第38話 嵐のような訪問者
僕をにこやかに見つめる鳳月さんだったが目だけは笑っていなかった。メアリーも少し不安気な顔でこっちを見ていた。追跡する際、ナクトを使ったことはまだ彼女には話してはないが、たぶんなんとなく察しているのだろう。僕がわずかに黙っていると鳳月さんは急に真顔になって質問を重ねた。
「最初の通報者がメアリーやあなたの知り合いってことは知ってるわ。そこからあなたに連絡がいって犯人を追いかけた、ということよね?」
「はい」
「どうしても引っかかるのよね。犯人のアジトを見つけるのがあまりにも早過ぎる。まぁお陰で娘は助かったのかもしれないけど……。私にはあなたがまるで犯人が向かった先がわかっていたみたいに思えるの」
そう言って彼女は僕の目をしっかりと熟視した。捜査員ではないとはいえ、鳳月さんも警察の人間だ。虚偽や誤魔化した説明は全て見抜かれてしまうのではないかと思ってしまう。だから僕も真剣にまっすぐと鳳月さんの目を見て答えた。
「愛の力です」
「は?」
「え?」
さすが親子だ。二人はきれいにハモりながら口を開けていた。母親はそのままぽかんとした顔で固まり。娘は照れたように顔を赤らめている。
「赤い糸を辿ってみました」
僕はそう言いながら小指を立てた。メアリーはさらに真っ赤になって両手で顔を押さえ、鳳月さんは突然声を立てて笑った。
「ふふふ……あははは! それなら納得よ。よかったわね~メアリー。光矢さんは運命の人みたいよ?」
「もうっ! からかわないでよ母さん!」
メアリーは少しふくれっ面で鳳月さんの肩をバシバシと叩いていた。僕は顔には出さなかったが内心はホッとしていた。最初は正直にナクトのことを話そうかと思ったけど、まだその時期ではないと思った。
メアリーの母親とはいえ、やはり鳳月さんは職務上黙っている訳にはいかないだろう。ましてやナクトは鑑識課にとってはこの上なく有用なものとなるに違いない。ナクトの存在を明かすのは、今後メアリーと相談してからの方がいいだろう。
愛の力とは言ったが、僕は一応用意していた追跡方法をきちんと話した。細かい所はぼかしたが、犯人の車に蓄光インクが付着していたこと。それを頼りに孔雀さんにタクシー無線を使ってもらい目撃者を探してもらったことなどを話した。
「それなら他の二人の供述と合ってるわね。ただ確認しておきたかっただけだから、気を悪くしないでね光矢さん」
実はこれは瀬織ちゃんと事前に打ち合わせしていた話だ。現場で別れる直前、瀬織ちゃんの提案で話を合わせておいたのだ。もちろん彼女は孔雀さんにも辻褄が合うようお願いしていたのだろう。本当に抜け目のない子だ。
「それともう一つあなたに伝えておかないといけないんだけど――」
再び神妙な顔つきで鳳月さんは話を続けた。
「もしかしたら過剰防衛ということで傷害罪で起訴される可能性もあるわ。でも安心して。昔ご近所付き合いをしていた優秀な弁護士がいるから紹介するわ」
その言葉にメアリーの顔がぱあっと明るくなった。
「もしかしてジョージおじさん!?」
「そうよ。さっき久し振りに連絡したら元気そうだったわよ」
ジョージおじさんという言葉に僕は金髪のビシッとスーツを決めた弁護士を思い浮かべた。メアリーは小さい頃アメリカに住んでたと言ってたから、おそらく僕の予想は外れてないだろう。でも今は日本で弁護士をやってるということなんだろうか?
「懐かしいな~ジョニーおにいちゃんも元気してるのかなぁ?」
「ジョニーくんは大学卒業して今は司法試験に挑戦中みたいよ。たまに鞄持ちをさせてるんですって」
「随分会ってないからなぁ。久々会いたいな~」
「ジョニーくんはあなたの初恋の人だもんね」
「そ、それは子供の時の話よ! ねぇコウヤっち!」
「いや僕に聞かれても……」
喜んだり焦ったり。今日のメアリーはころころと表情が変わって忙しいもんだ。おそらく初恋相手とやらも金髪で青い目のイケメンなんだろう。なんとなく金髪の美男美女が並んでいるのを想像してしまい、僕は慌てて頭を振った。
「そういえば光矢さんは新しく住むとこ探しているんですって?」
メアリーから聞いたのだろう。鳳月さんが僕に尋ねてきた。
「そうですね。いつまでも元カノと一緒に住んでる訳にもいかないので……」
「ならうちに住んだらどうかしら?」
「いいの!? 母さん!」
鳳月さんの言葉に僕よりも早くメアリーが反応した。
「二人が正式に付き合うことになったんだから反対する理由はないわ」
「いやでも! ご迷惑なんじゃ……」
僕がそう言うと鳳月さんは軽く笑ってみせた。
「実はもうメアリーからはお願いされてたの。空いてる部屋もあるし遠慮はいらないわよ。その代わりちゃんと節度は守りなさいね」
「あっ当り前よ! コウヤっちはジェントルマンなんだから変な事なんてしないわよ!」
「さてどうかしらねぇ。まだまだあなたも青いわねぇ」
ふふふと笑いながら鳳月さんはそう言い残して病室を後にした。もしかしたら彼女の訪問が今日一番大変なミッションだったかもしれない。
鳳月さんが帰った後、やはり僕らは相当疲れていたいんだろう。すぐに二人共爆睡してしまい、目が覚めた時にはすでにお昼前だった。メアリーはまだ検査が残っているらしく、僕は一足先に退院する事となった。
昨日の事やこれからの事を考えながら帰っているとあっという間に自宅マンションへと着いた。ドアを開け中へ入ると玄関に怜奈の靴があった。
「ただいま」と少し声を抑えながらリビングへと向かうと、そこには俯きながらソファーに座っている怜奈の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます