第10話 マスクと首無し

 「ねえ、そういえば気になってることあったんだけど」


 「何だ?」


 「あんたが言ってたジンメンケンとかヨーカイってなに?」


 「それは…いやそれを一体どこで?」


 「あんたが捕まった時言ってたでしょ」


 「君あそこにいたのか…」


俺が捕まってから数日が過ぎ、俺は給仕係のヒマワリという少女と仲良くなっていた。彼女とは何度か話すうちにこんな他愛もない会話もするくらいには打ち解けている。


 「そんなことより教えてよ」


 「人面犬ってのは俺みたいな顔が人間の犬のことだよ、で妖怪は人面犬みたいなこの世のものではない不思議なもののことさ。お化けともいう…いや、俺は違うぞ!理由があるんだから」


 「フーン、あんたが生きてた100年前にはそういうお化けってのがいたの?」


 「いや、いなかったというか…もういるとは思われていなかった…か?」


 「どういうこと?」


 「昔は居ると信じられていたんだ。100年前のそのまた100年前、いや…さらにもう100年前くらいには。でも時代が進むにつれてそういうのはいないって考えられるようになったんだ」


 「何であんたはそんな300年も前のことを知ってるの?」


 「そりゃ漫画とかアニメとか、後はゲームとか、そういうので知ったんだよ」


 「何それ?」


 「うーん、そこからか…」


そうこういっているうちにヒマワリは給仕の作業を終え、空になったサイバネフードのパックを片付ける。そして引き続き給電に入るために、ポータブルバッテリーの充電ケーブルを俺の義体に差し込んだ。


 「それじゃ充電が終わるころにまた来るから」


そう言ってヒマワリは地下牢を立ち去ろうとする。


 「あー…なあ、どうもたまにはこの、生命維持装置にも充電した方がいいみたいなんだよ。だからこっちにも充電器をさしてくれないか?」


俺はそういうと催促するように体の左側に付いた生命維持装置をヒマワリに向けた。電撃で受けた損傷は既に回復しており、普段通りに動けるようになっていた。


俺の要求にヒマワリは一瞬迷うようなそぶりを見せたが、要望通りに生命維持装置にも充電器をセットしてくれた。


 「ありがとう」


ヒマワリは俺の礼に一瞬優し気な目をするとそのまま挨拶もなしに地下牢を後にした。


 「ハァ…」


俺は思わずため息を漏らした。ここまでは何とかうまくいっている。


YIYASAKAを使った調査でこの義体の情報や操作方法について知ることができた。どうやらこの体は市販のペットロボットを改造したもので、違法に追加された機器とソフトで無理やりサイボーグにしているらしい。体の外に生命維持装置がむき出しになっているのもそのためだろう。


当然フリダヤも違法改造の産物なのだが、フリダヤのような汎用AIをこの体で運用するにはカスタム設定でなければならないようだ。電撃を浴びて義体が緊急停止した際に設定が初期化されてしまったのだろう。現在のデフォルト設定ではフリダヤは動かせなくなっている。


調査の結果汎用AIを運用するためのカスタム設定はわかったのだが、設定を適用するためには再起動が必要なようだ。再起動中、生命維持装置への給電が途切れてしまったらいけない。だから生命維持装置にも給電するようヒマワリにお願いしたというわけだ。せっかく仲良くなったのに彼女をだます形になってしまったが、背に腹は変えられない。


 (あとは再起動をしてっと…)


再起動の操作をすると、義体から力が抜けて動くことが出来なくなる、一方体に備え付けられた生命維持装置は動いており俺の生身にも異常はない。ひとまずは成功!とはいえ再起動後に義体に異常が発生しないとも限らない、これは大きな賭けだ。


 「無事再起動してくれ…!」



私はいつものようにクサマキの給仕を終えると東南隅櫓の出口へ向かう。外へ出る直前私はいつものようにマスクに隙間ができていないか確認する。コイツと遮光素材でできた衣服で全身を包まないと日光に当たった瞬間全身に発疹が出てしまう。発疹は気がおかしくなりそうなほどの痒みを伴い、すさまじく苦痛。そしてそれを放置していると病変が呼吸器にまでおよび、息ができなくなり死んでしまう。地下で作られている薬を使えば死ななくて済むらしいけど、そんなものは手に入らない。クサマキも薬は持っていなかった。母はこの病気で死んでしまった。父はどこにいるのかわからない。物心着く前から当たり前の、私の人生の前提。


 「おい!ヒマワリ何やってたんだ?」


狩の仲間の一人が聞く。


 「犬の餌やり」


そう答えると私は城への道を急いだ。今声をかけた仲間はクサマキが邪魔をしなければ獲物の解体作業をしていたはず、でも仕事が無くなったので今は暇を持て余している。アイツのせいで色々予定が狂ってしまった。だからアイツが生かされたのは正直意外だった。戴くもの戴いたらもう用無しだ思っていたのに。


遠くから、バキバキという轟音が聞こえてきた。音の方を見ると巨大なドローンが“鋏”を使って建築物を解体していた。機体の各部に山を二つ張り合わせたような紋章があるのでこれは環境省のものだ。バスぐらいの大きさで、白い装甲をしている。3対の歩脚で移動する姿はまるで巨大な蟹か蜘蛛のようだ。海老のように突き出した頭部には光学センサー、つまり目が密集しており、等間隔に並ぶそれが、この機械に無機質な印象を与えていた。


こいつは物資搬入用ではないので狩の対象ではない。あれを倒しても“身”なんてないのだから。建築物を解体し、跡地に樹木を植えるこいつはヒバシリに取っては住処を奪う厄介な存在。だけど、私たちが生活している名古屋城のような歴史的な建造物は解体の対象外。なのでここにいる限り安全だ。


私は、ドローンを無視して天守閣へ向かった。長に呼ばれているのだ。


 「ヒマワリです」


 「入れ」


天守閣には長のほかに、首のない男と異様に太った男がいた。来客だ。クサマキに負けず劣らずのヨーカイっぷりだが、私はこいつらのことは既に知っていたので驚かなかった。


 「お久しぶりです、ナイトウ様」


 「どーも」


ナイトウは私に対して短く挨拶した。私は三人に対してお茶を出した。長は身寄りのない私に秘書のような役割を与えてくれている。


 「変わったことはないか?パイン」


“パイン”というのは長の通称だ。本当はもっと日本人らしい名前があるらしいのだが、誰も知らない。


 「変わりはないよ、ナイトウ。君こそ突然どうした?アポなしで来るなんて驚いたぞ」


 「つれないねぇ。こういう交流は密に取っておくものだぜ?近くを通りかかったんで、挨拶がてら寄っただけさぁ」


ナイトウが虚空に対して湯呑を傾けながら言った。本来ならば口がある辺りで行われたが、当然茶は飲まれず、湯呑の中身は減っていない。対照的に横に座っているヤスの湯呑は空になっていた。緊張して喉が乾いたのだろう。私はヤスの湯呑に茶を注いだ。


 「うまいな、どこで手に入れた?何かレアものでも手に入ったか?」


 「いいや、それはごく普通の物資搬入用ドローンを狩った時のもののはずだ。いい加減ここに来た本当の理由を教えてくれてもいいんじゃないか?こういう時間の無駄がお前は一番嫌いなはずだろう?」


パインの追及にナイトウは両手を上げてわざとらしく“降参”のポーズを取ると観念したのか事情を話始める。


 「ここに来た目的は簡単に言うと探し物だ。組のもんがヘマをしてブツを無くした。そいつを俺がしりぬぐいしてる」


 「部下の不始末をわざわざ君が?」


 「あぁそうさ!断りもなしに組のもんをお前の島でうろつかせるわけにもいかないだろう?お前とはいい関係でいたい」


ナイトウのツヤバキ会とヒバシリには交流がある。お互い入手困難な物資を融通し合う関係だ。


 「なるほど。して、そのブツとは?」


 「犬だ、人の首のな。」


 「それは面妖な」


 「だろ?心当たりは無いか?」


 「さて…犬なら何匹も狩っているが…私とてすべてを把握しているわけではないのでな、確認がいる。すぐにはわからんぞ」


 「ン?…そうかい、それじゃあわかったら知らせてくれ」


ナイトウはそういうと、自分の湯呑の茶をヤスの空になった湯呑に注ぐと立ち上がった。


 「もう行くのか?」


 「ああ、野暮用を思い出した」


ヤスはナイトウの奇行のせいで満タンになった自分の湯呑を見てオロオロしている。


 「ヤス!飲むんだったらさっさと飲んじまえ!!」


 「へ、ヘイィ!!」


ナイトウの叱責にヤスは湯呑の茶を無視して勢いよく立ち上がった。


 「邪魔したな。ブツの件たのんだぜ」


 「ああ、わかった」


そうやって言いたいことだけ言うと二人は足早に天守閣を後にした。


 「どういうことなんでしょうか?」


ナイトウはクサマキを探しているようだ。私には変なジンメンケンにしか見えないけど。


 「さあな…いずれにせよ、犬の件は私が預かろう。友からの直々の依頼、無碍には出来んのでな」


もったいぶった言い方をしているのは、ナイトウに聞かれる可能性を考慮してのことだ。ああいうサイボーグには高性能な音響センサーがついていてもおかしくない。


いずれにせよナイトウが直接出張るような事態、クサマキには私がこれ以上関わることはないだろう。ちょっと寂しい気もするけど。


 「承知しました」


来客の対応が終わった以上、ここに長居する必要はない。私は別の作業に取り掛かるべく天守閣から出ようとした、その時。突然外から何かをへし折るようなバキバキという騒音と悲鳴と怒号の混じった喧騒が聞こえてきた。


私はすかさず遮光カーテンをめくり外の様子を見る。名古屋城の西側、霜傑跡付近に巨大ドローンがとりついていた。その六脚で樹木をかき分けながら名古屋城本丸を目指してゆっくりと進んでいる


 「何でアイツが!?」


自然物や歴史的建造物には手を出さないはずなのに、どうして。



 「な…なんだ?」


なにやら、外が騒がしくなってきた。何か良くないことが起きたことは明白だ。そんなヤバい状態になっているにもかかわらず、俺は地下牢の中で身動きが取れない状態にあった。義体の再起動がなかなか終わらない。


 「こんな時だってのに、頼むよ…早くしてくれ!」


喧騒と騒音が間近に迫る中、ついに義体の再起動が完了する。頼む何事もなく無事に起動してくれ!


 「おはようございます、クサマキ様」


目の前にいつものハート形が現れた。

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