ワワワ・ワールド・モラトリアム

上野世介

第1話 騎士王と魔王


 世界が平和を忘れた頃、ある会談が開かれた。


 『人魔じんま会談』。


 人類を率いる王の中の王『騎士王』と、魔族を統べる暴力の頂点『魔王』が言葉を使い、世界について話し合う。

 その記念すべき第5回はここ、『中立の塔』の最上階で行われていた。


 大理石で築かれた白い塔は正方形の土台部分、四角柱の一階層、八角柱の二階層、円柱形の最上階で構成され、その高さは140メートルに及ぶ。

 会談の際には土台部分にある東西で対となる2つの扉に一人ずつ入り、壁づたいの二重螺旋階段をひたすら登る。つまりその時点では2人は会うことはない。


 最上階の扉を押せば薄暗い部屋に入る。そこには必要最低限、天井の円形窓からのみ光が入射し、イスが二脚とテーブルが一つ。


 そうして始まるのが、世界の未来を握る会談だ。


 しかし向かい合って座る2人の王は、民が思っている数十倍、友好的であらかった。当然、2人だけのときに限るが。


「いやー、やっぱこの年になるとキツいよね」


 『魔王ワルフラ』はその大きな手で自らの肩を揉む。

 人類とはかけ離れた3メートルの巨体。強靭な肉体に黒いマントがかかり、四つの眼が不気味に笑う。禍々しい二本角は彼の威厳の象徴である。


「わかる~。私も35越えたら一気にきたわ」


 対する女性、『騎士王イエルカ』は魔王の半分ほどの体躯でありながら、炎を帯びたような赤眼と赤髪、傷一つない純白の鎧を身にまとい、目に映るような自信を放っていた。


 彼らこそが世界が見上げるリーダーであり、誰も敵わぬ最強の戦士。


 そんな彼らは嬉々として声を揃える。


「「!!」」


 会談の議題はそれ。


 最近の世界はうれいていた。

 終わりの見えない戦争による弊害へいがい。魔法の大量使用によって魔力が枯渇こかつし、世界中の魔力濃度がピーク時の半分にまで下がっていたのだった。


「ほらあれ、この前さ、隕石あったじゃん? あれでバニア大陸まるまる消えちゃったやつ。あれヤバいでしょ!」


 ワルフラは酔っぱらいみたく声を濁らせた。


「あー、ヤバかったね。さすがにあれは怒った。今も謹慎させてるし」

「それがいいよ。アイツの魔力消費スゴいしさ、そもそも魔力生物消しすぎだって。魔力生成量グンと下がったよ?」

「ホントごめんて。でもそっちだって、去年の大侵攻の時にルーダ地方まるまる汚染したじゃん」

「だー、耳が痛い!」

「反省しろ」


 2人は豪快にガハハと笑った。こんな姿を民に見られたら終わりだなというスリルが、素肌をくすぐるような無意識の笑いを引き起こしていた。


「で、どうするよ?」


 ワルフラの一言で静まり返った空間が、魔力不足という未解決問題を実感させる。


 解決策などあるはずがない。誰も見つけられない未知の領域だ。

 2人は「うーん」と首を捻りに捻り、たまに談笑しながら順調に首を痛めていった。


「あ、そうだ」


 答えが出たのは1時間後。イエルカが発端だった。


 さっそくイエルカとワルフラは塔を出ると、互いに1人ずつ忠臣を連れて戻ってきた。


「座れ、ウーテス」

「……は、はい」


 騎士王らしさを全開にしたイエルカにいざなわれ、先ほどまで彼女が座っていたイスに、1人の優男やさおが座った。

 彼の名前はウーテス。特殊な才能を持った者のみが選ばれる『円卓騎士』の一員であり、イエルカの護衛として同行した人間軍の戦士。


「ルルテミア、貴様もだ」

おおせのままに」


 向かいには魔族の女性、ルルテミアが魔王ワルフラの指示で腰を下ろした。

 ルルテミアは秀でた実力を持つ者のみがなれる『魔王軍四天王』の一人。優雅な衣装と麗しい単眼を持っている。


 相対するは、理解できぬ状況に周囲をキョロキョロと見回す若い騎士ウーテス


 目の前に憎むべき宿敵がいる。だというのに何故、我が王は平然としているのか。


 2人の王は考える時間を与えない。


「目をつぶれ」


 席についた2人の戦士は言われるがまま、緊張感を持ってまぶたを閉じた。


 ぐさり――。


 前触れのない衝撃。思わず目を開け、2人の戦士は鏡のような光景を目撃した。

 胸から飛び出す銀色の刃と困惑の死相。

 イスの背もたれは裂け、剣の持ち手は背後の王へと繋がっていた。


 イエルカはウーテスの、ワルフラはルルテミアの心臓を剣で貫いていた。


「は…………!?」


 ウーテスの思考がうるさく鳴り響く。

 それはルルテミアも同様。


「…………魔王……様っ……これは…………!」


 刃を抜かれたルルテミアは止まらない血を前にして、未だに魔王を信じていた。

 何かの策だろうと、近づいてくる死を無視していた。すぐに現実が訪れるとも知らずに。


 トドメの一撃。素早く首を飛ばし、イエルカとワルフラは目を合わせる。


「「まずは1人目」」


 信頼に足る不敵な笑みは互いを高揚させた。


 こいつとならやり遂げられる、希望が見えた、と。




 それは第5回人魔会談で生まれた。

 騎士王と魔王のみが知る、狂気の密約。


 『魔力消費を抑えるために魔法使用者を殺す』。


 騎士王イエルカと魔王ワルフラは戦争を望んでいた。恒久的に、自らをトップにえた軍を操り、殺し合いを続ける。

 ただそのためだけに、自らが満足して魔法を放てるよう、他の魔法を扱える強者たちを殺す。


 しかし魔法使いは世界に数えきれないほど存在する。ある程度はターゲットを絞る必要がある。

 そこでいくつかの優先順位を作り、彼らは達成すべきターゲットを導いた。


 最優先は近場の強者たち。


 今ここに、どうしようもない最強と最強が最悪の約束をした。 


「我輩は四天王4人を」

「私は円卓騎士7名を」


 2人は固い握手を交わす。


「「共に殺そう、世界のために」」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る