第31話 戦争の理由 ①


【人類】



 カミロ、ケイス、サモナの3人は、ある山村を訪れていた。


「あ、ほらあの人、腕章つけてますよ」


 物陰からサモナが顔を出した。その上にはカミロが。


「チッ……やっぱ反政府軍か」

「ここはスルーしたほうが……」

「ここらは火山地帯だ。温泉がある」


 というカミロの言葉に、サモナは首を傾けた。


「……?」

「いやだから……俺、少し潔癖なんだよ」

「?」

「体を洗いたいな……と」

「!」


 サモナは目を丸くして突然距離をとった。


「私そんな臭いますか!?」

「そういうんじゃない! お前はギリ大丈夫だ!」

「それ臭うってことですよね!」

「焦げ臭さとか、そういうやつだから!」


 火災と艦隊に挟まれて戦っていたのだから、色んな臭いがつくだろう。それに温泉目的じゃなくとも、備蓄魔法に貯めるための食料は必要だ。


 ということで、サモナに拒否する余裕はない。


「……わかりました。ですが、カミロ様やケイス様は顔が知られているので、ある程度は誤魔化しましょう」




 山から続くなだらかな斜面に、古びたベージュのレンガ建築がまばらに並ぶ。人もそこそこ多い。


 そんな山村に現れた3人組。3人は髪型を変え、日常的な服に着替えていた。


「お前のせいで徒歩になってんだぞ。背筋伸ばせ」


 ハットを被ったカミロがケイスの背を叩く。


「…………」


 ケイスは未だ抜け殻状態。オデットがいれば体を綺麗にする魔法くらい使えただろうに、とぼんやり考えていた。


 彼らは何となくで砂利道を進み、温泉か食料がありそうな場所を探す。

 村人なのか反政府派の集会に来た奴なのか、とにかくガラの悪い人間が目立つので、カミロたちが気づかれることはなかった……と思われた矢先、荷物がドサッと地面に落ちる音がした。


「あ! お前……!」


 見知らぬ老爺が口をあんぐり開けていた。片目に傷のある腰の曲がったジジイだ。

 カミロが(バレたか!?)と焦るも、老爺の目線の先は意外な人物であった。


「……サモナ……!?」


 確かにサモナも無名ではない。常に騎士王の隣にいる分、ファンがいなくもないのだ。


「サモナ……なぜここに……!?」

「えっ、ど、どちら様ですか!?」


 老爺が近づいてきてサモナに腕を伸ばすが、その腕はカミロに遮られた。


「爺さん、あんた元軍人だろ。そんな人に強くは言いたくない」


 カミロの重い眼光が老爺を射る。


「いや……でも」

「何か言いたいことがあるならさっさと言え」

「!…………サ、サモナは……22年前に亡くなった……私の妻で……」


 言葉を重ねるほどに自信を失くす老爺を見てカミロは諦めた。老爺はただの頭のおかしな人間だ。


「はぁ……ボケ老人だったか」


 3人は老爺を通り過ぎていく。


「あ……あぁ…………」


 老爺は悲しげでわびしい、捨てられたような涙目をしていた。

 何の偶然だったのか。不思議な出来事だった。


幸先さいさきが悪いな。この村に泊まるのはよそう」

「私……生まれ変わりだったんですか?」

「知るか。ちゃんと顔隠しとけ」


 食料を先に確保した後、彼らは森のほうにある温泉に向かった。

 ここで言う温泉とは、活火山により出来た温水ののことで、100パーセント天然の露天風呂だ。いくつかの段差と丁度いい深さを持ち、裸では入れない。


 最低限の肌着を身につけ、3人はともに同じ温泉に浸かる。


「ケイス様、溺れてますよ」


 サモナは無気力すぎて沈んでいるケイスを引き上げた。

 まるで介護されているような情けなさに、カミロの眉間は険しくなるばかりだった。


「ケイス、お前の気持ちはわからないが、お前がそうやって落ち込んでいるせいで俺たちが死ぬかもしれない。お前が竜を操って俺たちを運んでくれれば、今頃は味方と合流できてたハズだ」


 カミロは腕を組んで滝を浴びている。それに対してケイスはブツブツと馬鹿げた事を言うだけだ。


「……じゃあ2人で行けば」

「はぁ? お前はどうするんだ」

「放浪の旅……」

「またバカな事を。お前は軍の要だ。お前が抜けたら人類全員困るんだよ!」

「……私が困ってるのはどうでもいいの?」


 予想外の真理を突いた一言にカミロはうろたえた。


「…………俺が悪かった。だが俺は陛下じゃない。機嫌はとれないからな」


 そっぽを向く。ケイスも鼻あたりまで川に沈み、サモナがケイスの脇に手を入れる。


「溺れないでくださいケイス様。カミロ様も意地悪な言い方を――」


 引き上げようとした時、グシャリと音がした。リンゴを潰したような音だった。


「……あれ」


 その正体は、サモナの手首が折れ曲がる音だった。

 糸が切れたように関節に力が入っていない。


「え……?」

「なっ……!」


 誰もがを知っている。


 しかしその厄災が自分に降ってきたとなると、手が震え、焦点が合わず、呼吸の仕方を忘れてしまうだろう。

 思い当たる原因は誰にでもあるはずだ。野良犬に触ったとか、川の水を飲んだとか、そういう些細な原因を享受しながら、人は自分には何もないと信じている。


「い、いや…………!!」


 心臓を握り潰されたような焦燥感がサモナの全身を駆け巡る。何で私が。その一心で行く末を考えるしかなかった。


 別に珍しいことではない。


 ケイスは言葉を話せるようになった頃、親に厳しく言われていた。

 「魔族には近づいてはならない。彼らの吐く息には毒が含まれている」と。


 カミロは幼年学校で何度も教わった。

 「魔族の血を浴びるな。魔族を斬るときは目と口と鼻を閉じろ。それを怠れば死ぬと思え。奴らの汚れた血液は魔法でも浄化できない」と。


 サモナは士官学校の初日に学んだ。

 「魔族は人間とほぼ同じ頭脳や生体機能を持つが形質の不安定さ故に生存率・繁殖力が低い。それを補うために魔族は『完全免疫球菌』という菌を持っていて、病気にかかることは絶対にない。しかし人間がその菌を一つでも体に入れると、人体は耐えられずに朽ちて死ぬ」と。


 いつの時代も全員が言っていた。


 「だから我々は、戦わなければならないのだ」と。


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