第46話 ピンクのかすみ草
僕が新作の発明品を作っているとメアリーが血相を変えて部屋に入ってきた。
「大変コウヤっち! 木下が自殺したって!」
木下
あの後、僕らはナクトを使って犯人の跡を追った。犯人が向かったのはとあるマンション。おそらく同乗していた女が住んでいる所だろうとメアリーが言っていた。事実、その女は現在もそこに住んでおり、僕らがマンション周辺を調べている時に外に出ていく姿を目撃した。
メアリーが鳳月さんの目を盗み母親のパソコンを使って調べたところ、女は
赤い車を追えば、必然的に黒の軽自動車も追跡できた。木下の住所も調べ上げ、近日中に事故の映像の有無を確認し、なんとか警察に届けるよう説得できないかと考えていたとこだった。
「自殺ってどういうこと!?」
僕の質問にメアリーも困惑した様子で答えた。木下の遺体は三日ほど前に自宅で首を吊った状態で発見されたらしい。今朝方、鳳月さんのパソコンを盗み見していたメアリーが司法解剖のリストを見て気がついたようだ。
「今さら罪の意識に
僕がそう言うとメアリーは首を横に振った。
「わからない……でも解剖の結果、自殺で間違いないようね。たぶん瀬織ちゃんの推理通り木下は新城を脅迫して金を受け取ったと思うのよ。もしかしたら最近になってまた脅迫したのかもしれない」
「……それで新城に殺された?」
「自殺じゃないとしたらそうなるよね」
「木下の自宅から映像のデータとか出ないかな?」
「事件って訳じゃないからそれは期待できないわね……家を調べたりはしないだろうし、そもそも新城がやったとしたら処分してるかも」
「うーん」と二人して同時に唸ってしまった。そこでお知恵を拝借とばかりに瀬織ちゃんを呼ぶことにした。今や彼女は僕らのブレーンだ。学校が終わり次第メアリーの家までご足労願うことにした。
「それなら話は早いですね」
一連の経緯を伝えると瀬織ちゃんは考えることなくそう言い切った。散々悩んでいた僕は思わず鼻水が出てしまった。
「え!? ズズっ そんなあっさり解決しちゃう?」
「ちょっとコウヤっち! ティッシュ、ティッシュ!」
「あっごめんごめん! ついびっくりしちゃって……ブピー」
「ぷっ」
僕の鼻をかむ音に瀬織ちゃんが顔を背けた。肩が揺れているところを見ると、どうやら笑いを堪えているようだ。遠慮などせず大いに笑ってもらっていいんだけれど。僕が鼻水を拭き取っていると瀬織ちゃんがすっと向き直り、メアリーの目を見て話し始めた。どうやら僕を視界から追い出したようだ。
「事故の映像がないとなれば話は簡単です。もう一度撮り直しましょう」
「そうか! 木下は車を路肩の方に停めてたから、あの辺の電柱とかでも角度的には似たようなものよね」
「そうです。本当は脅迫していた男も一緒にお縄にしたかったんで色々考えていたんですけど、証拠がなくなったとなればもう遠慮は要りません。ナクトで撮った映像を匿名で警察に送りましょう」
「死人に口なし。きっと新城は木下が送っていたと思い込むわね。じゃあ早速現場に行きましょう!」
うーん流石お二人さん。口を挟む余地などまったくなかった。さながら僕は名探偵金田一とホームズについて回るワトソンのようなものだろうか。
夕陽が沈み始めた頃に僕らは現場に到着した。するとそこにはスーツ姿の男性が一人、花が供えられてある場所で手を合わせていた。僕とメアリーは一瞬立ち止まったが瀬織ちゃんはそのまま男性の方へと近づいて行った。
「綺麗なかすみ草ですね」
瀬織ちゃんにそう声をかけられ男性は振り返りながら顔を上げた。そして彼は立ち上がると少し戸惑いながら瀬織ちゃんに答えた。
「ええ……ピンクのかすみ草は彼女が好きな花だったので」
「ご遺族の方ですか?」
瀬織ちゃんはちらりと事故の立て看板を見ながらそう尋ねた。男性は瀬織ちゃんと後ろに立つ僕らを交互に見ながら言った。
「はい。被害者の女性はおれの婚約者でした……ところであなた方は?」
当然の質問に僕は一瞬ドキッとしたが、瀬織ちゃんが平気な顔で答えた。
「この道は通学路なんです。それでいつも綺麗な花が手向けてあるなぁって思っていて――」
瀬織ちゃんがもっともらしく答えたが、僕らはどう立ち振る舞えばいいかと少しひやっとした。一方メアリーはそんなのお構いなしとばかりに二人の会話に入っていった。
「犯人はまだ捕まってないんですか?」
「はい……未だに手掛かりがないようで……」
男性の目がわずかに潤んだ。事故からはもう一年が経っている。おそらく犯人逮捕の希望が薄らいできているのだろう。
「さぞお辛いでしょうね……」
瀬織ちゃんがかすみ草に目を落としながら呟いた。彼もまた下を向きながら
「おれたちは今年の夏に結婚する予定でした。あの日も結婚式の話をするつもりだったんですが彼女が残業で遅くなって……」
いつしか彼の目からは涙がこぼれていた。それでも泣くのを必死で堪えているのか体を震わせながら話を続けた。
「おれが疲れているだろうから迎えは良いってあいつは……でも……でもおれが迎えに行っていればもしかしたら……うぅ」
彼は膝に手をつき堰を切ったように泣き出した。瀬織ちゃんが何も言わずに彼の背中をしばらくさすっていた。僕も思わずもらい泣きしてしまった……。
「すみません。なんか見ず知らずの方たちにこんな話を」
彼がそう言うとメアリーが微笑みながら首を振った。
「そんなの気になさらなくて大丈夫です。犯人は必ず捕まると思います。どうかその時は彼女に報告してあげてください」
その言葉に彼の顔にも少し笑顔が戻った。そして一言だけお礼を言うとその場から去って行った。彼の背中を見送りながら僕はいまだに涙と鼻水が止まらなかった。
「いつまで泣いてるのコウヤっち。ほらまた鼻水出てるから」
そう言ってメアリーがポケットティッシュを差し出した。僕が鼻をかんでいると瀬織ちゃんが真剣な顔で僕らを見た。
「少しわがままを言っていいでしょうか?」
「わがままって?」
メアリーがそう尋ねると瀬織ちゃんは再び手向けられた花に視線を移した。
「ピンクのかすみ草の花言葉は『切なる願い』。彼女の無念、私たちで晴らしませんか?」
力強く言い放った瀬織ちゃんのその言葉に、僕とメアリーは大きく頷いた。
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