第34話 水泡に帰す
それは天助が引き金を引くのとほぼ同時だった。パシュっと音がして天助の手がわずかに弾かれた。そのお陰で天助が撃った銃弾は僕から逸れ、天井付近の壁に当たる。パシュパシュパシュと音が鳴り、立て続けに弾が天助の手に命中する。
「痛ぇ! なんだこれっ!?」
天助が堪らず銃を下に落とした。そしてその手には蓄光インクがべっとりとついていた。
「これはまさか! 西田くん!?」
建物から少し離れた街灯の下、二人乗りのバイクがエンジン音を鳴らしながら停まっていた。あのバイクは確かに西田くんのものだ。でもあのゴキなんとかマークⅡを構えていたのは後ろに乗っている人物だった。
フルフェイスのシールドを上げ、スコープを覗きながら再び天助に狙いを定めている。ヘルメットの後ろからはピンクの長い髪が風に揺れていた。
パシュパシュと再度放たれたインク弾は、次に天助の顔を捉えた。
「ぬぁあああっ! やめろ! やめろっ!」
顔をインクまみれにしながら、天助は車へと逃げ込むとすぐにエンジンを掛けた。車はバックで急発進し出口へと向かって行く。
「待てっ!!」
もつれるように足を出しながら、僕は車の跡を追った。建物の外へと出た車は急旋回し前を向く。タイヤから煙を出しながらそのまま港の方へと走り出し、あっという間に遠ざかった。
「椋木さん! 乗ってください!」
追いかける僕の真横に西田くんがバイクで近付いて来た。走りながら後ろに飛び乗ると西田くんがぐんぐんスピードを上げ天助の車を追跡する。けたたましいバイクのエンジン音が鳴り響き、ごうごうと顔にぶつかる風で目を開けるのがやっとだった。
猛スピードで車の真後ろへと迫るとそのまま一気に運転席の方へと接近する。だがその時、天助が急な幅寄せを行いあわや車と壁の間に挟まれそうになってしまう。
西田くんが急ブレーキを掛ける。するとバイクの後輪が持ち上がり僕の体もふわりと浮く。前輪から煙を出しながら滑っていると、その横すれすれを掠めるようにして車が通り抜けた。そのまま後輪がドスンと地面に着くや否や、バイクはすぐに急発進した。西田くんの運転技術がこれほど凄いとは知らなかった。
再び車を猛追するバイク。このまま行けばまたすぐにでも追いつくだろう。だが僕にはひとつ懸念があった。この先はもしかしたら――
西田くんの背中越しに前方を見るとやはり道は途切れている。このまま行けば海に突っ込んでしまう、と思ったその時だった。
天助が車の速度を少し落とした。自然と僕らとの距離は縮まりバイクは運転席の真横につく。すると天助はこちらを向き、狂ったように目を見開いて笑った。そして次の瞬間、ドアを開けるとそのまま車から飛び降りた。
急に開いたドアを避けるようにバイクは一瞬車から離れる。「ぎゃああ!」という叫び声が後で聞こえた。おそらく後輪に足でも踏まれたのだろう。振り返ると天助が道路の上で足を押さえながら転がっていた。
車は運転手を失ってもそのまま走り続けた。徐々に道の終わりが迫っている。僕は車のドアを指差しながら西田くんに叫んだ。
「車に近付いてくれっ!! 飛び移るっ!!」
もう時間がない。西田くんも迷うことなくスピードを上げた。そしてバイクがぴたりと車の横へと迫ると、僕は左腕を伸ばしてドアに手を掛けた。
その時、また周りがすっと静かになった。高速で流れていた景色がまるで止まってしまうかのようにゆっくりとなる。左手でドアを開けすぐさま右手でドアを押さえる。そして左手で車のシートを掴むとそのままぐっと体を引き寄せ車に飛び乗った。
僕が飛び降りた後、西田くんはバイクを傾けながら急ブレーキを掛けている。後部座席ではメアリーが気を失ったまま横になっていた。前方を見るとすでに道はなくなっていた。これではブレーキを掛けても間に合わない。
僕は後部座席へとすばやく移動し、頭を守るようにしてメアリーの体を抱きしめた。その直後、体が浮き上がり激しい爆音と共に車は海面にぶつかった。車内に海水がどおっと押し寄せてくる。僕らは一瞬で真っ暗な海へと引きずり込まれた。
「急いでっ!」
「言われなくてもアクセルベタ踏みだぜ! お嬢ちゃん!」
犯人グループを拘束するのに手間取ってしまった。すぐに孔雀さんと一緒に椋木さん達を追いかけたが、まだその姿が見えない。
「この道は確か行き止まりのはずだ」
前を向いたまま孔雀さんがそう言った。椋木天助はこの辺には詳しいはず。ならばどうしてこの道を選んだ? 彼は一体何をしようとしている? 最悪の予想が頭を
やがて遠くの方に車のテールランプが見えてきた。それを追いかけるように斜め後方を一台のバイクが走っている。すると突然車のドアが開き誰かが飛び降りたように見えた。
「なんだありゃ!? 危ねえぞ!!」
一度車から離れたバイクが再び近付く。おそらく後ろに乗っているのは椋木さん。走ってる車に飛び移ろうとしているのか? 彼はバイクから体を投げ出すようにして車にしがみついていた。タクシーのカーナビを見ると、あの先はもう道が途切れている。その時、ヘッドライトの先に人影が見えた。
「人が倒れてます! 避けて!」
「うおっ!」
車が大きく揺れ、一瞬体が右へと引っ張られた。急いで体を起こし前方を見ると、黒い車が宙に浮いていた。そしてそのまま視界からいなくなる。私はすぐに上着を脱ぎ海へと入る準備を始めた。
「着いたらすぐに118に電話を! 車が海に落ちたと連絡してください! それと大きめのライトは積んでますか!? あとロープも!」
車が停まると私はトランクからライトとロープを引っ張り出し、車が落ちた場所へと走った。ガードレールもなにもない道の端で、さっきのバイクのお兄さんが膝をついて嗚咽を漏らしていた。
「うっうぅぅ……椋木さーん! メアリーさーん!」
私は真っ黒な海をライトで照らした。
そこにはただ、下からぶくぶくと湧き上がる水の泡だけが、浮かんではすぐに消えていた。
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