第4話
『………という事があってね、たぶん、私はその人に嫌われちゃったんだ』
『ゆめさんでも怒る事ってあるんですね。意外です』
『しょっちゅうだよぉ。表に出してないだけで心の中じゃいつも大荒れ!』
『あはは、僕も同じです。僕なんかは頭の中で色々考えすぎて逆に何も言えなくなるんですよね』
『そう! そうなの! あー、ケンジさんってやっぱ話しやすいなー。話しを聞いてくれてる感じするし、落ち着いてて優しいし』
『そんなことないですよー。そう言ってくれるのはゆめさんだけです』
『嘘だー! ケンジさん絶対モテるでしょ』
家に帰ってからすぐにスマホを取り出す。自室へと逃げるように飛び込んでカバンも放り投げて一つの期待を込めてスリープを解除する。
デフォルトで設定されている味気ないロック画面の下端にその通知を見つけると、僕の心臓がドキンと脈打つのだった。
例の出会い系アプリを入れてから早くも一週間が経った。そこで一番初めに知り合ったのが『ゆめさん』という女性である。すぐにやめるつもりだった。アプリを入れた当初はすぐにやめられると思っていたのだけど……
「いまやり取りをやめたら、ゆめさんは悲しむだろうな」
そんな思いが僕を縛り付けてやめられずにいた。
メッセージを送るためにはポイントを買う必要がある。リアルマネーである。それなりにかさむ課金額を捻出するには身銭を切る必要があり、バイトをしていない僕は大変厳しい懐事情を強いられてしまうのだが、それでもラインを交換できない理由があった。
理由がある。と言えばさぞたいそうな事情があるように思われるかもしれないが、ただ僕の個人情報をばらしたくないだけである。
何度もゆめさんに会いたいと言われているのを断るのも、すべて僕が高校生であることを隠しておきたいからである。
考えてもみて欲しいのだけど、高校生である僕が出会い系アプリを使っている事が知られたら学校から親から指導が入るに違いない。それは学校から干される事を意味し、小学生が学校の大便器を利用するに等しい屈辱なのである。
一人で生きる術も環境も無い、親のすねをかじる他ない僕が狭い学校社会で干されたら残る1年半は寒風吹きすさぶ地獄を見る事疑いない。
ゆめさんには悲しい思いをさせてしまうけれど、もうやり取りをやめた方が身のためなのではないだろうか。
『……あの、どうしても会ってはくれないんですか』
『どうしても、会えないわけがあります』
『そうですか……私、あまり男の人と話したことが無くて、私がもっと男の人の気持ちを分かっていたらあの人を怒る事も怒らせる事も無かったのかなと思うと、男の人の事が知りたくて仕方がないんです』
……………………。
『ケンジさんなら信頼できるから。どうか、1回でいいんです。1度だけ、私とデートをしてくれませんか』
『それは………』
僕は大変困った。
ゆめさんと会う事がとても怖い事に思えた。
この1週間、ずっとゆめさんとやり取りをしていた。彼女が自営業主である事も、年上の25歳である事も知っている。同じ県に住んでいる事も読書と映画が好きな事も知っている。だけどそれらは情報に過ぎないのだ。
僕は『ゆめさん』という架空の人物を脳内に作り出して、彼女からもらったピースを当てはめている。言葉遣いから容姿を連想して、こんな声だろうかと妄想しているに過ぎないのである。
僕の作り出した『ゆめさん』と本物のゆめさんの間には大きな
いまが引き際なのかもしれない。
『ゆめさん。申し訳ないけれど会う事はできません。僕は、本当は大人なんかじゃない。あなたに嘘をついていました。そんな男が信頼に足るわけがありません』
打ち明けようと思った。すべてを打ち明けて終わらせようと思った。
僕はアプリを消す覚悟で言葉を打った。
ズルズルと続く腐れ縁は来栖だけで良い。ゆめさんとの関係に先は無いのだから、いっそここで終わらせてしまった方がお互いのためだ。
僕は深呼吸をして送信ボタンを押そうとした。その前に………
『もし会っていただけたら、何でもします。ケンジさんなら、信じられるから』
『会いましょう』
『本当ですか! じゃあ日取りは………』
やはり性欲というは厄介なものである。
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