【第三話:ヘルプ・イーチ・アザー】

 ほどなくして二段ベッドルームに入っていく2人の足音と共に扉が閉まる音、残された7人にのしかかる重苦しい静寂感。

「ああ、とりあえず……悪い事しちやったかな?」

「大丈夫ですよ、RINKOさん。お互い見ず知らずの初対面であの反応を予測しろって方が無理ですから……あっ、私は牛田 昭雄(うした あきお)、S県に本社がある株式会社ネオンの営業職の40代妻帯者です」

「ネオンってもしかして……音響機器のメンテとかやっている所? ABC15の事務所でよく聞いたからまさかと思ったんだけど、違ったらごめんね」

 フォローしてくれた牛田にRINKOは聞き返す。

「ああ、そうです!! ネオン社は業務用音響機器販売を行っています。私は技術職じゃないんですけど、音響機器の出張修理も行っています」

「そう言えば銀行に勤めている夫も取引先とか何かで関わっていると言っておりましたわ!! 世間は広いようで狭いものですね!!」

 それに続けてかぶせる栗毛の信濃さん。

「広いようで狭い……まさかあの女はABC15のファンやその関係者を狙ったのか? RINKOさんはどう思う?」

「いや、ありえなくはないと思うわ。少なくとも私達やそのファンを敵視している輩なんて腐るほどいると思うし。個人情報保護と言う意味では芸能事務所が……信用できないなんて言うまでもないんじゃないかしら?」

 どことも知れぬ場所に軟禁された者達同士のまさかの繋がりが判明し、レデイの目的とその正体解明に一歩近づけた事を確信する7人。

「……ごめん、多分それはないと思う」

 最初からずっと考え込んでいて聞きに徹していた若い男性の発した一言。

「それはどういう事ですか?」

「うん、浩介君。あの女はただ退屈で暇でしょうがないサディストなんだ。僕はここに連れて来られる前、なにかとてつもなく恐ろしい事があったはずなんだ……そしてそれをどうしても思い出さなくてはならないんだが。頭が痛くてとても無理みたいなんだ…… くっ」

 歯を食いしばって喉から言葉を絞り出す青年。

「……ええと、今更だが君の名前は?」

 この男、一見まともに見えてあの電波系ロン毛男と同類か……?

 そんな疑惑が生じる中牛田はそっと声をかける。

「ああ、牛田さんごめんなさい。僕は和田 聖(わだ ひじり)、城倉大学3年生の21歳で学生です」

 牛田の穏やかな言葉で冷静になった大学生・和田は自己紹介しつつ、ぺこりと頭を下げる。

「ああ、そうなのか……頭痛薬は無理でも水ぐらいあればいいんだが。ここにある水や食べ物は信用できないよなぁ」

 同室内の冷蔵庫や棚を確認済みの牛田は和田の背中をぽんぽんしつつ見回す。

「いえ、そこまでは大丈夫です。あのお2人も先に寝ているでしょうし……僕も皆さんも数時間でいいので仮眠を取った方がいいかもしれません」

 謎のカウントダウンを続ける腕内のスマートウォッチ。07:28:45と四角いデジタル数字で表示されたそれは07:28:44、07:28:43、と減り続けて行く。

「それもそうね……それに信用できなくても何か食べたほうがいいわ。これなら多分大丈夫だと思うし、腹に納めておきましょう」

アイドルとして経験してきた修羅場サバイバル知識で完全未開封の缶詰と水のペットボトル、使い捨てプラスチックフォークを棚から取り出したRINKOは全員に1つずつ回す。


「うふふ、今回は賢くて優秀な子が揃っているようね。 楽しいゲームラウンドになりそうだわリチャード」

 どこともわからぬ真っ暗な部屋、豪華な真紅のソフアーで膝上のタブレット端末を見つめるヴィクトリアンドレスの美女。プルトップ缶を開けて中の加工肉をおそるおそる食べる7人と二段ベッドで泣き震えるばかりの2人の様子をタブレット端末で見ていたゲームマスター・レディは満足気に傍らに立つ燕尾服の青年に話しかける。

「お褒めにあずかり光栄です、マドモアゼル」

 レディにお仕えする燕尾服の青年・リチャードは丁寧に頭を下げる。

「そうね、私個人的に充実したゲームが楽しみたいから……落とす前に上げてさしあげると言う意味でも最初のゲームはアレにしましょうか。道具の数が多いけど準備は大丈夫かしら?」

「はい、もちろんでございます。マドモアゼルのご衣裳はどれになさいますか?」

 リチャードは【JAPANESE TRADITIONAL】と題された革張りの立派な冊子をレディに渡す。

「困ったわ……アレ専用の衣装はどれも綺麗だから迷っちゃうのよねえ。とりあえずいくつか仮決めした後現物を見てから決めるから少し待ってくださる?」

「かしこまりました」

 ゲームマスター・レディは二段ベッドに入って眠りにつく7人を映し出すタブレット端末をサイドテーブルに置き、ウキウキでカタログをめくりだす。

「あとご参加なさる皆様にもこのゲームに相応しいご衣裳をご用意して差し上げるのよ!! 人生は短いんだから楽しんだ者勝ちなのよ!!」

「ご安心ください、マドモアゼル。失礼いたします」

 燕尾服の青年はスマホを取り出すとチヤットアプリで連絡を取り始める。


【第四話:ファースト・ゲームに続く】

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