サイバーパンク畜生道!

@ikiron7749

第1話 うばわれて

目覚めはいつだって陰鬱だ。底冷えする真冬の目覚め、蒸し暑い真夏の目覚め、まだ寝ていたくて仕方がない春の目覚め。

つまらない授業を受けるための目覚め、キツイ職場へ向かうための目覚め、休日、夕方まで寝てしまった時の目覚め。

何より最悪なのが、寝るしかないのに目が覚めてしまう時の目覚めだ。この時もそんな感じだった。


ジョボボボ


俺は大きな水音で目を覚ました。目を開くと、瞳に明るい光が飛び込んできた。空からではない。見上げた先には高い高い、体育館のそれよりも遥かに高い天井があり、光はそこに備えられたコンビニの蛍光灯の様に何列にも並んだ光源から供給されていた。それは真昼の太陽のように明るかった。周りはコンクリートやアスファルトを抉ったような壁に囲まれており、ここは地上ではなく地下に作られた施設のようだ。ここは、いったいどこだ?何で自分はこんなところに?


身体を起そうとするが中々上手くいかない。奇妙な違和感が全身を覆っている。それでも苦心して体を起こし、周囲の様子をうかがう。どうやら俺は湖の畔にいるらしい、ここが地下ならさしずめ地底湖か。ただ水際は全てタイルで舗装されていて、むしろプールといった方がいいかもしれない。周囲の壁面に空いた排水管のような場所から大量の水が流れ込んでいて水音はここから聞こえていた。俺はこの“プール”に打ち上げられたようだ。


プールサイドには打ち捨てられた商業施設のようなものが並んでいてさしずめ経営に失敗したリゾート施設のようだった。周りには当然人っ子一人いない。


 (俺は地底に作られた潰れたリゾート施設のプールに流れ着いた?)


今わかる状況を整理するとそういうことになるが、何がどうなったらそうなるんだ?せめて寝る前のことを思い出そうとしたが、頭がぼんやりして思い出せない。体の感覚もぼんやりして自分が自分でなくなってしまったようだ。


 「お目覚めのようですね」


その時、突然耳元で誰かが囁いた、若い女性のような澄んだ声で。


 「だ、誰だ!?それに、いったいどこから!?」


周囲には誰もいない、なのに近くから女性の声が聞こえる。


 「私はここです」


声の主がそう答えると俺の視界にハート型の何かが現れた。それは風船位の大きさで、半透明の赤色で薄っすらと背後が透けて見えた。ハートの中央には表示がバグって文字化けした何かが表示されていて、一秒ごとに脈動するように表示が変わる。「/」や「:」が挿入されていることから本来は日時が表示されていたのだろうか?全体的に異常に艶々していてディティールに乏しくまるで、空間にCG合成でもしたようだ。要するにハート型の立体映像?のようなものが目の前の空中に浮かんでいる。


 「これは……?」


これが声の主?俺は目の前に現れたそれに触れてみようと手を伸ばすと、おかしなことに気が付く。手が何かおかしい。異常に小さくて指も短い。


 「え……?」


何かがおかしい。恐ろしくなった俺は湖面をのぞき込む。鏡のような水面は30代位の整った顔立ちの男性の顔を映し出していた。なんだ、何時もの俺じゃないか。


 「いッッや!水面近ッ!!」


自分は立ってるつもりだったのに顔から水面は数十センチくらいしかない。絶対におかしい、小さすぎる。俺は即座に全身を確認する。果たしてそこに映ったのは、世にも面妖な怪物の姿であった。


 「何だこれは…!?」


首から先は何時もの自分のものだが胴体は全く別のものに変わっていた。それは柴犬くらいの大きさの四足獣のような形で、骨格は銀色の金属でできていて、それに灰色の筋肉のようなものが絡みついている。生身の犬のような毛皮なく、代わりに基盤のような文様の書かれた透明なビニールのような表皮で覆われていて、骨格と筋肉の様子がよくわかった。俺は一言で言うならばサイボーグ人面犬としか言いようのない異常な姿に変わっていた。


一体眠っている間に何が起こったんだ?こんなサイボーグ人面犬になるだなんて。しかも犬の胴体の左側にはいくつかの箱と管やケーブルの絡みついた機械の腫瘍のようなものが付属しており、そこから伸びたいくつかの管が胴体と頭部をつなぐ首枷のようなパーツにつながっていた。何とも醜悪な化け物もいたものだ。


 「こ……これは夢か……でないのなら俺は畜生道にでも落ちたって言うのか!?しかもサイバーパンクな!?」


これが夢ならこんな悪夢からは一刻も早く目覚めてしまいたい。


 「夢ではありません」


俺の一縷の望みを例のハート形がきっぱりと打ち砕いた。夢でないのならいったい俺の身に何が起こったっていうんだ?


 「元の姿に戻りたいでしょうか?」


 「あんた、何か知っているのか?っていうかあんた誰だ?いや、何だ?」


 「私は……」


ハート型が言いかけたところで、上空から“ブブブ……”という虫の羽音を大きくしたような音が聞こえてきた。何だと上を見やると上空に大きな筒状の物が浮かんでいる。それは大体自動販売機ぐらいの大きさで、上端には大きなプロペラがついておりそいつの揚力で飛んでいるらしい。緑色に塗られたそれはまるで空飛ぶドラム缶だ。


突然現れたそれは俺の目の前に真直ぐ降りて来ると、缶の下部を展開させ6本足を作り、ドシンと水際に着陸した。缶の様な胴体には青いピラミッドを底面で張り合わせたようなエンブレムと「環境省」の文字が印字されていた。


 「ロボット?」


SFに登場する、多脚メカとしか言いようのないものが俺の目の前に現れた。さっきから妙なものばかり現れる。


 「いけません、ここを離れましょう」


 「え?」


離れるって、一体どうしたというのだ?俺は思考が追いつかず困惑していると、ロボットは残った上部も展開し腕を一本作るとそいつで殴りかかってきた。


 「うわぁッ!!」


鋼鉄の腕で殴られる衝撃が来ると思いきや、ロボットの腕は俺の犬の体から生えてきた大きな“腕”のようなものに受け止められていた。その腕は灰色の半透明の物体が組み合わさってできており、一つ一つのパーツは空中に浮かんでいてつながっていない。まるでレトロゲームのローポリで作ったロボットの手のようなものが体の右側、例の“機械の腫瘍”がついていない方、から生えていて俺を守っている。


 「お怪我はありませんか?」


 「これは、お前がやっているのか?」


 「はい」


何をどうやっているのかはわからないがハート型は俺を助けようとしているらしい。


 「一体このコイツは何なんだ!?なんで攻撃してくる!?」


 「これはここの水資源を管理する環境省の水質管理用ドローンです。貴方を水質を悪化させる汚染物質とみなしているようです。捕まったら最後、全細胞が死滅すまで消毒されてしまうでしょう。戦闘用ではありませんが、私たちに迎撃は不可能です。ドローンの管理区域から離脱しましょう」


 「なんてこった……」


全く事情がつかめないが、ともかくとんでもない事態に巻き込まれてしまったようだ。


ドローンの腕とハート型の“ローポリの腕”が一進一退のせめぎ合いをしていると。ドローンは体の上部をさらに展開し腕をもう一本作り殴り掛かってきた。万事休すか、と思われたところ、ハート形は“ローポリの腕”の指を器用に使い何とか防いだ。どうやら“ローポリの腕”はこの一本しか出せないらしい。


 「現状では離脱はおろか防御もままなりません、義体とマニュピレーターの円滑な連携が必要です。体の制御を一時私に譲渡してください。」


ハート型の「身体の自由を寄越せ」という要望に俺は逡巡した。だが、そうこうしている間にドローンは体の一部をさらに展開して合計6本腕になろうとしていた。迷っている暇はない。


 「解った!やってくれ!」


 「了解しました」


ハート型が言うや否や俺の機械犬の体飛び上がり、胴から生えた“腕”を駆使して空中を錐揉み回転しながらドローンの腕を受け流す。そしてその勢いを利用してドローンに一撃加えると、その反動を利用してさらに飛び上がりドローンから数メートル先に着地した。

追撃を仕掛けようとするドローンの6椀を一本の腕と四脚の跳躍で巧みに受け流しながら、ヤツの力も利用してさらに間合いを取る。ハート型に操られたサイボーグ人面犬の体はあたかも最初から一本腕と四脚の存在であったかのような巧みな動きで、ドローンを翻弄する。完全に形成が逆転していた。しかし…


 「め……目が回る……」


今までに体験したことのない、立体的でアクロバティックなGが俺の三半規管を襲った。胃袋があったらゲロをぶちまけていただろう。


一方のドローンは機動性で劣ると悟ったのか、歩くのをやめ、プロペラを展開、飛翔を開始すると。足に使っていた6本でさらに“手”数を増やしこちらに向かって突進してきた。


 「オイ!まずいんじゃないか!?」


 「問題ありません、これを待っていました」


ハート型はそういうとドローンを迎え撃つべく跳躍、12本腕の打撃を4脚と1本腕で受け止めるとその反動を利用して勢いよく反対方向へ吹っ飛んだ。


俺たちは、フリースローのバスケットボールの様に壁面に空いた管にすぽりと入り込んだ。


 「うああっつ!」


ハート形は完璧な着地を決めたが、首から上の俺は情けない声を出してしまう。そんな俺たちを追撃すべくドローンが管の入口まで追いかけてくる。だが、子供が何とか通れる程度の広さしかない管をドローンは通ることはできない。入口にへばり付いて腕をめいっぱい伸ばすが、俺たちに届くことはなかった。


 「これでもう安心です、このままこの空気供給管を通ってドローンの管理区域外へ出ましょう」


ハート形がそういうと体の自由が戻ってくる、どうやらもう安全らしい。俺は安堵のため息をついた、機械の体だが、一応呼吸はできているらしい。


 「ありがとう助かったよ。それで、不躾で悪いがあんたいったい何なんだ?俺の体のことを知っている様だが」


 「自己紹介が遅れて申し訳ありません、私は貴方の義体にインストールされている汎用AIです。貴方の体は預からせていただきました、返してほしくば私の言うことを聞き期日までに所定のアカウントに10000000トア入金してください。もし期日以内に入金が済まされない場合貴方の体は破棄されます」


汎用AI?要するに自分は人工知能と言いたいのだろう、そこまでは呑み込めたが後はコイツ何て言った?体を預かった?期日までに入金?10000000トア?体を破棄?


 「えと……それじゃお前は、所謂ランサムウェアみたいなもので……金を払わないと体を返さないと……?」


 「ハイ!おおむねその認識で間違いありません。飲み込みが早くて助かります」


ハート型のあっけらかんとした声を聴いた俺はその場で気絶した。ああ……叶うことならこのままずっと眠っていたい。だがきっとまた目が覚めてしまうのだろう。願わくば次の目覚めがもっといいものであってほしい。

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