古羊は言いづらそうに、その桜色の口をモゴモゴ動かした。




「その……中庭でのことです。大神くんには変なとこ見せちゃって……」

「中庭……あぁっ!? あの告白のことか!」




 古羊がこくりと頷く。


 思い出されるのは、つい1週間ほど前のこと。


 中庭で古羊と花壇の清掃を行っていたら、偶然、古羊の告白現場に遭遇したのだ。


 いやいや、コイツが謝る必要はなくない? 


 むしろ謝らなければいけないのは、俺と古羊の方だわ!




「こっちこそ悪かったよ。別に覗くつもりはなかったんだよ。あの場所に居合わせたのも、生徒会の仕事だったし。本当に偶然でさ……って、言い訳にしかならねぇよな。本当に悪かった」


「はい……大丈夫です。全部洋子から聞きました」


「そっか。でも、ほんとごめんな? 勝手に口挟んで、勝手キレて……。ほんとあのときの俺は傍若無人だった。反省してる。それで、そのぉ……結局あのあとは大丈夫だったのか?」


「はい。頭が冷えたって、ちゃんと謝ってくれました……」

「ほっ……。それはよかった」




 やっぱり徳永先輩は悪い奴ではなかったのだろう。


 自分の非を認め、素直に謝るのは中々出来ないことだ。


 それはもう、俺たちくらいの歳になればなおさらに。


 あの人はあの人で、イイ男だったのだろう。




「それにしても、案外モテるのも大変なんだな」

「えっ? な、なんでそう思うんですか?」

「だっておまえ、本気で身体が震えてたし」




 隣で古羊の息を飲む音が聞こえてくる。


 そんなに驚くことじゃないだろうに。


 これでも1カ月以上は、共に仕事をしてきた仲なんだぞ?




「あ、あの大神くん? 1つ、質問してもいいでしょうか?」

「うん? いいけど、勉強のことを聞かれても、おまえの方が頭良いんだから、答えられないぞ?」

「大丈夫、絶対に大神くんが答えられる質問ですから」




 周りを見渡して、俺たちしか人がいないことを確認し終えると、古羊は素の口調に戻して尋ねてきた。




「どうしてあの日……アタシのことをあんな風にかばってくれたの? もしかしたらアタシ、先輩の言っていた通り、本当は……嫌な奴かもしれないじゃない?」


「それはねぇな」




 間髪入れずに否定していた。


 途端に古羊のキレイに整った眉が、驚いたように跳ね上がった。




「ど、どうして? なんで、そう言い切れるの? 今だってアタシ、アンタに否定してほしいから、ワザとこんな風に言っているだけかもしれないし……」


「そんなの関係ねぇよ」

「えっ?」




 古羊の歩調に合わせながら、自分の想いを口にしていく。




「いくらおまえが否定しようがな、俺がそう思ったんだから仕方がねぇだろ。なんせ俺は、自他共に認めるバカだからな。バカってこういうとき、アホほど強いんだぞ? いくら他人の意見を聞こうが、自分の意見を変えることなんて、ほとんどしねぇ」


「大神くん……」

「確かにおまえは俺が思った以上に腹黒で、思った以上に性格悪くて、思った以上に貧乳だけど」

「……おい」




 それでも、やっぱり俺は知っているんだ。




「思った以上に友達思いで、思った以上に頑張り屋さんで、思った通り――優しい女の子だよ」

「――ッ!?」




 瞬間、ルビーのような真っ赤な瞳に涙の膜が出来上がる。


 何事だ? と思って古羊の顔を見ると、頬が桜色から徐々に赤く、首筋まで赤くなり、口を『あわあわっ!?』と開いたり閉じたりしていた。


 なんかちょっと妹っぽい。


 流石は姉妹、息ピッタリじゃないかっ!


 と感心する俺を他所よそに、古羊は何かに気がついたように両手で耳元を押さえ、




「な、なにコレ? なにコレッ!?」

「お、おぉっ? ど、どうした耳なんかふさいで? 大丈夫か?」

「メイちゃん? お顔が真っ赤だよ?」

「か……鐘が聞こえる」

「はぁ? 鐘ぇ~? まだ予鈴には早い時間のはずだけど? 聞こえたか、よこたん?」

「ううん、聞こえなかったけど……」




 ふるふると首を横に振る、よこたん。


 とりあえず2人で校舎の方に耳を澄ませてみるが……やはり何も聞こえない。




「やっぱり何も聞こえないね?」

「だな。やっぱおまえの気のせいじゃねぇの?」

「ううん、聞こえる……。ドキドキ、ドキドキって! か、鐘が鳴ってるのぉ~っ!」




 グルグルと目を回し、慌てて左の胸を押さえる古羊。


 ほんとに一体どうしたのだろうか?


 もしかしてパッドに何か異変が起きたっていう、古羊なりの暗号か?




「な、なにコレ? なんで鐘がっ!? 体の奥から聞こえて――えっ? えぇぇぇぇぇ――ッッ!?」




 古羊は俺の顔を見るなり、大げさに驚き、その場で尻もちをついてうずくまった。


 その反応は俺に失礼ではなかろうか?


 生まれたての小鹿のように全身をプルプルと震わせる古羊、どうやら立てないらしい。


 俺は古羊に手を差し伸べ、




「何やってんだよ? ほれ、掴まれ」

「あ、あばばばばば――――ッッ!?」




 数秒前の妹ちゃんよろしく、口をパクパクさせる古羊。双子姫は混乱している!


 その姿を見てなにを思ったのか、某少年探偵よろしく『まさかっ!?』といった表情を浮かべる、よこたん。




「メ、メイちゃん、もしかして……」




 と、青い顔を浮かべる彼女の様子も気になったが、それよりも先に、古羊が俺の方へ人差し指を向け。




「こ、この人!? 鐘が『この人』って!」

「こ、古羊?」

「……お」

「『おっ?』」




 古羊は勢いよくその場でスクッと立ち上がると、クルリと校舎から背を向け。




「お、お、おっ! おうち帰るぅぅぅ――ッッ!?」

「ハァ!? ちょ、待て古羊っ! 古羊ぃぃぃぃぃ――ッ!?」




 全速力で来た道を逆走し始める古羊。


 ぱぴゅーんっ! と擬音が聞こえてきそうなくらい、あっという間に坂を駆け下りて行く、我らが生徒会長どの。


 いやいや、学校はどうすんだアイツッ!?




「た、大変だ、よこたんっ! おまえの姉ちゃんが学校を目前にバックれやがった! 急いで後を追いかける……なんだ、その目はっ!?」


「……つーんっ!」




 よこたんの、ジトッとどこか俺を責めるような、湿った視線が肌に刺さる。


 ついさっきまで普通だったのに、今は明らかに不機嫌なご様子で、頬をぷくぅっ! と、膨らませる双子姫ちゃん。


 よこたんはプイッ! と俺から顔を逸らすと、スタスタと校舎の方へと足を進め――ちょっと待て!?




「ふんっ。乙女心を弄ぶししょーなんか、知らないもん!」


「待て待て!? なにを1人で学校へ行こうとしてるんだ、おまえは!? はやく姉ちゃんを追いかけるぞ!」


「つーん。知らないもん……ししょーのバカ」

「なんでだっ!?」




 結局、プリプリと怒ったまま、俺を置いて勝手に校舎の中へと消えていく妹ちゃん。


 お、女心は複雑怪奇。もう感情の振れ幅がジェットコースターじゃん……。


 いや、そんな事を考えてる場合じゃねぇ!


 俺は慌てて会長の背中を追いかけるべく、身をひるがえした。




「待て古羊っ! って、足はやっ!?」

「嫌ぁぁぁ―――ッッ!? ついてこないでぇぇぇぇ――ッッ!?」




 登校している生徒達の中央を、悲鳴をあげながら全力で駆け下りて行く古羊。


 みな「何事だっ!?」と驚き、おののいている。


 いやほんと、迷惑かけてすみませんっ!




「止まれ古羊、古羊ぃぃぃぃぃ――ッッ!?」

「『コレ』はそんなんじゃ、無いんだからぁぁぁぁぁ――ッッ!?」




 爽やかな早朝、半狂乱の男女の悲鳴が、青空へと吸い込まれるように消えていく。


 あぁ、今日もいい天気だ。


 そんな場違いなことを考えながら、俺は坂道を下り始める。


 頭の上では、季節外れの桜の花びらが、気持ち良さそうに舞っていた。

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