第34話・アルノーツ、未曾有の危機

 時は遡り、アルノーツの第二王女アイラがティエラリアから帰国してまもなくの頃。


 アイラは憤っていた。


「なによっ、お姉様ったら! レシピがいいってあんなに言ってたのに、全然効かないじゃないのよ!」


 せっかく遠路はるばるティエラリアまで出向いて行ったというのに。


 ようやく得た成果は姉に教えてもらった『よく効く薬の作り方』だけ。しかも、それらは実際作って使ってみたところ、たいした効力のないものだった。


「お姉様ったら、やっぱりあたしに意地悪してるんだわ……。適当なこといって誤魔化して。あたしのことを呪っていない、って言っていたのもきっと嘘だわ……あんなメチャクチャなイケメンと結婚してイチャイチャしてるっていうのに、なんて意地悪な歪んだ女なの、お姉様……」


 ぶつぶつと呟きながらアイラは神殿に設けられた休憩室から出ていった。

 まもなく午後の施しが始まる。

 アイラにとっては非常に憂鬱な時間だ。


(……でも、不思議と、お姉様に会ってからちょっとだけ身体が軽いというか……また聖女の力を使いやすくなったのよね……)


 アイラは首を捻る。


 しかし、それがなぜなのかは、考えてもわかるはずもなかった。


 ◆


 そして、時は今。


 アルノーツは未曾有の危機に陥っていた。


「――陛下! 南西の森にて魔物の出没が確認されました! またです!」

「……クソっ、どうなっとるんだ……!」


 伝令兵の報告に、アルノーツ国王・ケイオスは頭を抱えた。


「戦用に準備していた武器や毒だけでは対応しきれんか」

「は、はい。武器もそうですが、先のティエラリアとの戦争で負傷した兵も全員の傷は癒えておりませんし、そもそも、アルノーツで魔物と戦うことができる人物はほとんどおりません……」

「なんてことだ……」


 ティエラリアとの敗戦後、アルノーツは再び力を蓄えていこうとしていた。


 前回はティエラリアを侮っていたが、所詮は貧しい大地に建てられた土地だけが広い小国。厄介なのはあのフェンリルたちだ。どうにかしてフェンリルたちを戦闘不能にしてしまえばティエラリアの戦力は半減する、物流についてもフェンリルを頼っているそうだから、その足を絶ってしまえばすぐさま自国だけでは食糧難に陥ることだろう。長期戦に持ち込めば、アルノーツの勝機は十分にある。


 一度は友好関係を築いた国に再び戦争を仕掛けるのは外国から非難を浴びる恐れはあるが――そのときには、『ティエラリアに送り込んだ娘・ソニアがひどい扱いを受けてきていたから』とでも言い張ればいい。

 本当は『聖女』なんかではない、落ちこぼれのできそこないであるソニアを嫁がせた理由の一つが、これだった。


 ソニアが聖女ではないとされ、ティエラリアで冷たい対応を受けてくれたら好都合。

 さらに、ソニアの『厄災』の力で貧しい国がさらに枯れて、国力が弱まってくれたら僥倖。


 ――そうであったはずなのに。


 ソニアはなぜか、ティエラリアでは『聖女』として扱われ、力を発揮しているらしい。

 どうも政略婚の夫とも良好な関係を築いていると。


 ティエラリアから送られてきた建国祭の招待状には『花の国アルノーツから花嫁を迎え、今年は平年よりも穏やかで暖かな冬を過ごし、春の迎えも早まりそうだ』と書かれていた。


 こちらは、優秀な聖女であったはずのアイラが調子を悪くした上に、そのせいか最近に至っては自国にはいないはずの魔物が湧いてきていて困っているというのに――。


 ぎりりとケイオスは歯軋りした。


「またアイラに魔物を祓いに行ってもらうしかないか……。神殿での治療会がただでさえ滞っておるというのに!」

「はい……。治療会は閉鎖し、魔物の被害を食い止めることが先決かと……!」


 伝令兵とケイオスは神妙な顔で頷き合う。


 そして伝令兵はケイオスが座る玉座の隣の王妃に目線を移すと、おずおずと頭を下げた。


「王妃殿下におかれましても、そのお力発揮していただくことは叶いませんでしょうか……」

「な、何を言っているのよ。わたくしはもう聖女としての力はほとんどありません。あなたたちもアルノーツ国民ならわかっているでしょう!? 聖女の力は二十歳をピークに、どんどん衰えていくのだと……!」


 王妃マルガレータは狼狽え、懇願してきた兵に対し、美しく整えた眉を怒らせた。

 王妃の棘のある声に、周囲の衛兵たちはそっと顔を見合わせる。


「……妃殿下って、そういえば御年……」

「どうでもいいことを気にしている場合ですか! 国の一大事なのですよ! あなたたちももう少し鍛錬に身を入れたらいかがです! ああ、愛娘アイラ以外は誰も魔物と戦えないとは嘆かわしい」


 潜められた声でのやりとりにマルガレータは赤らんだ顔で肩を怒らせた。


 そんな折。


「――でっ、伝令! 伝令!」


 慌ただしく、王の間の重い扉が勢いよく開かれた。

 バン! という音が長く響き、音の余韻と共に伝令は「一大事です!」と張り詰めた声で叫ぶ。


「ま、またか!? どうした」


 国王ケイオスは嫌な予感に顔を青ざめさせながら問うた。


「ハッ、東の湾岸地区にて……海から魔物が大量に上陸してきているとのこと! すでに港町・カイトンは崩壊寸前です!」


 一同は絶句した。


 マルガレータは「なんてこと……」と細く息をつく。

 歯軋りをし、拳を痛いほど握りしめていたケイオスはその拳を戦慄かせながら叫んだ。


「……ティ、ティエラリアに急ぎ文を送れ!」

「え……け、建国祭の誘いの返信ですか?」


 指示を出された文官は、こんな時に? と怪訝な表情を浮かべる。


「ああ! 建国祭の出席は欠! ……そして、としてどうか我が国未曾有の危機を救ってくれと――救難要請を出せ!!」

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