第3話 光陰矢の如し
怜奈の部屋に入ると、例のバッグがテーブルにぽつねんと置いてあった。二年くらい前から使っている仕事用のバッグで、黒革の割とベーシックなタイプだ。今日はプライベートで出掛けてるので、これとは別のブランド物のバッグを彼女は持っていっている。
黒革と聞くとなぜか秘密めいたものを感じるのは、サスペンスドラマの見過ぎだろうか。
ドラマの刑事さながら、僕は白の手袋をはめ一度大きく深呼吸をして『ナクト』をバッグに押し当てた。そしてカメラ機能をオンにする。
「…………。あっ、手袋してるから反応しないのか」
見えないなにかにペコペコと頭を下げながら、僕は右の手袋をはずした。改めてスマホのカメラアイコンをタップする。映し出されたのは綺麗な夜景だった。
あの時見たアヘ映像は9月22日の21時。僕はその前から探ってみようと、日時を22日の19時に設定していた。
「これは夜景の見えるレストランみたいなところかな?」
残念ながら怜奈の姿は見えないが、窓にうっすら反射して食事をしている様な光景が見える。試しにバッグの反対側に『ナクト』を当てると今度は店内の様子がはっきり見えた。おそらくサイドテーブルかなにかにバッグを置いていたのだろう。楽し気に食事をする怜奈の姿もばっちりと映っている。
「ほんとにすごいな……ナクト」
僕は怜奈のことよりもナクトの性能に驚いてしまった。見たい時間の映像が見れて、しかも視点まで変えられる。それこそ、迷宮入りした未解決事件を解決出来たり、歴史の真実を垣間見る事も可能ではないだろうか。JFKを暗殺したのは本当にオズワルドなのか? 織田信長は果たして本能寺でその生涯を閉じたのか?
まさに時空を超えてあらゆる物事を見る事ができる、全知全能の目と言っても過言ではない。でもここで僕はふと気付く。
「こんなにすごい装置を浮気調査なんかに使っていいのだろうか……」
ふいに訪れる罪悪感。なんてちっぽけなことに僕は偉大なるナクト様を利用してしまっているのか。僕はテーブルの上に、ナクトをコトリと静かに置いた。
ナクトが見せるのは全て過ぎ去った過去。それはやり直すことも出来ないし、取り戻すこともできはしない。まさに「光陰矢の如し」。実は僕の名前「
「過ぎた時は戻らない、だから今を大切に生きなさい」
幼い頃、そう父に言われたことを思い出した。
訳もなく涙が溢れてきた――
怜奈と初めて手をつないだ時のこと。
海の見える観覧車で初めてキスをしたこと。
そして、初めて一緒に過ごした夜のこと。
僕と付き合い始めて、怜奈はどんどんかわいくなった。どんどん綺麗になっていった。
当然、周りの男から誘われることが多くなった。僕は一人でやきもきしてたけど、彼女は笑って「平気よ」と言ってくれた。
その言葉が嬉しくて僕はもっと彼女が好きになった。
「私はずっとコーヤくんの
河川敷で聞いたあの言葉はずっと僕の支えだった。でもいつしかそれを免罪符にしていたのかもしれない。
怜奈は一流企業に就職してきちんと働いている。片や僕はいつまでもふらふらと夢を追っている。これじゃ愛想尽かされても仕方ないだろう。むしろよく今まで何も言わずに一緒にいてくれたと思う。
ずずずーっと僕は一息に鼻水をすすった。
「よしっ!」
なにかが吹っ切れた。浮気調査は終了だ。確かに浮気は許せないが、その原因の一端は僕にもある。ここは潔く、怜奈の心変わりを受け入れようじゃないか。そしてきれいさっぱりこの恋を終わりにしよう。
「でも相手が誰かは気になるな……」
僕は再び『ナクト』のカメラをオンにした。さっき当てた場所から少し角度を変える。この向きであれば怜奈の正面に座っているであろう男の顔がわかるはずだ。
数秒の沈黙の後、『ナクト』がその男の顔を映し出す。僕はそれを見て思わず息を呑んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
第3話を読んで頂きありがとうございます。
あれ? マテウスさん何をごそごそやってるんですか?
マテウス「Ich habe von jemandem gehört, der Autor fühlt sich deprimiert, weil sein ☆ nicht wächst.(なかなか☆が増えず作者が凹んでいると聞いてな)Ich habe ein ☆sammelgerät gebaut.(☆集積装置を作ってみたんだ)」
そ、そんなモノまで作れるんですか?
マテウス「Ich bin ein großartiger Erfinder !(私は偉大な発明家だからな!)Ich fange gleich damit an !(よし、早速起動するぞ!)
Nackt !(ナクト!)」
もはやナクトが呪文か掛け声みたいになってませんか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます