第28話 シャープマインド
僕は実家からそのままバイト先へと向かった。途中で瀬織ちゃんから無事事件は解決したとの連絡が入った。どうしてもお礼がしたいと頑なだったのでコンビニまで来てもらうことにした。どうやら家からそんなに遠くないらしい。
お店が近づいてくると入り口の横に立っている少女がいた。長い艶のある黒髪にアーモンドアイと言うのだろうか、ぱっちりとして切れ長の目。全体的にかわいさとクールさを兼ね備えたような美少女だった。
一応お客さんのようなので軽く会釈してお店に入ろうとしたら、その少女に急に呼び止められた。
「こんばんは、椋木さん」
「あっこんばんは――ってもしかしてせおりちゃん!?」
「はい。お礼をしに伺いました」
間近で見ると余計に驚いた。昨日の印象と全く違う。
「ごめん全然わからなかった。普段眼鏡はしてないんだね」
「あれは伊達ですので。早速ですがお礼の品を。是非お納めください」
彼女はトートバッグからなにやら小ぶりな壺のようなものを取り出した。お
「これは?」
「祖母が作った自家製キムチです。かなり絶品なのでよろしければどうぞ」
「そ、そんな。おばあちゃんが遺してくれた大切なものを……いいの?」
「祖母は生きてますよ?」
「え? だって形見のお守り……」
「誰も形見なんて言ってません。まだぴんぴんしてます。それより早く受け取ってください」
「あっごめん。というかなんで壺に……」
おずおずと両手で受け取るとまさに壺、という感じでワインのコルクのように木の蓋がはめてあった。
「こっちの方が雰囲気あるかと思いまして。蓋はしっかりしてますから漏れる心配はないです」
「ありがたく頂戴いたします」
一度その壺を頭上へと掲げ僕は頭を下げた。本当に漏れないのか少し心配だったけど、仕方がないのでリュックの底の方に入れることにした。するとちょうどその時スマホが鳴った。
『もしもし! あっ椋木さんですか!? おれです! 西田です!』
なにやら焦った声で西田くんは早口で喋った。今日はバイトは休みのはずだから遅刻の連絡とかではなさそうだけど。
「どうしたの? 今日は休――」
『メアリーさんが
「攫われた!? と、と、と、とにかく落ち着いて西田くん!」
「ハンズフリーにしてください」
僕のスマホに耳を近づけていた瀬織ちゃんが冷静な口調でそう言った。
「あっはい」
僕は急いでスマホを操作しスピーカーに切り替える。すると瀬織ちゃんが西田くんに話し掛けた。
「まずは状況を詳しく。その人が攫われたのいつ、どこでですか?」
『えっと、どちら様ですか?』
「今説明してる暇はないから答えてあげて」
僕の声を聞き、西田くんが話を続ける。瀬織ちゃんは自分のスマホを取り出し地図アプリを開いた。
『時間は今から10分くらい前です。場所は大学から駅に向かう道で、小さな公園があるの知ってます? そのあたりです』
「どこの大学ですか?」
彼女は顔を上げ僕に尋ねた。
「
僕は瀬織ちゃんの質問に簡潔に答えた。彼女がすばやく文字を打ち込むとマップは大学の場所へと移動する。すぐさま最寄り駅までの経路を表示させると、マップをスクロールさせながらとある公園を指差した。
僕もずっと通っていた道だ。公園といえばそこしかない。僕が一度頷くと彼女は西田くんに話し掛けた。
「警察への連絡は?」
『もうしました。もうちょっとしたらここに来るかと』
「どんな車でした? それと犯人の顔は見ましたか?」
『男性というのは間違いないけど、ちょっと薄暗くて顔はよく見えなかったです。車も黒でセダンタイプとしか……』
黒の車と聞いて僕はある人物の顔が浮かんだ。
「天助だ……」
直感的にそう思った。なぜ彼が僕とメアリーの関係を知っていたのか分からないが、間違いなく犯人は天助だ。
「犯人に心当たりがあるんですね?」
僕の言葉に反応した瀬織ちゃんがこちらを見た。僕はコクリと頷きながら答えた。
「たぶん僕の弟だ……でもどうしてメアリーを……」
僕がわずかに逡巡している間、瀬織ちゃんはじっとこちらを見つめていた。
「すぐに名前が出たということはなにかしら事情があるんですね? とりあえずその人とコンタクトを取ってみましょう。西田さん、一旦電話を切ります」
電話を切るとすぐに天助の番号へとかける。だがコール音も鳴らず留守電になった。何度かかけるが結果は同じだった。
「ダメだ……たぶん電源を切ってる」
「想定の範囲内です。次はメアリーさんにかけてみてください」
メアリーのスマホに電話をかけると五回目のコールで応答があった。
「もしもし! メアリー!?」
『すいません椋木さん……メアリーさんのバッグごと近くに落ちてました』
電話に出たのは西田くんだった。僕が首を横に振ると瀬織ちゃんは全て察したようだった。
「やはりですか……テンスケという人の自宅住所はわかりますか? わかるなら西田さんにL1NEで送ってください。警察に伝えてもらいます。西田さんの電話番号を――」
スマホに西田くんの電話番号を表示させ瀬織ちゃんに見せる。まるでフラッシュ暗算をしているかのように、彼女は一瞬見ただけで迷わずその番号を自分のスマホに打ち込んだ。
「西田さん、先程の者です。犯人の目星がつきました。椋木テンスケ。椋木さんの弟です」
『弟ーー!? ど、どういうことですか!?』
「その人物の住所を今からL1NEで送るので警察に伝えてください。警察はまだ到着してませんか?」
『あっ! 今パトカーのサイレンの音が聞こえてきました! もうすぐっぽいです』
「おそらく事情聴取を受けることになるかと思います。それが終わり次第、私か椋木さんに連絡を。ちなみに車のナンバーは覚えてないですよね?」
『はい……で、でも! 車の屋根に蓄光インクをたっぷりお見舞いしてやりましたよ!』
「蓄光インク?」
瀬織ちゃんが眉をひそめて首を傾げる。蓄光インクってまさか例の?
「それってまさかあのゴキブリの?」
『はい! ゴキブリチェイスマーカーガン・マークⅡです!』
「まさか改良したの?」
『はい! その試し打ちをしようと公園に来てたんです。そしたらこんなことに……くそっ、もっと早くおれ――』
「そのインクの持続時間はどれくらいですか?」
メアリーもセオリーも西田くんに当たりが強い気がする。僕も気をつけよう。
『たぶん1時間から2時間くらいかと。でも暗くなり始めていたからもっと短いかも』
「都内は街灯が多いですから。でも期待半分としておきましょう。それでは――」
「あっちょっと待って! 西田くん、メアリーのお母さんは警視庁に務めてるんだ。鑑識課の日下部さんって言えばわかるかも。それも警察の人に伝えておいて!」
西田くんの返答と同時に彼女はブツっと電話を切ると、長い髪を後ろで束ねて結び始めた。
「じゃあ私たちも行きましょうか」
「行くってどこへ?」
「もちろん犯人の追跡です。例の公園がある道はしばらく一本道でした。まずは大通りに出る地点へ向かいます」
「で、でも車はとっくに通り過ぎてるんじゃ?」
結び終えた髪をすっと撫でながら彼女は答えた。
「私たちにはナクトがあるじゃないですか」
瀬織ちゃんがしたり顔でニヤリと笑った。綺麗な子はどんな顔でも似合うもんだ。
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