第3話

「こんな朝早くから私を呼び出すなんて珍しいわね。何か急用? もしかしてアイからメールでも来たのかしら?」


 学校に着くと、俺は机に座っていた相賀を誘い、一緒に校庭にある鉄棒へと赴いた。鉄棒に来た理由はクラスから見えない位置にあることと背もたれに使えることだ。


「察しがいいな。お前がアイじゃないかって疑うレベルだ」


 俺はポケットからスマホを取り出すと相賀に向けて今朝届いたアイからのメールを見せた。相賀は俺のスマホを凝視すると、「やっぱり……」とつぶやいた。


「やっぱり? まるで俺のところにアイからのメールが来ると予想していた言い草だな」

「まあね。あなたか小糸さんのどちらかには来るんじゃないかって思ってた」

「小糸? 相賀は今回の件で何かに気づいたのか?」

「確信に近いところまでは。それで、今の藍沢くんのメールを見て確信に至った」


 さすがは成績優秀のクラスメイトだ。今までのヒントの中から犯人を炙り出したらしい。


「私にこれを見せたってことは、渡部くんへの被害を未然に防ぐための手伝いをしてほしいと言うことかしら?」

「相賀の言う通りだ。同級生に注意って書いている以上、クラスチャットに貼るわけにはいかない。けれども、協力してくれる仲間は一人くらいは欲しい。だから相賀に」

「別に構わないわ。犯人も目星がついたことだし。でも、なぜ私に? 私も一応同級生だから疑いはあると思うのだけど」


「この件を一番手伝ってくれそうで頼りになる友達なんて、相賀くらいしかいないからな」

「あなたには九頭くんがいるじゃない? 親友でしょ?」

「なんで九頭のことが出て来るんだよ。頼りにはならないだろ。いつもの様子を見ると」

「……まあ、そうね。分かったわ。その代わり、私は私の方針で動かせてもらうわ」

「それでいい。犯人の目星がついているのなら、今日から来週の月曜にかけて俺は渡部を、相賀は犯人を尾行してくれ」


「分かった。それと犯人だけど、捕まるまでは私だけの秘密にしておくわね?」

「教えてはくれないんだな」

「ええ。私は誰のことも信用していないからね。私の中での犯人が仮に違ったとして、真犯人があなただった場合に困るもの」

「それはないだろ。もしそうだったら、お前にこんなことを話さないよ。もっと単純なやつを狙う」


「どうかしら? 最初に頭のキレる人物を抑えることで自分の思惑を有利に進めることも考えられる。ここまでの行動があなたの自作自演でないという証拠は出せないでしょ?」

「……まあ、いいや。分かった。その代わり、ちゃんと追ってくれよ」

「ええ。尾行している間はチャットで会話しましょ」


 話が決まったところで俺たちは朝のホームルームのチャイムが鳴る前に教室に戻った。


 ****


 金曜、土曜、そして日曜の夕方にかけても渡部の元に犯人が現れることはなかった。

 今、渡部は部活帰りにスーパーのフードコートにておやつを食べていた。俺は彼から離れた席に座り、彼の様子を伺う。


 尾行に関しては渡部にも伝えてある。メールが送られたことは俺と渡部と相賀だけの秘密にしてくれと頼んだら、案外簡単に承諾してくれた。渡部も渡部で山越の件があって、疑心暗鬼になっているのだろう。


 おやつを食べ終え、渡部は盆を片付け、出口へと歩いていった。彼の動作に少し遅れて俺もフードコートを後にする。犯人に気づかれないように渡部とは一定の距離を保っている。

 外に出ると日は沈み、夜になっていた。今日ももう終わる。おそらくここからが勝負だ。


 渡部を尾行しつつ、相賀と連絡を取る。チャットで呼びかけるとすぐに返信が来た。相賀は現在、渡部の家の最寄駅にいるらしい。犯人はそこで待ち伏せしているのか。

 であるならば、今はある程度大胆に行動できるか。俺は電車に乗り遅れることがないように渡部との距離を少しだけ近づけた。


 やがて駅に到着し、渡部の乗る車両の一つ隣の車両に乗る。

 電車に揺られること十数分、渡部の降車とともに俺も降車した。

 そのタイミングで相賀に、最寄駅に着いた旨の連絡を送る。彼女からはすぐに返信がきた。いよいよ犯人と対面すると思うとなんだか緊張する。心拍数はいつもより上がっているように思えた。


 渡部の降車駅には人気はあまりなかった。駅周辺は店が多いため明るく照らされているが、少し歩くと閑散とした暗い道が広がる。犯行にはもってこいの場所だ。俺は厳重注意を払いながら渡部の様子を見る。住宅の角に隠れ、渡部を観察する。渡部が曲がったところで素早く走り、再び住宅の角から渡部を見張る。


 事件は渡部が三度目の曲がり道を曲がった時に起こった。渡部が曲がった瞬間、発砲音が閑散とした住宅街に響き渡った。俺は慌てて道を走り、渡部の曲がった方へと目をやる。そこで驚愕の事態を目の当たりにした。


 目の前に見えるのは、倒れた渡部の姿。その隣で彼の体を揺らす相賀の姿。彼女は必死の形相を浮かべ、彼に語りかけていた。よく見ると渡部の近くのコンクリートには液体が垂れ流されていた。


 それだけじゃない。彼らの奥で一人の男が誰かの右腕を締め上げ、身柄を取り押さえている。彼の横ではもう一人の男がスマホで連絡をとっていた。彼らは、俺に対して事情聴取をした刑事さん達だった。犯人は顔を地面に疼くめている。犯人の近くには拳銃らしきものが転がっていた。あれで、渡部を撃ったのか。


「午後6時21分。銃刀法違反、殺人容疑の疑いで逮捕する」


 刑事さんはそう言って、犯人に手錠をかける。

 その瞬間、犯人はこちらを向いた。そこで俺は犯人の容顔を目で捉えた。

 アイの正体。それは『九頭 雄大』だった。


 九頭は逮捕されたにも関わらず、勝ち誇った笑みを浮かべてこちらを見ていた。

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