第10話 救出戦
「才霞! 才霞! さ……姫様!」
才霞を呼ぶ必死の声が聞こえる。それを掻き消すような足音に負けじと、才霞も声を張り上げた。
「翔理、ここよ! 翔――っ!」
「うるさい!」
そんな才霞を突き飛ばして、八津山は座敷牢を後にする。ガチャンと音を立てて、出入り口には再びかんぬき錠が掛けられた。
倒れ伏す才霞に、智仁が気遣うように駆け寄ってくる。安心させるように「大丈夫よ」と返して、才霞は身を起こした。ささくれ立った畳で擦れた肩をさする。
王国軍の兵士に混ざり、翔理が駆けてきたのはその時だった。
「姫様!」
「翔理!」
抜き身の刀を手に、走ってきた勢いそのまま。ぶつかるように木枠にしがみついた翔理に、才霞もまた駆け寄った。離れていたのはたった数刻のはずなのに、なんだか随分と久しぶりに会うような気がした。
「無事ですか! 怪我は……!」
「大丈夫よ。翔理こそ、怪我はない?」
全力で駆けてきたのだろう。肩で息をする翔理は、八津山の私兵と戦ってきたのか、服のところどころに返り血が付いていた。
「俺は大丈夫です。すぐに扉を開けます。……すまない」
後悔の言葉を口にする翔理に、才霞はゆるりと首を振った。
「いいのよ」
「……すまない」
もう一度、心の底から絞り出したような翔理の声に、才霞は胸元で拳を握った。
――その悔恨でさえ、嬉しく思うだなんて。
「それにしても、随分と早く軍が動いたのね」
「八津山が才……姫様を攫ったとの情報を『影』が掴みましたので。人身売買の件とも合わせ、杜岐が武力制圧に踏み切ったのです」
かんぬき錠を弄りながら翔理が答える。しかし才霞の細指二、三本はありそうな太いかんぬきが外れる気配はない。
「くそ! あのタヌキジジイ、クソほど頑丈な鍵つけやがって!」
痺れを切らした翔理が、牢を足蹴にする。その顔に、大きな影が被さった。
「どけ、翔理」
山のような巨体――雷公将軍が、翔理の背後からぬらりと現れた。
「お下がり下さい、姫様。今、お出しいたしますゆえ」
忠告するのが早いか否か、将軍は肩に背負った大剣を振りかぶる。
才霞は慌てて壁際まで後退し、智仁を抱き込んで背を丸めた。
「ぬぅん!」
低い唸り声と共に大剣が大きく振られる。次の瞬間、太々とした木材で組まれた格子は粉々に吹き飛んでいた。
「さぁ、お早く」
「姫様」
翔理が手を差し伸べる。座敷牢に開けられた大穴から翔理の手を取った。服を引っかけないようにそろそろと外に出る。次いで智仁を牢から出す。きょろきょろと辺りを見回して怯える智仁の手を、才霞はしっかり握った。それに応えるように、智仁もまた手を握り返す。
屋敷内は乱戦状態だった。
どこから湧いてくるのか、将軍や翔理が斬り捨てた傍から、黒服の私兵が湧いてくる。
人身売買の事実に加え、尋常ではない私兵の数。これは、随分と後ろ暗いことが隠れていそうだ。
「制圧は儂らに任せろ。翔理は先に、姫様たちを安全な場所へ」
師の指示に翔理がしかと頷き、突入口である玄関へ向かおうとする。
その時だった。
「ガキが……死ねえぇぇぇぇ!」
伏して動かなくなっていた敵兵の一人が、猛然と起き上がった。
手には、刀。
口の端から血を飛び散らせながら、刃こぼれした刀を智仁に振りかぶり――
「智仁くん!」
才霞は咄嗟に、智仁に覆い被さった。
――時が、ゆっくりと流れていった。
王国軍と敵が鍔迫り合いを繰り広げ、そのどちらもが血を流して倒れていき。
「ばっ……」
翔理が蒼白な顔で振り返り、気付いた雷公将軍が踵を返そうとし。
月光を反射しながら、振り下ろされる――刀。
まばたき一つ許さぬ、美しいその刹那。
「才霞っ!!」
翔理が駆けた。
悲鳴じみた声と共に、甲高い音が響く。
気付けば才霞と敵の間に滑り込んだ翔理が、相手の刃を受け止めていた。そのまま刀の背に手を当て、力任せに押し返す。吹き飛んだ敵を雷公将軍がなぎ払った。
ハァハァと、翔理が肩で息をする。
その様子を見て、才霞はずるりと全身から力が抜けていくのを感じた。
「っの、馬鹿野郎!」
翔理が振り返って、声を荒げる。
ずるりと全身から力が抜けていく。そんな才霞を振り返って、翔理が声を荒げた。
「自分を盾にするなんて、何考えてやがる! 何を……自分の立場を、分かってるのか!」
「…………」
鬼のような形相から、周囲を憚らぬ怒声が飛んでくる。腕の中の智仁がびくりと身体を震わせ、才霞にしがみついた。
そんな智仁を、才霞はぎゅっと抱き締める。
才霞は、謝らなかった。
その様子に、翔理がハッと我に返る。それから俯き、顔を背ける。
「……無事で、よかった」
ぽつり。そう零した翔理の顔は、月明かりの影になっていて見えなかった。
才霞は静かに立ち上がる。それからそっと、俯く翔理の背に手を回し、抱き締めた。
「ありがとう。翔理。助けに来てくれて」
胸に額を寄せる。そんな才霞に、翔理は「当然です」と言う。
「……俺は、あなたの花守なんですから。……守れなくて、悪かった」
翔理が抱き締め返してくれることは、ない。
――花守だから。
それでも、いい。
「いい、いいのよ。……そうね。翔理はわたしの、花守だものね」
喧騒の中、身を寄せ合う。
子供と大人の境。少女一人、少年一人。
そんな二人を、雷公将軍はじっと見つめていた。
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