第37話 それぞれの思惑

 顔を覆って泣き崩れるセレーナの肩を、フェルナンが慰めるようにさする。

 そして、同席していたヘインズ公爵に鋭い視線を向けた。

 

「前回のバレリー元伯爵の失踪といい、今回といい、二度も囚人の護送に失敗するとは、一体どうなっているんだ!? 公爵、責任は取って貰うからな」


「……このような結果になり、面目次第もございません」

 

「殿下、わたし気分がすぐれないので……先に部屋へ戻っても良いでしょうか……?」


「ああ、分かった。そうせよ」


 深々と頭を下げるヘインズ公爵と、怒鳴り散らすフェルナンを横目で見ながら、セレーナは弱ったふりをしてポールと共に自室へ戻った。

 

 部屋の扉をパタンと閉めた途端、それまでの物憂げな表情から一転、口元を押さえて込み上げる笑いを必死に堪える。

 

「ふっ、ふふっ……アハハハハッ! せっかく一度は追放で済ませてあげたのに、いい気になって出しゃばるからもっと酷い目に遭うのよ! 可哀想なベアトリス。今頃、汚い男たちの相手をして無残に殺されているのかしら! なんて良い気味!」


「あの……セレーナ様……」

 

 せっかく愉悦に浸っているというのに、声をかけられ興が削がれたセレーナは、不機嫌な顔で振り返った。

 

「なぁに、ポール」

 

「それが、いつもなら傭兵団から任務完了の知らせが来るのですが、実はまだ届いておらず……」

 

「ふぅん、そうなの。で?」

 

「さらに、ユーリス副団長の姿も見当たらず……」


「なによそれ! じゃあ、計画は失敗したってこと!?」


「お、おそらく……」


「ありえない。はぁ、もうほんとに使えない! つくづくお前は役に立たない駄犬ね!」


 セレーナは右手を大きく振りかぶると、容赦なくポールの頬を打った。


「ああっ……!」


 ポールがなんとも憐れな声をあげて、頬を押さえながら床にうずくまる。


 その身体をヒールの踵でグイグイ踏みつけてやると、彼は「あぁっ! セレーナさまぁ……!」と恍惚こうこつとして身悶えた。

 

(げっ、本当に気色悪い男! フェルナンと結婚できたら、こんな変態とは早々に縁を切りましょう)

 

 この変態男、もといポールと出会ったのは、セレーナがまだベアトリスの侍女兼聖女見習いをしていた頃だった──。



 本来の性格と真逆のか弱い女を演じるのは鬱憤うっぷんがたまる。


 だからセレーナはその日、ストレスを発散すべく、誰も寄りつかない神殿の旧館に行き、人気がいないのを確認してから盛大に愚痴をぶちまけた。

 

『あぁ、疲れた。ほんっとベアトリスの奴、ムカつく! いつか覚えておけよ、地獄に突き落としてやる!』


 本性をさらけ出し罵詈雑言を喚き散らした直後、茂みがガサガサッと音を立てて揺れた。


『だれ!?』


 咄嗟にそう叫ぶと、植え込みから男が顔を出した。

 

 ──その人物こそ、騎士ポールだったのだ。

 

 焦るセレーナをよそに、ポールはニコニコ、いやニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべてこう言った。

 

『セレーナ様の隠された本性を知ってるのは僕だけ……嬉しいなぁ、幸せだなぁ……』

 


 そう、こいつはセレーナのストーカーだったのだ。

 


『やだなぁ、セレーナ様。僕はストーカーじゃありませんよ! 密かにいつも見守っているだけです!』


『いやだから、それをストーカーって言うのよ』


『ああっ、儚げな容姿に似合わぬぞんざいな口調! 気弱な貴女も好きだけど、素の貴女も素敵だ……』


 なんでもポールはセレーナに一目惚れしたらしく、今までずっとストーキング行為をしていたらしい。

 

『憧れのセレーナ様と会話できるだけでなく、ふたりだけの秘密の共有まで……あぁっ、夢のようです! このポール、おしたいする貴女様に永遠の忠誠を誓います』

 

『忠誠ねぇ……』

 

 セレーナは他人を愛したことがない。大切なのは常に自分自身だけ、他者に心を砕く余裕なんてない。

 

 だから正直、この男の言う『一目惚れ』や『慕う』という感情は分からず、簡単に信用もできなかった。

 

 だが話を聞く内に、どうやらポールは本気でセレーナに無償の愛と忠誠を捧げるつもりらしい。


 どうせ本性がバレてしまったのだ。手駒として利用するだけ利用して捨ててやろう。

 

 

『じゃあ、今日から貴方はわたしだけの騎士よ、裏切りは許さないわ』


『はい、セレーナ様。この僕になんでもお申し付けください』

 

『なんでも、ねぇ。それじゃあ……わたし、ベアトリスを失脚させたいの。協力してくれる?』


 忠誠心を試すべくそう尋ねると、ポールはなんの迷いもなく『もちろんです! かしこまりました』とふたつ返事で承諾した。

 

 あまりの即断即決に、セレーナの方が『貴方、正気……?』と戸惑ってしまう。


 

『僕の実家は金持ちで、裏社会にもコネクションがありますから、お任せください! 貴女のためなら、なんでもする所存です!』


 こうしてポールという優秀な下僕を手に入れたセレーナは、ベアトリスを二度も追放し、王太子婚約者の座を守り抜いた。……はずだったのだが。


「あ~あ、全部上手くいったと思ったのに。ベアトリスが無事なら始末しなきゃね。あれはゴキブリ並の生命力で、踏みつけられてもへこたれない雑草のような女。いつまたわたしの邪魔をするか分かったものじゃないわ。ねぇ、ポール」


「はい、セレーナ様」


「それで、ベアトリスたちはどこへ行ったと思う?」

 

「ユーリス副団長は頭が切れるので、簡単に見つかる場所には行かないかと。彼の兄、ブレア伯爵に揺さぶりをかけてみるのはいかがでしょうか?」


「良い案ね。もしベアトリスを匿っているのなら、ブレア伯爵家には『お仕置き』をしなきゃ」


 セレーナは口角を持ち上げ、ゆるりと笑みを浮かべた。


 それを見たポールが「あぁ。悪い顔をする貴女も素敵です」と、心酔しきった様子で呟く。

 

 その時、扉がコンコンとノックされ、部屋にフェルナンが入ってきた。

 

 途端、セレーナはいつものか弱い乙女の仮面をかぶり、上目遣いで彼に告げる。

 

「フェルナン殿下、ベアトリスについて、ご相談したいことがあるんです……」

 

「ああ、なんだ?」

 

「ポールから聞いたのですが……騎士ユーリスの姿が見えず……もしかしたら、ベアトリスと一緒にいるのかも……」

 

「なんだって!? 至急、ブレア伯爵家に問い合わせよう」

 

「殿下、お待ちを……わたしに良い考えが……」


 セレーナは顔を近づけ、フェルナンにしなだれかかりながら、そっと耳打ちする。


 

 仲睦まじく身を寄せ合うふたりの背中を、ポールが唇を噛みしめながら睨んでいることに、この時のセレーナは気付かなかった。

 

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