【第十八話:リメンバー・サムシング】

 怪しげな錠剤が溶け込んだシャンペンを一番手で飲んだ佐倉川を息を呑んで見守るゲーム参加者チームメンバーに不敵な笑みを浮かべるゲームマスター・レディとリチヤードの主催者チーム。

「……美味い、こんなの久しぶりに飲んだよ」

 グラスをサイドテーブルに置いた佐倉川は下がる。

『それは何よりだわ!! 私も高いお酒を用意したかいがあると言うものね!! さあ次は……誰が行くのかしら?』

 マジックミラー的な何かでレデイーの背後のひときわ大きな鏡に映し出された顔アイコンと名前付きの四角枠7つ。枠内に0が並ぶ中『佐倉川 史雄』のアイコン下枠のみが『1』になっている事から参加者5人はシャンペンタワー・ロシアンルーレット専用カウンターだとすぐに察する。

「わっ、私が……!!」

 ちょっとした衝撃で崩れそうなシャンペングラスの山にそっと近づく信濃さんは安全な上から2段目、外側の1つを手に取り、恐る恐る口に合む。

「あっ、美味しい……かも」

 不安そうに胸に手を当て、心拍数を確認しつつ信濃さんは下がる。

『さて、他の御三方も……召し上がってくださいませ。でないと私とリチャードを毒殺するどころかこのゲームが終わりませんのよ?』

 上手く行けばレディをゲームルールに乗っ取って誅殺して亡き4人の仇をとれるのみならず、全員が助かる。

 大量のシャンペングラスを前に確率論的覚悟を決めた男衆3人は各々2段目のシャンペングラスを手に取り、ドキドキながらもくいっと飲み干す。


『うふふ、では私たちも……』

『かしこまりました、マダム』

 5人が一巡したのを確かめ、 1つずつ手に取ったゲームマスター・レディとリチャード。

(よしっ、 どっちでもいいから倒れろ!!)

 5人が祈る前でくいっとシャンペングラスを空にしたゲームマスター・レディとリチャードは平然と各々のサイドテーブルにそっと置く。

『うん、美味しいわ……さあ次はあなた達の番よ』

 正確な数は分からないが、何段にも積まれたシャンペングラスはどう少なく見積もっても数十個ある。レディが嘘をついてないとすれば毒入りはその中の3つ……参加者チーム、主催者チーム双方共に勝機半々と言った状況下で5人はシャンペンタワーに向かう。


『あと3つで毒は2つ……おいおい、どうすんだよこの状況!!』

 ぼんやりとした視界の中、3つのシャンペングラスが置かれた丸テーブルとそれを囲んだ白タキシードにトップハットの3人。

『聖先輩、どうしましょ、これじやあ…… 1人しか助かりません』

 泣き出しそうな表情の女の子は若い男に目を向ける。

『うふふ、ルールはルールよ……今、その3つを飲むのはあなた達。さあ1人1杯、思い切って選ぶのよ!! ちなみにルール違反は……全員ゲームオーバーだからね? ここまで来たのにそんな事はしないわよねぇ?』

 カウントダウンするタイマーと共に3人を煽るのはふわふわのピンクショールを肩に巻き、黒のナイトドレスに手袋、生足ハイヒールのレデイだ。

(これは、何だ?… …あの男はマルセ君、女の子はササキさん? そうだ、思い出した!! これは僕の記憶だ!!)

記憶の幻影を見下ろしていた聖の意識と目線はガタイのいい日焼け男に向けられる。

『ええい、こうなったら……おるああ!!』

(マルセ君、だめだ!! それは……毒入りだ!!)

 記憶の幻影に叫ぶも虚しく、ガタイのいい日焼け男はシャンペングラスの1つを手に取ってしまい……


(そうだ、思い出せたぞ!! 僕はこのゲームを知っている!! 確かあれは3人で挑んだ第5ゲーム。そして……肉体労働者だと言うマルセ君と女子高生のササキさんが毒を飲んでしまったんだ。その特徴は、ええと……)

 4人がシャンペンタワー2段目を選んでいる最中、その後ろで足を止めた聖。

 紅茶に浸したマドレーヌではないが突如これまでずっと忘れていた何か大事な事がフラッシュバックし、このゲームでレディを倒して5人揃って脱出する重要なヒントを見出しつつある彼はそれをどうにか他の4人に伝える術を模索する。

(そうだ、毒入りのは微かにピンク色に変色しているはずだ!! それを上手く伝えるには……)

「聖さん、どうしたんですか? まさかお酒が飲めない体質……じゃないですよね?」

 立ち尽くしてブツブツ言いだした聖に気が付いて駆け寄り、その顔を覗き込む信濃さん。

(信濃さん、ピンク色の酒は毒です。避けてください)

(えっ! 何ですって?)

(これをどうにか皆に教えてください……そしてあいつらに飲ませるんです)

(わっ、わかったわ……やってみる)

『唄子ちゃんに聖君、どうしたのかなあ? 早く選んでくれないと進まないわよお?』

「あっ、はい! すぐに選びます!! ほら、聖君も早く!!」

 予期せぬ形で重大なヒントを共有してしまった信濃さんは聖の腕を引き、慌ててシャンペンタワーの台車に向かう。


【第十九話:ノー・ウェイ・ホームに続く】

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